「理瀬」シリーズの実質的な三作目!
2021年刊行作品。『麦の海に沈む果実』『黄昏の百合の骨』に続く、「理瀬シリーズ」の実質的な第三作目にあたる。前作の『黄昏の百合の骨』が登場したのが2004年だったので、なんと17年ぶりのシリーズ最新作ということになる。
仮に10代で『麦の海に沈む果実』でこのシリーズにハマった読者がいたとしたら、現在は30代である。理瀬の年齢を追い越してしまっている。17年の歳月は長い。恩田陸は人気作家なので、人気シリーズであってもなかなか続きが出ないのがもどかしい。
『薔薇のなかの蛇』は講談社のミステリ雑誌「メフィスト」の2007年5月号~2020年のVOL.2にかけて不定期に連載されていた作品である。連載期間13年は、恩田陸作品としても最長クラスではないだろうか?
これまでと同様に装丁、装画、挿絵はイラストレータの北見隆が担当している。カバー絵だけでなく、各章の扉絵や、本文中のイラストも担当しており、ファンの目を楽しませてくれる。その数なんど約20点。これは嬉しい。
久しぶりのシリーズ新刊だったせいか、本作の発売時には過去に北見隆が描いた、恩田作品の表紙イラストがポストカードとして封入されている。絵柄は『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』『黄昏の百合の骨』『薔薇のなかの蛇』の四種類。
北見隆教授が装幀画を手掛けた、恩田陸さんの単行本『薔薇のなかの蛇』が講談社より発売!|東京メディア芸術学部|宝塚大学より
封入はランダムなので、ひょっとしたら全部そろえるために、何冊も購入したファンがいるのかもしれない。
なお、ウェブメディアRealsoundにて、『薔薇のなかの蛇』についての恩田陸インタビューが掲出されているのでリンクをご紹介しておく。読んでおくと本作の理解がより一層深まるはずだ。
講談社文庫版は2023年に刊行されている。表紙イラストは引き続き北見隆だが、単行本版とは別デザインとして、ファン的にはこちらも買いたくなってしまう。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
理瀬シリーズの新刊をただひたすら待ち続けた人。理瀬が好き!ヨハンが好き!という方。イギリス好き、ストーンヘンジや、環状列石など、古代の遺跡に興味がある方。ゴシックミステリ系の作品がお好きな方におススメ。
あらすじ
イギリス留学中であったリセ・ミズノは友人の招きで、ソールズベリーにあるブラックローズハウスを訪れる。周辺では首と胴体が切断された「祭壇殺人事件」と呼ばれる陰惨な犯罪が起きている。そして館の主であるオズワルド・レミントンには不気味な犯罪予告が届けられる。事件に巻き込まれたレミントン一族の長兄アーサーは、リセと共にその謎に迫っていくのだが……。
ここからネタバレ
多彩な登場人物たち
最初に登場人物をまとめておこう。まずは、ブラックローズハウスの主である、レミントン一族のみなさまから。
レミントン家の人々
- アーサー:美貌の長兄(視点人物)。とある組織への就職が決まっている
- デイブ:闊達な次男。実業向きの人物
- アリス:長女。考古学を専攻する。リセの友人
- エミリア:次女。社交家
- オズワルド:当主。アーサーらの父。俗物
- ロバート:オズワルドの弟。アーサーらの叔父
- アレン:歴史学者。アーサーらの叔父
- キース:スタジオミュージシャン。アーサーらのいとこ
続いて、レミントン一族以外の方々。ヨハンの正体はこの時点では伏せておく(みんな知ってると思うけど)。
その他の人々
- リセ・ミズノ:日本人留学生。ケンブリッジ大学で美術史を専攻
- アマンダ:エミリアの友人
- ヨハン:???
成長した理瀬の魅力
これまで理瀬シリーズの視点人物は水野理瀬、本人だった。しかし今回の『薔薇のなかの蛇』では、イギリス人のアーサー・ハミルトンが視点人物となっている。アーサーの目線から、謎めいた日本人留学生リセ・ミズノとして理瀬は描かれていく。初対面のシーンが実に印象的である。
漆黒の、暗い宝石のような瞳が発する、見たこともないような強い光が飛び込んできた。
陶器のような真っ白な顔。深紅の唇。
驚きと恐怖に見開かれた大きな目が、二人を見つめていた。
アーサーはーもう一度同じ感想を口の中で呟いている。なんて禍々しいーー美しさ。
『薔薇のなかの蛇』p35より
成人した理瀬は「禍々しい」のである。中学時代から理瀬を追いかけてきた読者としては、ちょっとドキリとする描写だ。成長し、成熟した、大人になった水野理瀬の姿がそこにはある。読者的な物理時間、17年を経ているだけに感慨も深い。本作では外側から、他者から見た理瀬の魅力が描かれていく。従来のシリーズとは大きな違いと言ってよいだろう。
一方で、アーサー視点で物語が進行するために、理瀬自身の心情が語られない点は、ファンとして物足りなく感じてしまう側面があると思う。
呪われた館の謎、ゴシックミステリの愉しみ
理瀬シリーズは、場の持つ魔力、特異な空間が人々に及ぼす不思議な影響を描く作品でもある。奇妙な湿原の「学園」。陰惨な過去を持つ長崎の「洋館」。いわくありげなイギリスの古いお屋敷、ブラックローズハウスが舞台となる。屋敷の立地する、ソールズベリー周辺はストーンヘンジや、エーヴベリーの環状列石群が残り、イギリスの中でもとりわけ古代の息吹を現代にとどめている地域でもある。
五弁の薔薇の意匠を持つハミルトン家の紋章。五弁の薔薇をかたどった屋敷の配置。かつて館で起きた忌まわしい死の記憶。一族に伝わる「聖杯」。そして脅迫者として登場する「聖なる魚」と、思わせぶりなガジェットが本作には多々散りばめられており、ゴシックミステリとしての雰囲気を盛り上げてくれている。
ちなみに、作中でブラックローズ=日本発祥説として、挙げられている陰桔梗紋はこんな感じ。明智光秀が使っていた家紋としてあまりに有名なので、見覚えのある方も多いのでは?
意味ありげな終わり方
この物語では理瀬だけではなく、彼女のパートナーでもあるヨハンも登場する。断片的に登場するヨハンと「誰か」の会話は、終盤に近付くにつれて物語の核心部分に近づいていく。ヨハンクラスのキャラクターが、単なるチョイ役で済むわけもなく、しっかり事件の黒幕の一人として関与していた。
ネタ明かしをされてしまうと、「犯人」の行動はちょっと無理があるのでは??と突っ込みたくもなるのだが、今回は雰囲気重視の側面が強かったか。謎としては魅力的であったが、その解法はエレガントさを欠いたように思える。
興味深いのはアーサーの存在が、やがて理瀬の「敵」となることが仄めかされている点だ。Majyesty(陛下)に仕えることになるアーサーは、これから理瀬とどうかかわっていくのか。これだけ引きのあるラストにしたのだから、恩田陸はしっかり続編も書いて欲しいところ。
魅力的な人物としては、アマンダの存在も見逃せない。「ちょっと足りないお嬢さん」を装いつつ、実は凄腕の工作員だった意外性。そしてなぜか理瀬とは意気投合していることもあり、今後の活躍が期待されるキャラクターである。
理瀬シリーズの時系列
最後に理瀬シリーズ全作の時系列についてまとめておこう。
- 『三月は深き紅の淵を』:プロトタイプ的な作品。最終章の「回転木馬」で『麦の海に沈む果実』のストーリーが言及されている。『麦の海に沈む果実』とは微妙に話の展開が異なる
--------------------------
- 「麦の海に浮かぶ檻」:「学園」が舞台
- 「睡蓮」:理瀬の幼少期を描く
- 『麦の海に沈む果実』:理瀬の中学時代を描く。湿原の「学園」が舞台
- 「水晶の夜、翡翠の朝」:理瀬が「学園」を去った翌年の物語。ヨハン視点
- 『黄昏の百合の骨』:理瀬の高校時代を描く。長崎が舞台
- 『薔薇のなかの蛇』:理瀬の大学時代を描く。イギリスが舞台
--------------------------
ただし、作中の時系列順に読んでしまうと、何の予備知識もない状態で既刊作品のネタバレをくらってしまうことになるので、おススメしない。
理瀬シリーズの「読む順番」についてはこちらの記事にまとめておいたので、気になる方はチェックしてみていただきたい。