横浜市は、神奈川新聞が報じた横浜国際プールの再整備計画案などの記事に対し、「公平性を担保した記事掲載を求める」と文書で抗議した。神奈川新聞は、いずれも適切な取材で判明した事実に基づく記事であり、「報道の萎縮」を目的とした圧力と判断。市に求められた文書での回答を保留している。山中竹春市長は9日の定例会見で、抗議文の存在を「知らない」と述べ、自らの関与を否定した。
抗議を受けたのは、▽国際プール再整備計画案を巡り、市がプロバスケットボールチームを念頭に構想を進めてきたと報じた記事▽同プール再整備計画案で、市が当初からメインアリーナの「通年体育館化」を検討していたと報じた記事▽山下ふ頭の再開発検討委員会で、市民を含む事業計画検討委の設置案が否決された経緯を報じた記事▽執務室の大半が施錠されている市庁舎を「閉鎖的」と批判した市民有志の会見をまとめた記事―の4本。それぞれ昨年11月20日から12月11日までに掲載・配信した。
国際プールを巡っては、市が昨年6月に再整備計画の素案を公表。夏季はプール、冬季は体育館として運用しているメインアリーナの機能を体育館に一本化し、メインプールを廃止する方針を示した。これに水泳団体が反発。中高生や障害者が参加する競技大会の運営に支障を来すなどと訴え、市が最終的に「練習用プール」の新設に動いた。
12月11日付の記事では、市がメインプールの廃止を決めた大きな理由と位置付ける2022年2月の包括外部監査報告書に言及。「年2回の床転換に要するコスト5千万円強と、工事に伴う計2カ月の休館が問題視されたからだ」とした。
その上で、本紙が入手した市の内部文書などに基づき、「監査報告を控えた21年12月の段階で、市がプロバスケットボールBリーグの新たなアリーナ基準を念頭に、庁内で通年体育館化の検討を進めていた流れが判明している」と指摘。一連の経緯を明示しない市の姿勢に疑義を呈した。
この記事に対する抗議文では、「市はこれまで、①『床転換を継続』②『通年プール化』③『通年スポーツフロア化』の3つの手法について比較検討してきている旨の説明を繰り返し行っている」と主張。「こうした点を全く考慮せず、通年体育館化ありきで進めてきたかのような一方的な見解を記載したことは、読者に対して偏った印象を与えるものです」との見解を示した。
また、再整備案の策定過程を報じた11月20日付の記事で「再整備案を巡っては、メインアリーナをホームにしているプロバスケチームを念頭に、市が構想を進めてきたことが判明している」と報じたことに対し、市は市会(議会)をはじめ様々な場面で再三にわたりプロバスケチームのための再整備ではないと否定してきたと説明。「記事ではそのような説明がなく、『判明している』と記載し、読者に対して偏った情報を与えかねない内容となっています」とした。
さらに、記事で「一連の経緯は公表されていないため、市議の一部はプロバスケチームの存在を明示した上で、多額の市費を投じる妥当性を問うべきだと訴えている」と記載したことにも言及。「市議の一部」の主張を記載したとし、「議会におけるその他の意見や、横浜市が行った意見募集において得られた、通年フロア化に理解を示す6割の市民の意見や団体の声には全く触れておらず、この再整備の論点があたかも『市議の一部』の主張のみに集約されているかのような印象を与えかねない内容となっています」と指摘している。
抗議を受けた記事
一方、山下ふ頭の再開発検討委で、市民参画を強めるべきだとする意見が否決された経緯を報じた記事(12月10日付)に関しては、「山下ふ頭の再開発を『行政主導の開発』と位置づけ、『市民意見を踏まえたまちづくり』とは相反するものという前提に立った論旨となっています」と主張。「一人の委員が『市民を含めた事業計画検討委の開催を答申案に明記するよう求めた』ことに関し、多数決では他の委員全員が反対したにもかかわらず、『賛成少数で否決された』と表現したことは、上記の論旨を助長する意図を感じさせます」との見方を示した。
その上で、「本市は当該委員会の開催に当たって透明性を確保するため、会議をすべて公開し、オンライン中継を行って市民意見を募集しています。これまでに市民から延べ1万件を超す意見が寄せられており、それを分析して提示したことも踏まえ、今回の答申案では、委員長からも同様の趣旨の発言があり、市民に意見を問うプロセスを経ることが望ましいとする要望も盛り込まれたところです」と強調。「加えて、本市としても今後事業計画を策定していくプロセスの中で、意見募集や意見交換会を行っていくことについて繰り返し説明してきたところですが、こうした点に全く触れられておらず、全体として読者に一方的な視点を印象づける記事と言わざるを得ません」としている。
抗議を受けた記事
このほか、12月5日にウェブサイト「カナロコ」で配信した執務室の大半が施錠されている市庁舎を「閉鎖的」と批判した市民有志の会見をまとめた記事については、「タイトルに『横浜市庁舎は閉鎖的で市民を排除』との当該グループの主張を引用し、さらに本文においても、当該グループの主張のみを記載した内容となっています」と指摘。
「現在の市庁舎は、業務で取り扱う市民の皆様の個人情報や機密事項について、濶洩のリスクを可能な限り低減することなどを目的として、執務室の施錠などを行っていますが、こうしたセキュリティの向上は、議会でのご議論なども踏まえて導入したものです。一方で、市庁舎に来られる方は、受付で入館手続きを行うことにより、どなたでも入館できる運用としております」と強調。その上で「こうした趣旨や背景について言及することも、所管部署への確認の取材も今回はなく、加えて当該会の主張する『横浜市庁舎の閉鎖性は他自治体と比較して突出している』という内容に対する貴社としての事実確認を行った形跡が読み取れません」と続け、「このような記事を掲載することは、極めて一方的であると受け止めざるを得ず、読者に対して誤解を与えかねないものです」と結んでいる。
抗議を受けた記事
抗議文はいずれも、市の報道担当と所管部署の部長名で出されている。事実関係の誤りを指摘するのではなく、「読者に偏った印象を与える」「一方的な視点を印象づける」などと本紙の論調に懸念を示し、「市民に誤解を与えない公平性を担保した記事掲載」を要請。その上で「本市の見解についての御社の回答を文書で求めます」として、回答期限を設定するなどしていた。
1月9日の会見で山中市長は抗議文を出した経緯や内容について、把握していないと説明。「メディアの質問には答えるべきで、記事に関して私からどうこう申し上げたことは就任以来1回もない」と述べた。一方、「印象論での抗議は報道の萎縮を招く圧力ではないか」との質問に対しては、「一般論として報道の自由は保たれるべき」と述べるにとどめた。
神奈川新聞の見解
神奈川新聞社は市関係者らへの取材を重ねた上で、盛り込むべきだと判断した内容を記事にしました。今後も公権力を監視するというメディアの役割を意識した報道を続けます。
※12月5日に配信した市庁舎に関する記事に対する市の抗議を踏まえ、同7日付の紙面では「市総務局管理課は『執務室の施錠は個人情報保護や行政情報管理、防犯の観点で、ゲートは防災上の目的で設置している』と説明。来庁者向けには相談スペースなどを用意し、プライバシーにも配慮しているという」と加筆しています。
横浜市、本紙記事に抗議文 山中市長は存在を把握せず
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横浜市から届いた本紙記事に対する抗議文 [写真番号:1307277]
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記者会見で記者の質問を聞く山中市長=横浜市役所 [写真番号:1307278]
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横浜市役所入口(資料写真) [写真番号:1307264]