反政府勢力の進攻を受けたアサド大統領のロシアへの逃亡により、独裁体制にピリオドが打たれたシリア。しかし2011年から続いた内戦の傷跡は、あまりに大きく深いものでした。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、アサド氏が自国民に対して行った非道な「攻撃」の数々を紙面で紹介。さらに内戦がここまで泥沼化した背景を解説するとともに、今後のシリアが直面する問題について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:シリアの春
アサド政権崩壊も問題山積。シリアに「本当の春」は訪れるのか
韓国もフランスも政治的に大混乱していますが、どちらもちゃんとした国ですし、国会が正常に機能しているのですから、民主主義に則ってそれなりの形に収まると思います。しかし、これまでずっと独裁を続けて来たバッシャール・アサド大統領が、自分の命が危うくなったとたん、安倍晋三氏のように政権を丸投げしてトットと逃げ出してしまったシリアは問題が山積です。
あたしより遥かに詳しく知っている人も多いと思いますので、前段はザックリと触れるだけにしますが、直近でのコトの発端は、2010年から2011年にかけて北アフリカのチュニジアで起こった民主化運動「ジャスミン革命」でした。この民主化運動がエジプトなど他のアラブ諸国へ連鎖的に広がり、長期独裁政権に国民の不満が溜まっていた各国で反政府デモが巻き起こりました。この一大潮流が「アラブの春」です。
当時、あたしは「アラブの春」に注目していました。しかし、それどころではないことが日本で起こってしまったのです。そう、東日本大震災と、それに伴う福島第1原発事故です。そして、その直後に発生したのが「シリア内戦」でした。
「アラブの春」の1つとして、シリアでも長年のアサド大統領の独裁政権に反対する国民が集まり、他国と同じように非暴力のデモ行進やハンガーストライキなどの市民運動が始まりました。しかし、アサド大統領は、これらの平和的な市民運動を阻止するために、シリア国軍による武力鎮圧を選択したのです。このアサド大統領の愚かで短絡的な選択が「シリア内戦」へのトリガーとなり、その後14年間に渡って、兵士だけでなく数え切れないほどの民間人の命を奪うことになる最悪のシナリオの1ページ目をひらいてしまったのです。
でも、当時のあたしは、錯綜する原発事故の情報の中から常に最悪のケースを想定して、母さんと自分の命を守ることを最優先して動いていたので、こんな言い方をしたらシリアの人たちに申し訳ないのですが、とても他国のことなど考えている余裕などありませんでした。そして約1年後、ようやく西日本の避難先での生活も安定したので、気になっていたシリアの状況にも目を向けることができるようになったのです。
普通では考えられない「自国民への空爆」
それまでも日本の報道レベルでは断片的にシリアの情報を得ていましたが、主に『アルジャジーラ』など現場からの生きた報道に触れるようになったあたしは、あまりにも残酷なアサド大統領の手口に、全身が震えるほどの恐怖と怒りを覚えました。それは、普通では考えられない「自国民への空爆」です。
イスラエルのネタニヤフ首相は「ハマスの戦闘員が隠れている」「ハマスが武器を隠している」という真偽不明の情報を大義名分として、ガザ地区の学校や小児病院などをミサイル攻撃し、これまでに約2万人の子どもを含む4万5,000人以上のパレスチナ人を虐殺して来ました。一説には、この他にまだガレキの下に埋まったままの遺体が2万人以上いるとも伝えられています。もちろん、これは断じて許されない戦争犯罪であり、ネタニヤフ首相は国際社会で厳しく裁かれなければなりません。
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アサドがコスパ重視で多用した「タル爆弾」の恐怖
しかし、アサド大統領は、これと同じことを自国であるシリアに対して行なっていたのです。アサド大統領は「反体制派が隠れている」と言って、シリア国軍にシリア国内の学校や小児病院を空爆させ、自国の人々、自国の子どもたちを虐殺し続けていたのです。人の命など何とも思っていない「悪魔のキリン」ことアサド大統領は、自国民に対して何度も化学兵器を使ったことでも批判されて来ましたが、あたしが何より恐怖を感じたのは、アサド大統領がコスパ重視で多用した「タル爆弾」です。
中央に強力な爆薬、その周囲に大量のボルトやナットを詰めた「タル爆弾」は、軍事用ヘリから目標の小学校の校庭や小児病院の中庭などに投下すると、着弾とともに爆発し、大量のボルトやナットが銃弾のようなスピードで周囲に飛び散り、広範囲の人々を無差別に死傷させるのです。この「タル爆弾」の犠牲になった子どもは数多くいますし、一命は取り留めても両足や片足を失った子どもは数えきれません。
これまでの14年間に渡る「シリア内戦」で、犠牲になった人は50万人超、家を捨てて周辺国や国境などに逃れた難民は600万人超と見積もられています。こうして数字にしてしまうと命の重さが感じられなくなってしまいますが、この犠牲者1人1人に家庭があり、人生があったのかと思うと、あたしは気が遠くなるほど悲しい気持ちになります。そして、何より悲しいのが、大人が始めた戦争で、何の罪もない子どもたちが犠牲になり続けていることです。
シリア内戦のここまでの長期化と泥沼化を招いた要因
「シリア内戦」が泥沼化した最大の原因は、そこに参戦した組織の数と関係性が極めて複雑だったことです。もともとは一般の国民による平和的な反政府デモでしたが、それをアサド大統領が武力鎮圧したことで、シリアの反体制派の武装組織がシリア国軍と交戦を始め、さらに複数の民兵組織が参戦したのです。もっとも曲者(くせもの)なのが「YPG(クルド人民防衛隊)」で、アメリカからの支援を受けているのに、水面下ではロシアとも繋がっていて、場面場面でアサド政権側についたり、反体制派についたりして来ました。
さらには、かつて「イスラム国」と呼ばれていた「ISIL」や「ヌスラ戦線」などが混乱に乗じて参戦して来たことで、完全に収拾がつかなくなったのです。その上、ロシア寄りでアサド政権を支援するイランや、アメリカ寄りで反体制派を支援するトルコなど、周辺国もそれぞれの立ち位置があるため、「シリア内戦」はゴチャゴチャに絡まった釣りの仕掛けのように解けなくなり、長期化を余儀なくされたのです。
親を失った子どもたちだけが暮らす難民キャンプも
「シリア内戦」が始まった翌年から、シリアの現状を知るようになったあたしは、危険なシリアからは脱出したが、他国に入ることができないシリアの人々が暮らしている、国境地帯の数々の難民キャンプの実態に驚きました。現地や周辺国の報道を確認し、民間の非営利団体の情報を精査し、YOU TUBEで現地の映像を観て、少しずつ実態が分かって来たあたしは、内戦で親を失った子どもたちだけが暮らしている難民キャンプがあることを知りました。
国連機関や民間の非営利団体などがバックアップしていても、それは誰の目にも不十分であり、食べ物どころか水や毛布や衣料品すら不足していたのです。そこであたしは、もっとも信頼できる窓口から、わずかなお金を寄付しました。そんなことしかできない自分の無力さに悲しくなることもありましたが、あたしの大好きな『ハチドリの一滴』というお話を思い出し、翌月も、翌月も、翌月も、今まで13年間、ずっと寄付を続けて来ました。
そのため、今回アサド政権が倒れて、難民たちが続々と国内に戻り始め、シリア各地でアサド大統領の銅像を破壊したり写真を焼いたりして歓声を挙げている人々のニュース映像を見て、あたしは心の底から「良かった」と思いました。
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国際的に暫定政権とは認められていないシリアの反体制派
しかし、冒頭にも書いたように、アサド大統領は次の大統領に政権を譲って身を引いたのではなく、自分と自分の家族だけ助かろうと無責任に政権を丸投げして逃亡したのです。つまり、現在のシリアは、国際的には「無政府状態」なのです。
今回、父親の時代から二代に渡ってトータル53年間の独裁を続けて来たアサド大統領からシリアを奪還したのは、シリア北西部イドリブを拠点とする「シャーム解放機構(旧ヌスラ戦線)」を中核とする反体制派でした。この混合チームは11月27日、イドリブから進撃を開始し、11日間でシリア各地の主要都市を次々と制圧し、主都ダマスカスに到達しました。
しかし『ちびまる子ちゃん』の藤木君より卑怯なアサド大統領は、反体制派の武装集団がダマスカスに迫る中、シリア軍や治安当局の高官らには「すぐにロシア軍が支援に来るから」と大嘘をつき、側近や親族にも告げないまま、自分と家族だけでダマスカスからトンヅラしたのです。そして、シリア内のロシア基地に匿(かくま)ってもらい、ロシア軍機でトットと夜逃げしたのです。
そして、反体制派のダマスカス到達と同時に、アサド大統領から騙されていたことに気づいたシリア軍と治安当局は、そんな人物のために戦う義理などないと、無抵抗で白旗を上げました。そのため、首都ダマスカスは数時間で陥落し、シャーム解放機構は12月8日、「首都ダマスカスは暴君バシャール・アサドから解放された」と宣言したのです。
これが今回のアサド政権崩壊までのアラスジなので、当然の流れとして現在はシャーム解放機構がシリアの暫定政権としてダマスカスを押さえています。しかし、このシャーム解放機構は、国連やアメリカからはイスラム過激派のテロ組織に指定されているので、国際的には暫定政権とは認められていません。
3年前のアフガニスタンと酷似するシリアの現状
これって3年前のアフガニスタンと同じだと思いませんか?軍事面でも経済面でも当時はアメリカが重しとなっていたアフガニスタンでしたが、3年前の2021年8月にバイデン大統領が米軍を撤退させたことで、イスラム過激派のタリバンが首都カブールを制圧し、当時のアシュラフ・ガニー大統領はトットと国外へ亡命。そっくりですよね?
ちなみに、この時は「何で米軍を撤退させたんだ!」とバイデン大統領が大炎上しましたが、これは気の毒すぎました。何故なら、タリバンからの「米軍撤退」の要求にホイホイと合意したのは、その前のトランプ大統領だったからです。そして、その政権を引き継いだバイデン大統領は、自分の就任前のタリバンとの約束を守って、仕方なく米軍を撤退させたのです。
それなのに、それでアフガニスタンが無政府状態になったら、その原因を作ったトランプ大統領が先頭に立って「米軍を撤退させたバイデンは無能で無責任だ!」と大声で批判し始め、自分の過激な支持者らを煽ってバイデン攻撃を繰り広げたのです。
そんなアメリカの国内事情から生まれた現在のアフガニスタンのタリバン政権ですが、3年が過ぎた今も、タリバンの最高指導者であるハイバトゥラー・アクンザダ氏がアフガニスタンのトップに君臨し、同じくタリバンの共同創設者の1人であるハッサン・アフンド氏が暫定的に首相をつとめており、未だに国際社会からは政府承認されていません。それは、アメリカがタリバンをイスラム過激派のテロ組織に指定して「最も血塗られたテロリスト」と呼んでいるからです。
ま、タリバンは、2018年の1年間だけでも5,000人以上を殺害しているので、テロ組織の指定は仕方ないかもしれません。でも、それならアメリカは、これまで世界中で繰り広げた戦争で、いったい何百万人を殺して来たのか?と聞きたいです。日本中の都市を空爆して2発の原爆を投下した時、アメリカは日本を「テロ国家」に指定しており、自国の戦争犯罪を「テロ国家への正当な攻撃」だと言いました。そしてアメリカは、これと同じことを今も続けているのです。
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あらゆる面で厳しい政権運営を強いられる新生シリア
こうしたアフガニスタンの前例を見る限り、過去に斬首による処刑や拷問などを繰り返して来たヌスラ戦線、現在のシャーム解放機構がシリアの暫定政権を続ける限り、何年にも渡って国際社会から政府承認されないことは火を見るより明らかです。とにかく今は、続々と戻って来る難民たちのための復興が最優先課題ですが、暫定政権が国際社会から政府承認されなければ、現在のアフガニスタンのように、外交を始めあらゆる面で厳しい政権運営が強いられ、復興はなかなか進まないかもしれません。
また「独裁政権から反体制派がシリアを奪還した」という現状は、これまでの友好国が敵対国になり、敵対国が友好国になるという側面もあるため、政権運営はとても複雑になります。何よりも迷惑なのが、イスラエルのネタニヤフ首相が「渡りに舟」とばかりにシャシャリ出て来て、シリアを抱き込もうと強引な手段に出そうなことです。
半世紀に渡る恐怖独裁から解放された喜びに浸っているシリアの人々に水を差す気はありませんが、現在の暫定政権は、絶対にイスラエルのネタニヤフ首相の口車には乗らず、手を組む相手を見誤らず、まずはトルコとの協調を軸に、この勝利が本当の意味での「平和」への第一歩となるように、何とか山積する問題を着実に乗り越えてほしいと思います。そして、シリアの子どもたちに笑顔が戻りますように、あたしは心から願っています。
(『きっこのメルマガ』2024年12月18日号より一部抜粋・文中敬称略)
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