「空飛ぶクルマ」離陸 トヨタが支援、20年の実用化目標

トヨタ自動車が「空飛ぶクルマ」の実用化に向けて、社内の若手有志が中心になって進めてきたプロジェクトに資金拠出する方針を固めた。米国の新興企業や航空機会社が相次ぎ参入を表明するなど、今最も注目を集める分野だ。次世代モビリティー(移動手段)論争が熱を帯びるなか、「空」が有力な選択肢として浮上している。

空飛ぶクルマは従来、有志団体「カーティベーター」のメンバーが勤務時間外に開発を進めてきた。資金はネットで広く支援を募るクラウドファンディングなどに頼っていた。今回、トヨタやグループ会社が4千万円規模の資金を提供することで大筋合意した。
今後は複数のプロペラを制御し機体を安定させる技術を確立し、2018年末までに有人飛行が可能な試作機を完成させる計画だ。東京五輪が開催される20年の実用化を目指す。
クルマは進化を続けて利便性を高めてきたが、排ガスによる環境問題や新興国などの渋滞は深刻だ。ひずみ解消へ自動車各社は電気自動車(EV)や燃料電池車など新たな動力源のクルマを開発、自動運転の研究も進めている。
個人の移動手段として空飛ぶクルマがにわかに注目を集めるのは、従来の延長線上ではない形で、現在の自動車が抱える問題を解決できると期待されているからだ。道路そのものが不要になれば、渋滞はなくなる。垂直で離着陸できれば滑走路も不要だ。人の動き、流れが劇的に変わる可能性を秘める。
欧米勢も開発
「フライヤー」など呼び名は様々だが、すでに米グーグル共同創業者、ラリー・ペイジ氏が出資する米新興企業、キティホークなどが実用化計画を示している。欧州航空機大手エアバスは年内に試験飛行を始めると公表。ライドシェア(相乗り)の米ウーバーテクノロジーズは4月、空飛ぶタクシーの開発計画を発表した。「空飛ぶ」は決して絵空事ではない。
安全性の確保に加え、免許や交通ルールなどの法整備といった課題は山積する。EVや宇宙開発といった野心的な事業計画で知られる米起業家イーロン・マスク氏でさえ「騒音や風といった課題があり、頭上を飛行すると不安に思う」と発言している。ただ、トヨタなど大手企業が支援して開発が加速すれば、議論が厚みを増すのは確実だ。
カーティベーターは12年、現代表の中村翼氏が社外のビジネスコンテストに参加したのをきっかけに発足。オーダーメードのEVという計画で優勝し、その後、アイデアを練り直すなかで空飛ぶクルマにたどり着いた。
「わくわくするモビリティーを実現したい」。こんな思いに賛同し、デザインや機械設計などを担当する約30人が加わる。グループ外からもドローン(小型無人機)の開発で実績を持つ三輪昌史徳島大准教授らが参画した。ガンホー・オンライン・エンターテイメントの創業者、孫泰蔵氏らも支援者に名を連ねる。
一方、事業の推進体制はなかなか固まらなかった。開発加速のために独立やベンチャーキャピタルからの資金調達なども模索するが、思い通りに進まない。15年半ばにはトヨタ幹部に支援を直訴するが、具体的な動きにはつながらなかった。「悔しい」。メンバーのひとりは漏らしていた。
草の根から革新
トヨタの研究開発に対する姿勢が徐々に変わり始める。15年11月に技術系の新興企業に投資するファンドを設立することを決め、16年に入ると外部の専門家をトップに据えた人工知能(AI)の研究開発子会社を米国に設立した。
トヨタは10日、18年3月期の研究開発費を過去最高水準に迫る1兆500億円とする計画を発表した。技術革新への備えは盤石なようにみえるが実態はやや異なる。
「将来のクルマは現在とは全く異なる形になっているかもしれない」。トヨタ幹部は危機感をあらわにする。IT(情報技術)企業や新興企業など、異質な考え方や速さを持つ新たなライバルとの競争が始まっており、従来の枠組みを超えた突き抜けた発想も必要とみる。
カーティベーターは社員でありながらチームの組成や資金調達といった経験を重ね、外部とのつながりを強めていた。一部には慎重な見方があったものの関係者によると内山田竹志会長が「技術の完成を待って資金を出すやり方では前進しない」と判断。草の根の革新に賭ける。
トヨタはかつて、事業の柱を自動織機から自動車へと大胆に変えた経験を持つ。それからおよそ80年。再び技術の大転換期を迎えている。小さな一歩だが、新たな取り組みは非連続な変化を乗り越えるきっかけになるかもしれない。
(編集委員 奥平和行)
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