《現役生活23年間を振り返って…》
私はね、プロに入って2900試合くらい出ている(公式戦は2752試合、オープン戦、球宴、日本シリーズ、日米野球を含めると出場試合数は2900近く)。公式戦だけでも1万1122打席に立っている。けど一度も楽しくバッターボックスに立ったことはないんですよ。
今ね、ドジャースの大谷翔平が勝っても負けても「野球は楽しい」って言っている。本当にうらやましい。今は裕福な時代です。幸せだよね。私も今の環境で野球をやりたかった。やっぱり性格なんだろうね。大谷はとてもいい性格で、打っても打たなくても楽しんでいる。私は常に心配しちゃっている。現役生活の間、ずっと「次の打席で打てなかったら、ダメだったら生活はどうなる?」「給料も下がってしまう」ってね。そういうことばかり考えてしまっていたんです。
《生活がかかった?〝1球〟をめぐって猛抗議…》
一度、南海戦で4打数4安打と調子がよかった。ボールも見えていた。で、5度目の打席が回ってきたんです。左投手の〝マッシー〟村上雅則がマウンドに登った。アメリカから帰ってきたばかりだった(※昭和39、40年はサンフランシスコ・ジャイアンツ在籍、通算54試合登板、5勝1敗9セーブ)。球審は沖克己さんという方でした。カウント3ボール、1ストライクからの5球目は微妙でしたが、私は「ボール」と判断。沖さんは「ストライク」のコールでした。当然、抗議しますよね。
それ以前に沖さんに一度、説教されたことがあった。
「お前な、アンパイアにクレームをつけるときは絶対に後ろを向いちゃいかん」と言う。つまりアンパイアに面と向かって抗議するな、ということです。「アンパイアにだって家族がいる。テレビで息子とか娘、女房も見ているんだ。自分の息子みたいなヤツにクレームをつけられたら、お前、うれしいか? 文句があるならピッチャーの方を向いて言え」と教えられた。もっともです。そこは礼儀です。
だからそのとき、ピッチャーの方を向いて、(後方にいる)沖さんに「今のボールでしょ。何でストライクなんですか」と文句を言った。結構、食らいついたんです。そうしたらキャッチャーの野村(克也)さんが割って入ってきた。
「アホか。お前。今日、4安打打っとるやないか。何本打てば気がすむんや、アホ」と言うから「ほっといてください。次、打てるか打てないか、わからないじゃないですか!」って言い返しました。それほど打席に入るときは必死だったんです。
時代が違うといえば、そうかもしれませんが、とにかく神経質になっていた。打てなくて、負けたときは帰りの車の中で「女房、子供のために何とかしなきゃ」って余計なことを考える。考えるから眠れない。眠れないからバットを振る。ちょっと寝て、また起きてバットを振る。23年間、そんな生活でした。
《イチローは日米通算4000安打を達成した試合後の会見で「4000本のヒットを打つには、僕の数字で言うと8000回以上は悔しい思いをしてきている。それと常に向き合ってきたことの事実はあるので、誇れるとしたらそこじゃないかと思っています」と話した…》
イチローもいい意味での神経質なところがありますよね。成功した人に大ざっぱな人はいませんよ。豪快な人もいません。川上哲治さんにしても落合博満にしても、みんな繊細で神経質な面を持っていました。王貞治にしてもそうだったし、長嶋茂雄さんもああ見えてすごく繊細な方です。神経質でとても心配性でね。そうじゃないと成功しませんよ。もちろんいいときは、もっと上に行きたいという気持ちになる。スポーツ選手はそうじゃないとだめだと思います。(聞き手 清水満)