子どもと違って人生経験があり、自分なりの考えも持っていて、相応にプライドも高く、場合によってはこちらのいうことを素直に聞いてくれないことも...。このような現実があるだけに、大人を相手に教えるという行為はとても難しいもの。事実、ビジネスの現場で悩んでいる方も少なくないはずです。
多様な背景を持つ大人に対して、教えた経験もない、教え方も知らない、言ってみれば「素人」がいきなり教える立場に立つ。これが、大人相手に教える際に感じる難しさの原因です。だとすれば、「大人相手の教え方」を知れば、その難しさが解消されるかもしれません。(「はじめに」より)
こう記しているのは、『オトナ相手の教え方』(関根雅泰著、クロスメディア・パブリッシング)の著者。企業研修で大人相手に「現場での仕事の教え方」を教えているそうですが、つまり本書では、そこから得た現場経験や学術知見を活かし、誰が相手であっても「これさえ押さえておけば大丈夫」といった"教え方の本質"を明らかにしているわけです。
では、教え方が上手な人には、どんな違いがあるのでしょうか? 第2章「教え上手な人の教え方」から、ヒントを見つけ出してみたいと思います。
教え上手と教え下手
「教える」とは、「自分」と「相手」という2人の間で行われる行為。そこに相手がいるから、教えるという行為が生まれるわけです。当たり前のようにも思えますが、著者はここに教えることの本質、「相手の立場に立つ」という考え方が隠れているといいます。これこそ教える側が押さえておくべきポイントであり、これを忘れると「教え下手」になってしまうのだとか。
だとすれば気になるのは、「教え下手」とはどういう人なのかということ。著者はこのことについて、教えられたことがある人に聞いてみたことがあるそうです。すると、教え下手な人の特徴として、次のような答えが返ってきたといいます。
・高圧的
・威圧的
・説明が早い
・声が小さい
・なにを言いたいのかポイントがわからない
・教わる側の気持ちをわかっていない
・説明が雑
・専門用語を多用する
・一方的に話をして終わってしまう
(22ページより)
などなど。では逆に、「教え上手」はどんな人かと尋ねると、返ってきたのは以下のような答えだったとか。
・物腰が柔らかい
・説明がていねい
・ポイントが明確
・こちらの気持ちをわかってくれる
・なにがわかっていないかを把握したうえで教えてくれる
・こちらの話も聞いてくれる
(22ページより)
当然ながら、教え下手の特徴と正反対です。そして「教え上手の特徴をひとことで表現するとしたら?」という問いに対する答えは、
「教え上手」は「相手本位」な人である。
(23ページより)
というもの。いってみれば教え上手には、相手と同じ目線から物事を考えようという姿勢が見られるわけです。そして教え下手にはこういう姿勢がなく、彼らはむしろ「自分本位」。教わる側の立場に立って物事が考えられないから、自分中心にものごとを進めてしまう。このような人が「教え下手」といわれるということで、まずはそこを意識することが大切であるようです。(21ページより)
100人いたら100通りの教え方
ただ、いくら教え下手が「自分本位」だとわかってはいても、普段生活していると、つい自分基準でものごとを考えてしまいがち。しかしそれでも教えるときは、「相手の立場に立つ」ことを心がけなくてはならないと著者は主張します。
逆から見てみれば、この考え方がないからこそ「自分本位な教え下手」は上手に教えることができないわけです。自分と相手は違う人であり、「相手の立場に立って考える」という認識が、教える際には必要不可欠になるということ。こういう当たり前のことを忘れ、つい自分本位になってしまうのが教え下手。
とはいえ私たちはしばしば、「こんなことぐらいわかるだろう」「知っているだろう」「できるだろう」という思い込みをもってしまうもの。いわば、「自分と同じレベルで相手を見てしまう」。ある程度、仕事ができるようになり、教える側に立つと、自分ができなかったころの状態をつい忘れてしまうのです。
自分と相手は違います。しかもその「違い」はさまざまです。性格、年齢、性別、出身地、背景、価値観、国籍など、自分と全く同じ人はいないように、私たちが教える相手はさまざまです。仮に、教える相手が100人いたとして、相手の違いに合わせて100通りの教え方をするというのは難しいでしょう。でも、難しいだけで不可能ではありません。(26ページより)
だからこそ、「自分と相手は違う」と認めたうえで、「相手の立場に立つ」ことが大切だということ。厳密にいえば、相手の立場に立つ「努力」をするということ。違う人間なのだから、本当の意味で「相手の立場に立つ」のは困難。ただし、その努力はできるということです。
相手はどんな人なのか、どんなことを考えているのか、現状の知識、技術はどのくらいなのか、どう考えれば相手に伝わりやすいのか、どうすれば相手の学習を手助けできるのか、などを考えることはできるでしょう。つまり教える内容は同じでも、教えていくなかで「こうした方がもっと伝わるかも」と、相手の立場に立った目線で"微調整をしていく"ことが重要になるという考え方です。
たとえば電話の出方について教えることになり、「電話に出たら『お電話ありがとうございます。A商事です』と声に出すように」と伝えたとします。しかし、にもかかわらず言い間違えてしまう人がいました。そんなとき、「なにごとも経験。できるまでやらせる」といって、なにも手を打たずに放っておくのはNG。「うまく話せないのは緊張しているからかもしれない」と相手の状況を察し、慣れるまで手元に置いておくという方法で指導していく。それが本当の教え上手だというわけです。(25ページより)
「言葉」「文字」「行動」でレベルを把握する
相手がどのくらいの「知識・技術」を持っているのか、その程度を測る方法としては次の3つがあるそうです。
・言葉にしてもらう
・文字にしてもらう
・行動してもらう
(30ページより)
まず「言葉にしてもらう」とは、
・~について知っていることを教えてください。
・前の職場ではどのようにやっていましたか?
・~のやり方を聞かせてください。
(30ページより)
などの質問を通じ、相手の現状を知るということ。なお、ここで注意すべきは聞き方。「はい」「いいえ」で答えられるような質問をしてしまうと、相手がどの程度理解しているのか、レベルを知ることができないわけです。なにをどこまで理解しているのかを把握するためには、質問は具体的に行うことが大切。
次に、「文字にしてもらう」について。
・準備したテストに回答してもらう
・あるテーマに関してレポートを書いてもらう
・知っていることやできることを書き出してもらう
(31ページより)
こうした方法によって、相手の現状の「知識・技術」レベルを把握するのです。
そして最後は「行動」。いくら本人が「知識・技術を持っています」と主張しても、実際にやってもらわないと本当のところはわからないもの。そこで最終的に「行動してもらう」ことで、そして、その様子を観察することで、相手の現状を知ることができるわけです。ちなみにこれら3つの方法を通して相手の現状レベルの把握をする際には、そのレベル(度合い)を測るための自分なりのメジャー(ものさし)を持っておくといいそうです。「どのくらいの値ならよいのか」という、自分なりの基準です。(30ページより)
このようにソフトなアプローチによって、以後も「大人への教え方」について具体的な説明がなされています。その内容を活用すれば「教え上手」になることができ、結果的にはコミュニケーションも円滑になるかもしれません。
(印南敦史)