弥助問題「本人は芸人のような立場」「日本人の不満は当然」 歴史学者・呉座氏に聞く(上)

歴史学者の呉座勇一氏
歴史学者の呉座勇一氏

フランスのゲーム会社、ユービーアイ(UBI)ソフトが11月に発売する、日本の戦国時代を舞台にしたゲーム『アサシン クリード シャドウズ』で、主人公を黒人の「弥助」に設定したことにSNSなどで「文化の盗用だ」などと反発の声が上がり、発売中止を求めるオンライン署名に発展した。弥助は織田信長に仕えた実在の人物だが、海外で〝虚像〟が膨らみ、史実でない内容が拡散する懸念が指摘されている。UBIは、「あくまでも歴史上の実在の出来事や人物にインスパイアされたフィクション作品です」と説明している。『応仁の乱』などの著書がある歴史学者の呉座勇一氏に、今回の問題について聞いた。

「伝説の侍」に非ず

ーー弥助とは、どのような人物だったのでしょう。SNSでは、侍だったかどうかが論争になりました

「弥助に関する史料は、残されているものが少ないので、何とも言いがたい部分はあるんです。人物史が歴史学の本流ではないこともあり、研究対象にされてこなかったわけです。「信長の一代記『信長公記』の伝本の一つ、尊経閣文庫所蔵『信長記』十五冊本には、信長が弥助に刀と屋敷を与えたという記述があり、侍として処遇したことを示しています。ただ、これは何十とある信長公記の写本のうち、この伝本にしか出てこないもので、後世、書写の際に付け加えられた可能性は否定できません」

「また、侍だったとしても『形の上では』ということもあります。例えば江戸時代、相撲好きの大名にはお抱えの力士がいた。形式的には家臣、侍として召し抱えて帯刀を許可していましたが、たとえ戦(いくさ)が起きたとしても、お抱え力士が戦場で戦うようなことはもちろん、想定されていませんでした」

ーー『シャドウズ』の弥助は、立派な甲冑を身に付けて登場します。実際にはどのような立場にいたと考えられますか

「信長の周りの日本人は、弥助の黒い肌に非常に驚き、そこに興味を抱いていたようです。物珍しいというのが大きくて、信長がそばに置いたというのも、悪い言い方をすると見せ物に近く、黒人の弥助を自分の近くに置けば注目を集められ、ある意味、信長の〝力〟を誇示することができます。だから、皆に見せることが、最も重要な目的だったのではないかと。イエズス会の史料には弥助は力持ちで、少し芸ができるというようなことが書いてあります。信長のボディーガード兼芸人というのが実態だったのではないかと思います」

ゲーム『アサシン クリード シャドウズ』では、屈強な侍として描かれる主人公の「弥助」(ユービーアイソフト提供)
ゲーム『アサシン クリード シャドウズ』では、屈強な侍として描かれる主人公の「弥助」(ユービーアイソフト提供)

「敵を次から次へと斬り倒す、欧米の人がイメージする『サムライ・ウォリアー』のような存在ではなかったはずで、〝伝説の侍〟といった扱われ方には違和感を覚えます。戦ったとしても、部下を指揮するようなことはなく、一戦闘員として働いたんだと思います」

歴史題材なら配慮も

ーー『シャドウズ』の炎上についてはどう見ていますか

「ちょっと歴史学の専門からは外れてしまいますが、一般に、世界的に『侍』というものが日本の文化というふうに考えられているわけで、その侍の文化を尊重するのであれば、やはり主人公は日本の侍にすべきだった、と考える人が多いのは理解できます。特に実在の人物を使っているわけですから、それだったら弥助という、実際どんな人物だったかもよくわからない黒人を無理やり主人公にするのではなく、それこそ宮本武蔵とか、有名な剣豪・侍を主人公にするのが自然でしょう。侍だったかも分からない弥助を『侍の代表』みたいな感じにしてしまうと、日本の侍文化から、何かを奪っているという形になってしまう。だから『文化の盗用』と指摘され、日本人や海外の一部の人が違和感や不満を持つというのは、当然出てくるリアクションなのかな、と思います。仮に弥助を登場させるとしても(主人公に)日本人の侍もいて、弥助もいる、という形にすべきだったのではないでしょうか」

ーーゲームだけでなく小説や映画、ドラマも、史実に反するストーリーや登場人物が採用されることはあります。ユーチューブ番組では大河ドラマの解説も行っていますが、フィクションのあり方についてどう考えますか

「程度の問題ということだと思います。例えば源義経が平泉で死なず、大陸に渡ってチンギスハンになったという珍説があります。主に戦前に流行した説ですが、当時から歴史学者に『あり得ない』と否定されていました。仮に義経がチンギスハンになって戦うというゲームを世界に向けて発信したら、『これはフィクションです』と銘打ったとしてもやはり、問題になると思うんですね。モンゴル最大の英雄ですから、特にモンゴルの人は怒るでしょう。歴史を題材にした創作物はもちろん、全て史実通りにはできないと思いますが、特に世界に向けて出す場合、他の国の人々の誇りを傷つけるような形になってしまうのは、外交問題にもなりかねず、配慮があるべきだと思います」

「SHOGUN」は成功例

「対照的な例として挙げたいのが、真田広之さん主演でリメークされた米ドラマ『SHOGUN 将軍』(令和6年)です。主役は名前を変えてあるけど徳川家康がモデル。関ケ原の戦いまでの経緯はかなり改変されており、建物などの時代考証も少し怪しい。でも視聴したところ、日本史への理解やリスペクト(敬意)を感じました」

米ドラマ『SHOGUN 将軍』に主演した真田広之さん。4月には大リーグ・ドジャースの試合で始球式に登場した=米ロサンゼルスのドジャースタジアム(蔵賢斗撮影)
米ドラマ『SHOGUN 将軍』に主演した真田広之さん。4月には大リーグ・ドジャースの試合で始球式に登場した=米ロサンゼルスのドジャースタジアム(蔵賢斗撮影)

「ウィリアム・アダムス(三浦按針)をモデルにした英国人が、日本に漂着して主人公に船の動かし方や大砲の使い方とかを教えるわけです。これだけだと、進んだ文明を持つ白人が、愚かな有色人種にものを教えるということになってしまうが、そうではない。この英国人は、最初は戸惑ったり反発したりしますが次第に日本の侍の誇り高い生き方に感銘を受け、理解して、敬意を払うというプロセスが描かれています。一方的な関係ではなく、相互理解の話になっています。根本に他国の文化に対するリスペクトがある。そこが歴史を題材としたフィクションにとって、重要なことだと思います。海外の歴史や文化を描くなら、その基本的な部分をちゃんと理解した上で敬意を払うようにしていれば、今回のような問題は起きなかったと思います」(聞き手 高橋寛次)

ござ・ゆういち 昭和55年、東京生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文社会系研究科博士課程から同研究科研究員などを経て、現在、国際日本文化研究センター助教。博士(文学)。専門は日本中世史。著書に『戦争の日本中世史』(新潮選書・角川財団学芸賞受賞)、『陰謀の日本中世史』(角川新書)、『戦国武将、虚像と実像』(角川新書)、『武士とは何か』(新潮選書)など。『応仁の乱』(中公新書)は48万部超えのベストセラーになった。江戸東京博物館学芸員の春木晶子さんとともにユーチューブ番組「春木で呉座います。」を配信中。

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