USスチール買収阻止の空騒ぎ、日鉄がんばれ!の勘違い。バイデンも日本もなぜ「国益と無関係の話」に熱くなれるのか?

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バイデン米大統領が「国家安全保障上の懸念」を理由に、日本製鉄によるUSスチール(USS)買収に待ったをかけた。これに関して、バイデン氏の判断が米国経済にマイナスとなることは言うまでもないが、「日鉄がんばれ!」を無邪気に叫ぶ日本の世論も、それと同じくらい合理性を欠いていると指摘するのは米国在住作家の冷泉彰彦氏だ。巷の報道では、日米の信頼関係を揺るがしかねない大事件とされているが、実のところ「どちらも自国の利害と関係ない話で盛り上がっている」にすぎないという。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:USS買収阻止とGDPを考える

日本製鉄によるUSスチール買収問題、巷の分析は正しいのか?

新年早々となる1月3日、アメリカのバイデン大統領が日本製鉄によるUSスチール(USS)の買収計画を阻止する命令を出しました。

このニュースは日本でも大きく取り上げられています。例えば、バイデンの側近たちは「日鉄が買収しても安全保障リスクはない」と助言していたのに、バイデン本人が声明で「鉄鋼産業とその労働者は我が国の屋台骨だ」としたうえで、国家安全保障上の懸念を理由として買収を阻止した、という報道もあります。

また、USSの側からも、同社のブリットCEOが「恥ずべきで腐敗している」とバイデンを批判したとか、日本製鉄サイドも納得できないとして、すでに米政府を提訴する動きになっています。その一方で、買収を進めるのは日鉄側の責任であり、今回のように米国政府から蹴られた場合でも、日鉄が違約金を払わされるという説もあります。

バイデンやトランプの主張はポピュリズムの賜物

今回のバイデンの判断ですが、政治的には解説は可能です。

まず、トランプ次期大統領がこの買収を問題にしたわけですが、これは大統領選で決戦州となっていたペンシルベニアなどの票を確保するうえで、「基幹産業である製造業をこれ以上、外国勢力に売るな」というポピュリズムに迎合するためでした。

それはともかく、すでに大統領選は終わったので、負けたバイデンには何も失うものはないので、日鉄による買収を認めても良さそうではあります。ですが、それでもバイデンが却下したのは、自分も大統領選の選挙戦の中で「認めない」という「公約」をしてきたからです。また、中間選挙まで1年10ヶ月を切る中では、民主党としては「労働者票を奪還する」ポーズが必要ということもあると思います。

ビジネスの合理的な判断としては、日鉄が買わないとUSSの業績はさらに悪化して、破産法申請は時間の問題で、主要工場の閉鎖により雇用の喪失が発生すると言われています。たしかにそうではあるのですが、そんな「複雑な話は有権者には向かない」という環境の中で、表層的な大衆迎合をするという点では、トランプもバイデンも思考パターンは酷似しているという説明も可能です。

こうした判断については、日本と中国を混同しているという解説もあります。中国を仮想敵としてサプライチェーンから外す戦略の中では、日米の経済的な結びつきは強化するのが当然であり、今回の判断はこの大原則から外れるというロジックです。

これも「筋論」ではあるのですが、特にトランプの場合は80年代の日米通商紛争の記憶が刷り込まれた世代がコア支持者ですので、理屈を超えたものもあるようです。

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では、そのような印象論や政治的心理戦を棚上げにしたうえで、今回の買収問題について経済合理性から考えると、どのような構図が浮上するのでしょうか。

まず考えなくてはいけないのは、製鉄業界の構図です。大きなトレンドとしては2つの流れがあります。1つは、高炉における中国の躍進です。

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