教授を務める東大で進めていたネコの腎臓病治療薬の研究に対し、全国から3億円超の寄付が寄せられ話題となった宮崎徹さん(60)が今春、東大を辞めて非営利の一般社団法人「AIM(アイアム)医学研究所」(東京都)を設立、代表に就任した。今年終わりから来年初めにはネコ薬の治験に入り、「5年以内にはヒト薬でも臨床を始めたい」という。日本の最高学府で創薬と実用化を進めるのは、難しいのだろうか。
「東大は大変恵まれた大学で、基礎研究は非常にやりやすい。だが、創薬という結果を早く出すのは難しい、と思ったからです」
独立の理由を宮崎さんはこう話す。研究所には、東大の研究室にいた准教授や研究員ら20人全員がついてきた。寄付金を資本金に、実務面は弁護士や税理士、弁理士などに外部委託。国内の製薬会社と協業に向けた作業を進めている。
開発中のネコ薬は、宮崎さんが発見し23年前に論文発表した、多くの動物の血液中に共通して存在するタンパク質「AIM」を活用するものだ。AIMは腎臓を詰まらせる死んだ細胞などの「ゴミ」を排除する働きを持つ。
ネコ科の動物はAIMを持ってはいるが、生まれたときからうまく働かない状態になっていると分かり平成25年、ネコ薬開発に着手。宮崎さんは東大医学部を卒業し臨床に携わった後、スイスのバーゼル免疫学研究所などで研究を重ね、平成18年に東大に戻っていた。だがネコ薬開発を進める中、6年ほど前から独立を考えていたという。
理由は、国際競争力のある創薬システムが国内では不十分なことだ。米国では創薬に関わる知識や技術、ヒト・資金などを関係各機関が補完するシステムができあがっており、「研究者はレールに乗りさえすれば工業化につなげられ、十分な利益も得られるようになっている」という。
だが日本で大学教授を務めながら創薬、実用化にこぎ着けるには、さまざまな雑務や規則に縛られる。「高額な寄付を頂き、一刻も早くネコ薬を実用化させたい、と思いました」
AIMはヒトの腎臓病などの治療にも効果が期待できるとの研究結果も出ており、宮崎さんはネコ薬からヒト薬に発展させたい考えだ。来年初めまでにはネコ薬の治験を行い、5年以内にはヒト薬でも治験を始める工程を描いている。
「日本の研究者の創薬モデルとなれれば。そして、AIM研が世界の若手研究者があこがれるような研究所になるよう成果を上げ、環境を整えていきたい」
ベンチャー、創薬力底上げ
欧米で革新的な治療薬を生み出す原動力となっているのは、アカデミアの研究をもとにした創薬ベンチャーだ。世界でも最高水準レベルを誇る日本の大学の研究成果は、なぜ創薬に結びつきにくいのか。
アカデミアの技術を実用化に結びつけるカギとなるのが、ベンチャーと製薬大手、大学などの研究室、政府が集まり、つながる「創薬エコシステム(生態系)」。海外には米ボストン、米シリコンバレー、英ロンドンに大規模な集積地があり、日本でも充実が急がれている。
世界で最も成功しているとされる創薬エコシステムは、米マサチューセッツ州、ボストンにある。創薬ベンチャーが研究所を置き、ファイザーやノバルティス、サノフィ、武田薬品工業といった巨大製薬企業も拠点を構える。新型コロナウイルス禍でメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを実用化させた米モデルナもここに拠点を置き、発展してきた。
日本国内でも近年、神戸市の神戸医療産業都市や神奈川県藤沢市の湘南ヘルスイノベーションパークなど、各地で拠点が誕生。経済産業省は令和3年度補正予算で、500億円規模の強化事業をスタートさせており、担当者は「国内の創薬エコシステムの底上げを図るためにも事業活用を進めたい」と話している。