父の教え

タレント・照英さん 家庭を持ち父の言葉の正しさ痛感

子育て番組の司会や情報番組のコメンテーターなど幅広く活躍しているタレント、照英さん(38)。大学時代は陸上競技のやり投げ選手だった。「このまま競技を続けるか保健体育の先生になるか、それとも会社員か。卒業まで進路に悩みました」と振り返る。

そんなとき、目にした外国のファッション雑誌。筋肉質で強靱(きょうじん)な肉体の男性モデルが写っていた。自分もできるかもしれない。スポーツで鍛え上げた身長184センチの肉体を生かし、モデルの世界に飛び込んだ。

「この先、どうやって食べていくんだ。何のために大学行って、スポーツやってきたんだ」。銀行員だった父の高橋正紀さん(72)は、流行(はや)り廃(すた)りのある世界をなかなか認めてくれなかった。朝6時に家を出て、深夜まで真面目に働いていた父。休日は接待ゴルフや昇進試験の勉強に没頭していた。「猛烈に働く典型的な昭和のお父さんという感じで、チャラチャラした世界とは無縁でした」

厳格で子供の頃から怖い存在だった。小学6年生の頃、少年野球の決勝戦で暴投をくり返した照英さんは、いきなりマウンドに入ってきた父に蹴り飛ばされた。「お前、キャプテンでみんなを引っぱっていく立場なのに、チームに迷惑かけてどうするんだ」

モデルから芸能界の仕事を始めた頃は、口やかましく説教された。「そんな汚い言葉遣いはやめろ」「人前に出るんだったらスニーカーじゃなくて革靴を履いて、シャツの襟を正してジャケットくらいは着ろ」「車や遊びに金を注ぎ込んだりしないで貯金しろ」

24歳のとき、人気ヒーローシリーズ「星獣戦隊ギンガマン」で5人のヒーローの1人、「ギンガブルー」役に選ばれた。28歳でNHK連続ドラマ「まんてん」のヒロインの恋人役、TBS系の「水戸黄門」のレギュラー出演と次々に決まった。「ようやくこの世界で食べていけるようになった、と思ってくれたみたいです」

その頃、父がよく口にしたのは「早く土地を買って自分を保障してくれるものをつくれ」。長男誕生を機に、東京都世田谷区に一軒家を購入。その後も父の助言を受けながら、まとまったお金が入るとローンを繰り上げ返済していった。

「家族を守り、自分の城があるということは、さまざまな面で安定します。子供の頃から口を酸っぱくして説教してくれた父。結婚して家庭を持ち、父の言葉の正しさを痛感しました」

退職し、旅行や趣味のゴルフなど悠々自適に老後を送る父。孫ができてからはどこか表情も柔和になった。「現役時代は男として、一家の大黒柱として、張り詰めていたんでしょうね」。父の背中がふと小さく見えるとき、今度は自分が守ってあげたくなる。

「芸能界にいると流されることも多い。間違ったレールに乗ることだってある。でも、僕は家庭を持って地歩を固めながら歩んでいく。厳格で真面目な父に育ててもらったことに感謝しています」(横山由紀子)

メッセージ≫ 若い頃、僕の責任感のなさや甘さを見抜いて指摘してくれていた父。僕の一番のファンでいてくれる父に余計な心配をかけないよう邁進(まいしん)していきたいです。


高橋正紀

たかはし・まさのり 昭和15年、秋田県生まれ。8人きょうだいの末っ子。大学卒業後、旧三菱銀行入行。現在は退職し、趣味のゴルフなど第二の人生を楽しむ。剣道二段。

照英

しょうえい 昭和49年、埼玉県生まれ。本名・高橋照英(たかはし・てるひで)。東海大体育学部卒。ファッションモデルとして活躍し、NHK連続ドラマ「まんてん」などに出演。現在はEテレ「すくすく子育て」の司会でも知られる。『自分らしく媚(こ)びずに生きる俺の自己啓発!』(アスコム)を刊行。1男1女の父。

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