2024年慶應義塾大学自然科学研究教育センター・シンポジウム 終了
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- 日時 :
- 2024年11月30日(土)13:00〜16:50
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- 会場 :
- 日吉キャンパス 第4校舎B棟 J11番教室
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- 主催 :
- 慶應義塾大学 自然科学研究教育センター
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- 講師 :
- 井奥 成彦 氏
慶應義塾大学 名誉教授
小泉 龍人 氏
NPO法人 メソポタミア考古学教育研究所 代表
平田 昌弘 氏
帯広畜産大学 人間科学研究部門 教授
星野 保 氏
八戸工業大学 工学部 工学科 生命環境科学コース 教授
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- 参加費 :
- 無料(
参加申込必要
)
当日会場で参加受付も可
申込期間:10/25 10時より
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- 対象 :
- 一般・学生・教職員
このイベントは終了しました
プログラム
開会挨拶(13:00~13:10) 岡田英史(本塾常任理事)
講演1(13:10~13:50)
「福澤諭吉が酒造業に期待したこと」
井奥成彦 氏(慶應義塾大学 名誉教授)
講演2(13:50~14:30)
「ワインの発見とビールの発明-オリエントで生まれた酒-」
小泉龍人 氏(NPO法人 メソポタミア考古学教育研究所 代表)
休憩(14:30~14:45)
講演3(14:45~15:25)
「乳文化の発酵と醸造」
平田昌弘 氏(帯広畜産大学 人間科学研究部門 教授)
講演4(15:25~16:05)
「味噌玉はどこから来たか?」
星野保 氏(八戸工業大学 工学部 工学科 生命環境科学コース 教授)
休憩(16:05~16:15)
総合質疑討論(16:15~16:45)
閉会挨拶(16:45~16:50) 岡本昌樹(センター所長・文学部教授)
講演要旨
『福澤諭吉が酒造業に期待したこと』(井奥成彦 氏)
福澤諭吉の生きた幕末から明治期、日本の工業の中で最も生産額が大きかったのは綿糸紡績業でも生糸製糸業でもなく、酒造業であった。酒造業は1つ1つの経営体の規模としては中小規模のものが多かったが、この時代、全国津々浦々1万数千もの醸造業者が存在し、この産業総体として大きな生産額を生み出していたのであった。近代日本の政治・経済・社会の行く末を案じる福澤がこの点を見逃すはずはなく、彼はこの産業に次の3つの点において期待した。
まず第一に、生産額が大きいゆえに国家財政への貢献を期待した。酒造税は明治初期においては国税収入の中では地租に次いでいたが、明治後期には地租を抜き1位になる。国の財政基盤をしっかりとしたものにすることは一国の独立にかかわる。彼はそこを重視したのである。
次に、この産業の担い手に期待した。酒造業者は近世以来の地主など裕福で地域のリーダー的存在の者が多く、彼らはまた教養面でも優れていた。この層から慶應義塾にも多く入学している。福澤はこういった層を「ミッズルカラッス」(ミドルクラス=中産階級)と呼び、近代日本の国家を政治、経済面でリードしてほしい人材として期待した。
最後に、生産方法や理念の面である。福澤は従来の酒造業が経験の積み重ねで発展してきたとし、それはそれで評価するのであるが、更なる発展のためには西洋の科学的理論とうまく噛み合わせなければならないとした。但し、酒造業に対して機械化せよとは一言も言わなかった。彼はこの産業の手造りゆえの良さを認識していたのであろう。一方的に西洋を良しとするのではなく、日本の伝統的な要素も大事にしようとする彼のスタンスを、酒造業に関しても見ることができる。
『ワインの発見とビールの発明-オリエントで生まれた酒-』(小泉龍人 氏)
人類史における醸造と発酵の産物である酒。酒には当時の社会が反映され、その生産や消費をたどることで社会が透けて見えます。そこで、現代でも馴染みのあるワインとビールについて物質文化の面から掘り下げてみます。
約8千年前、オリエント北端にある南コーカサスで最古のワインが登場したと考えられています。土器の中に保存していたブドウが発酵して、偶然にもワインが発見されたようです。当初、約8〜7千年前のワインは村の暮らしで自家消費されました。そして6千年ほど前になると、オリエントの中心にあるメソポタミアで都市化が進行して、他者への供給を目的とする専業的なワイナリーが現れました。まもなく約5千年前にメソポタミアで都市が誕生するころには、神殿での儀礼でワインが御神酒として消費されるようになりました。
その頃、メソポタミアの都市で別の御神酒として発明されたと推定されるのがビールです。ワインづくりと異なり、複雑な工程を要するビールづくりは都市のような空間に限定されました。メソポタミアにおけるビールづくりの特徴は、麦芽パンを元にして、ワインにより麦汁の発酵を促していたらしいという点です。さらに当時の図像資料の分析から、メソポタミアの都市ではビールとワインの間にすでに格差がつけられていたことがうかがえます。
本講演ではオリエントで生まれたワインとビールについて考古学の目線でご紹介します。
『乳文化の発酵と醸造』(平田昌弘 氏)
搾乳は約1万年前に西アジアに起源した。乳利用の開始は、「屠って食料(肉)を一時的に大量に得る」から「共存して食料(乳)を持続的に得る」生業へと、新しい食料獲得戦略をもたらした。以後、乳文化は、居住域(砂漠域や高原域など)を拡大させ、人類の生活・経済・社会の発展を支えてきた。一万年の時をかけ、乳文化は西アジアで一元的に起源してから、主に生態環境に影響されて北方域と南方域に特徴的に発達し、アフロ・ユーラシア大陸で一元二極化していった。
アフロ・ユーラシア大陸で多様に発達する乳加工技術ではあるが、地域を超えて唯一共通するのは「発酵乳」への加工のみである。乳は栄養価に富んだ食料である。設備の整っていない牧畜において、乳を腐敗することなく、保存性を高める手段は、地域在来の乳酸菌を利用した乳酸発酵だったのである。微生物によって発酵させ、更に熟成させるという醸造は、乳においては中心的な技術とはなっていない。ヒマラヤ山脈南斜面のモンスーン地帯において、フレッシュチーズやホエイ(乳清)を容器に入れて密封し、囲炉裏の側など温かい場所に静置した「腐りチーズ」「腐りホエイ」が加工されている。「腐りチーズ」「腐りホエイ」は、料理にコクを与える調味料として現地で利用されている。長期間であればあるほど良いとされる。この乳における醸造は、ヒマラヤ山脈南斜面だけに確認される実に珍しい乳文化である。どのような発酵かは不明である。酵母を利用した乳のアルコール発酵は、北方域の冷涼な地域のみにみられる。その加工技術は、西アジアのチャーニング技術に起源し、北方域でアルコール発酵に転用されたと考えられている。アルコール発酵で共通していることは、1)冷涼な地域でのみ採用されていること、2)酸乳酒製造工程の初期で攪拌が必ず伴っていることである。酸乳酒つくりで、なぜこれらの要因が求められるのか、当日の会場で皆さんと意見交換いたしましょう。
『味噌玉はどこから来たか?』(星野保 氏)
和食の基本的な調味料の一つである味噌(みそ)の起源は諸説あり、大陸の由来・日本独自あるいはその両方が影響したとされる。味噌玉は、春彼岸の頃、煮大豆をつぶし、固めたもので、これを軒先などに藁縄でしばり、1カ月以上乾燥させたものであり、自家製味噌の原料として全国に広く使用されていた。乾燥過程の味噌玉に発生する菌類を“天然の麹カビ”と称するが、その実態はケカビとアオカビが主体であり、アオカビによるマイコトキシン汚染の懸念などから、1960年代以降、味噌玉を使用しない方法への指導が広くおこなわれ、味噌玉による味噌製造は急速に減少した。
演者らは、低温性菌類の研究を通じて、青森・岩手両県に残る味噌玉の存在を知り、その実態調査をおこなっている。東北地方の味噌玉の形状は、球形・砲弾型あるいは四角錘台であり、大陸より国内にもたらさせたとされる中部地域に比較し、その形態は単純である。中部地域にみられる味噌玉の多様な形態は、韓国のコチジャンの原料となるメジュと類似しており、東北地域の凍み芋・凍み豆腐など冬季に食品をつなげて、乾燥させる方法とも通じることから、地域に古来より伝わる食品保存法と、大陸伝来の技術が融合し、米作に不向きだった青森県東部・岩手県にて広く受け入れられたと考えた。
本発表では、味噌玉や「ごど豆」(寺納豆と共通するつぶさない大豆発酵食品)、ヤマガゼ(樹液酵母)などに発生する菌類についても解説する。
プロフィール
1998年早稲田大学にて博士(文学)取得。明治大学研究・知財戦略機構客員研究員、慶応義塾大学文学部などで非常勤講師。1988年よりシリア、エジプト、トルコ、イラクなどでの考古学研究調査に参加。2018年にNPO法人JIAEMを立上げ、日本・イラクの若い世代への歴史教育をおもな目的として活動。主著に『都市の起源』(講談社)、『都市誕生の考古学』(同成社)など。2015年国立科学博物館特別展「ワイン展」学術協力。専門分野はメソポタミア考古学、比較都市論、実験考古学、古代ワイン。
1999年 に京都大学で博士(農学)の学位を取得し、日本学術振興会特別研究員PDを経て、2004年に帯広畜産大学助教授、2018年より教授を務める。専門は、牧畜論・乳文化論。乾燥地で、人びとは如何に生き抜いているのかについて興味を持ち続け、これまでに乾燥地の牧畜を一貫して研究してきた。牧畜という生業の本質にある乳文化に着目し続け、西アジアのアラブ系牧畜民を初め、トルコ系牧畜民、モンゴル系牧畜民、チベット系牧畜民などを追い求め、アフロ・ユーラシア大陸で約35年にわたって調査研究を続けている。近年では、日本においても、古代乳製品の再現実験や日本乳文化の特徴について調査を展開している。主な業績は、『ユーラシア乳文化論』岩波書店(2013)、『人とミルクの1万年』岩波書店(2014)、『デーリィマンのご馳走』デーリィマン社(2017)、“Milk Culture in Eurasia – Constructing a Hypothesis of Monogenesis-Bipolarization” Springer Nature (2020)、『西アジア・シリアの食文化論』農山漁村文化協会(2022)、他多数。
センター主催のシンポジウム・講演会について
当センターの活動の一環として、シンポジウム・講演会を年3〜4回程度開催しています。その目的は、多分野にまたがる自然科学の相互理解を深め、研究の推進と教育の質の向上を図ることにあります。参加費は無料です。特に指定のない場合、聴講の対象に制限はなく、事前申込は不要です。ただし、取材の場合は事前に許可を取って下さい。
天災・交通事情など予期せぬ事態により変更・中止となる場合がございます。
その場合、本ウェブサイトで告知しますので、事前にご確認下さい。
問合せ先:慶應義塾大学 自然科学研究教育センター 事務局 (日吉キャンパス来往舎内)
〒223-8521 横浜市港北区日吉 4-1-1
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