毀誉褒貶が相半ばする竹中平蔵総務相。そんな竹中氏の「最低賃金の目安」についての論評が話題となっています。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では元国税調査官で作家の大村さんが、件の竹中氏の論評を取り上げ「経済の事を何も知らない」と厳しく批判するとともに、そう判断する理由を解説。各種データを示しつつ分析・詳説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:竹中平蔵氏の経済理論はまったく的外れ
的外れにもほどがある。日本の生産性を下げた竹中平蔵という「戦犯」
去る7月24日、厚生労働大臣の諮問機関である中央最低賃金審議会は、最低賃金の目安を50円引き上げ、全国平均で時給1,054円になりました。
この引き上げ幅は過去最大です。
それを受けて、かの竹中平蔵氏がこういう論評を発していました。
「日本人は労働生産性が低いのだから、最低賃金を上げるのはおかしい」
筆者はこの発言を聞いて唖然としました。
この人は経済の事を何も知らないのだな、と。
竹中平蔵氏は、昨今たびたび「日本の労働生産性は低い」という発言をしています。
確かに現在の日本の労働生産性は先進国の中では低い方です。
日本の労働生産性が急落した理由
下の表は、国民一人当たりの名目GDPの順位です。
国民一人あたりの名目GDPランキング
1位 ルクセンブルグ 127,580ドル
2位 ノルウェー 106,328ドル
3位 アイルランド 103,176ドル
4位 スイス 92,371ドル
5位 カタール 84,425ドル
6位 シンガポール 82,808ドル
7位 アメリカ 76,348ドル
21位 ドイツ 48,636ドル
23位 イギリス 25,295ドル
24位 フランス 42,409ドル
30位 日本 33,822ドル
33位 韓国 32,250ドル出典 IMF World Economic Outlook Database 2023
この「一人当たりのGDP」というのは、「労働生産性」をデフォルメした数値です。
国民一人あたり、どのくらい生産性があるかという数値ということです。
日本は、この一人当たりのGDPは1996年にはOECD加盟国中、5位でした。
しかし90年代の終わりから急落し、それから20年以上、下降し続けました。
2022年では21位にまで落ちているのです。
この一人当たりのGDPが落ちたことで、「日本人一人一人の生産力が落ちた」というように言われることが多いのです。
そして竹中平蔵氏などは、前述したように、「労働生産性が低いので賃金が低いのは当たり前」というようなことを述べているのです。
が、労働生産性というのは、歴史的に見て賃金と連動しているのです。
労働生産性が上がっているときはだいたい賃金が上がっているときなのです。
日本でも、労働生産性が最高に高かった1996年までは、賃金は上昇していました。
が、1996年ごろを境に、日本は賃金が下がり始めました。
それと連動するように、労働生産性も下降を始めたのです。
これはどういうことかというと、賃金が上がれば労働生産性も上がるし、賃金が下がれば労働生産性は下がる傾向にあるのです。
労働生産性が上がるから賃金が上がるのではなく、両者は共存のような関係なのです。
「労働生産性と賃金が連動している」ということは、少し考えれば誰でもわかる理屈です。
国民の賃金が増えれば国全体の消費も増えます。
消費が増えれば企業の売上も上がり利益も増加します。
必然的に、国全体の利益(付加価値)も増えるわけです。
実際に、日本では賃金が上昇している時期は、一人あたりのGDPも増え続け、国際的にも高い位置にいたのです。
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なぜ1996年ごろをピークに日本の賃金が下がったのか
理論的にも、現実的にも、それは証明されているのです。
下の表は、90年代から2000年代の平均賃金の推移です。
90年代から2000年代の平均賃金
平成3 (1991)年 447万円
平成4 (1992)年 455万円
平成5 (1993)年 452万円
平成6 (1994)年 456万円
平成7 (1995)年 457万円
平成8 (1996)年 461万円
平成9 (1997)年 467万円(最高値)
平成10(1998)年 465万円
平成11(1999)年 461万円
平成12(2000)年 461万円
平成13(2001)年 454万円
平成14(2002)年 448万円
平成15(2003)年 444万円
平成16(2004)年 439万円
平成17(2005)年 437万円
平成18(2006)年 435万円
平成19(2007)年 437万円
平成20(2008)年 430万円
平成21(2009)年 406万円
平成22(2010)年 412万円国税庁の統計発表から著者が抜粋
これを見ると、日本の賃金が下がり始めたときから一人当たりのGDPの国際順位も下がり始めたということがわかるはずです。
では、1996年ごろをピークになぜ日本の賃金が下がったのでしょうか?
企業業績が急に悪くなったのでしょうか?
違います。
1996年前後には、別に何も経済的なダメージを蒙るようなことはありませんでした。
ではこのころ何が起きたかと言うと、「人為的な賃金引き下げ運動」が始まったのです。
1995年、日本の大企業経営者の集まりである経団連は「新時代の“日本的経営”」として、「不景気を乗り切るために雇用の流動化」を提言しました。
「雇用の流動化」というと聞こえはいいですが、要は「いつでも正社員の首を切れて、賃金も安い非正規社員を増やせるような雇用ルールにして、人件費を抑制させてくれ」ということです。
それまでの日本経済では、賃金や雇用というのは、絶対に守らなくてはならない聖域のようなものでした。
日本経済はこの聖域を守ることで、高度成長期からバブル期にかけて繁栄してきたのです。
しかし財界では、バブル崩壊の痛手から立ち直る手段としてこともあろうに、この聖域に手をつけようとしたのです。
これに対し政府は、財界の動きを抑えるどころか逆に後押しをしました。
そのため、このころから日本の賃金が下がり始めたのです。
国内経済の収縮も招いた賃金の低下
そしてこの賃下げと連動するようにして、一人当たりのGDPの国際順位も下がっていったのです。
日本の一人あたりGDPのOECD順位は、1997年には7位につけていました。
が、1998年から13位に転落し、その後は下降の一途をたどるのです。
まさに「賃金が下げられるようになってから日本の労働生産性の国際順位が急落した」のです。
また日本の賃金が下がり始めたときから、日本の国内経済が収縮しはじめたことは、物価の推移からもわかります。
下の表は、90年代から2000年代の物価の推移です。
賃金が下がり始めた翌年から物価も下がり始めています。
賃金が減っているのだから消費が減るのは当たり前で、消費が減れば物の値段も安くせざるを得ないのです。
理論的にも、現実的にも、当然の現象が起きているのです。
年代から年代の物価指数(2010年を100とした場合)
平成3 (1991)年 97.6
平成4 (1992)年 99.3
平成5 (1993)年 100.6
平成6 (1994)年 101.2
平成7 (1995)年 101.1
平成8 (1996)年 101.2
平成9 (1997)年 103.1
平成10(1998)年 103.7(最高値)
平成11(1999)年 103.4
平成12(2000)年 102.7
平成13(2001)年 101.9
平成14(2002)年 101.0
平成15(2003)年 100.7
平成16(2004)年 100.7
平成17(2005)年 100.4
平成18(2006)年 100.6
平成19(2007)年 100.7
平成20(2008)年 102.1
平成21(2009)年 100.7
平成22(2010)年 100.0
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竹中平蔵という日本の労働生産性を下げた張本人
さて、竹中平蔵氏の話に戻しましょう。
日本経済は90年代後半から「賃下げ容認、雇用軽視」の方向に舵を切ってしまいましたが、その動きを猛烈な勢いで加速させたのが、竹中平蔵氏なのです。
このメルマガでも何度か触れましたが竹中平蔵氏は、日本の賃金低下を強力に推し進めていた人物です。
竹中平蔵氏が、小泉内閣での経済政策を一手に引き受けるようになったのは平成13(2001)年のことです。
彼は、かねてから「日本人の賃金は高すぎるから下げるべし」「賃金が下がった分は投資で儲ければいい」などという、日本経済の現状をまったく無視しした主張を持っていました。
そして小泉内閣で、経済財政政策担当大臣に就任するとその持論通りの経済政策を行いました。
企業が賃下げや解雇をすることを容易にし、大企業や投資家の税金はべらぼうに安くしたのです。
前掲の平均給料の表を見れば、日本の平均給与は小泉政権の時代に大きく下がっているのがわかります。
小泉政権の時代というのは、当時、史上最長とされた好景気の時代もあったのです。
にもかかわらず、この時代にサラリーマンの平均給与は大きく下がっているのです。
この賃金低下が、国民生活を圧迫し、日本の労働生産性を引き下げた大きな要因なのです。
つまりそれが「平成の失われた30年」の大きな要因であり、竹中平蔵氏の経済失策だといえるのです。
にもかかわらず、竹中平蔵氏は「日本人は労働生産性が低いので賃金を上げなくていい」などと、述べているのです。
「まったくどの口が言うのか?」「日本人の労働生産性を下げたのはお前だろう?」という話です。
近代の経済政策では、賃金を上げることが最重要なテーマとなっています。
賃金を上げることは、国民の生活を守るためでもあり、経済を発展させるカギでもあるからです。
たとえば、アメリカの株価なども、賃上げがされると上がる傾向があります。
それは、賃金が上がれば社会全体のお金の流れがよくなるということを示しているのです。
しかし企業というのは、放っておくと賃下げの方向にいきがちです。
会社と従業員では、従業員の方が立場が弱いからです。
このことは「近代経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスが200年以上も前から指摘していることです。
アダム・スミスは「国富論」の中で、
「経営者は労働者の賃金を決めるにあたって有利な立場にある。しかし経営者は、労働者が家族を養える以上の賃金は必ず払わなくてはならない」
「労働の報酬が豊かになれば、子供の成育条件が改善され、人口は増える。そして、庶民の働く意欲が増進し、勤勉な人が増える」
と述べています(国富論第1編第8章)。
だから近代国家の政府は、企業に対して賃上げを働きかけこそすれ、賃下げを推奨するなどということは、絶対ありえないことだったのです。
近代の先進国において、政府が賃下げを推奨した事例というのは、おそらく小泉内閣時代の日本だけです。
それくらい愚かな政策だったのです。
その結果、今の日本は、韓国よりも平均給料が安くなってしまいました。
日本人の能力が韓国人よりも低いから賃金が下がったのではなく、日本政府が賃下げを推奨容認してきたから日本人の賃金が下がったのです。
そしてアダム・スミスが推奨した
「労働の報酬が豊かになれば、子供の成育条件が改善され、人口は増える。そして、庶民の働く意欲が増進し、勤勉な人が増える」
ということと真逆の方向に日本は行っているのです。竹中平蔵氏の責任は重大なものがあるでしょう。
また昨今、竹中平蔵氏は、「日本は中小企業が多すぎる」「日本の中小企業はもっと倒産すべき」などとも述べています。
この主張も、明らかな間違いがあります。
次回はそのことについて述べたいと思います。
(メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』2024年8月16日号より一部抜粋。全文はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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