アスリートの盗撮防止に近年、改めて関心が高まっている。アスリート盗撮とは、性的な目的で同意なくスポーツ選手のユニホーム姿を撮影する行為を指し、女性の被害が多い。中学生の陸上選手が「気味が悪くて怖い」と出場辞退に追い込まれる事態も起きたが、抜本的な対策は取られていない。一部の地域で理念条例がつくられたり摘発が行われたりし、技術で防止を図る会社がある一方、ある競技団体は20年ぶりに撮影を解禁した。盗撮をめぐる攻防と、選手の本音、団体の思いをリポートする。(時事ドットコム編集部)
通学先に問い合わせ殺到
出場辞退に追い込まれたのは、岡山県の中学3年生だったドルーリー朱瑛里(しぇり)選手(現・岡山県津山高)だ。2023年1月の全国都道府県対抗女子駅伝3区(3キロ)で17人抜きを演じ、区間新記録を樹立すると、一気に注目が上昇。報道が過熱し、通学先への問い合わせが相次いだ。自宅近くで練習する姿までもが許可なく撮影された上、無断で撮影された画像がSNS上で拡散される事態に発展した。
「練習が以前のように自由にできなくなり、過度な報道で精神的にも疲れることが多かった。撮影や声掛けを控えてほしい」。2月に代理人を通じて異例の声明を発表し、直後に予定されていた全国中学生クロスカントリー大会への出場を見送った。
代理人の作花知志弁護士は、「本人はショックを受けていて、『どういう姿を撮影するか分からなくて気持ち悪い』『怖い』と不安を口にしていた」と振り返る。声明を出した後は盗撮が大幅に減ったほか、通学先への問い合わせもなくなったという。ドルーリー選手は間もなく復帰し、8月には高校総体の陸上女子1500メートルで1年生の最高記録を更新した。
昭和の時代から続く問題
アスリート盗撮は新しい問題ではない。日本体操協会の幹部は「昭和の時代からあった」と証言する。この幹部によると、被害が目立ち始めたのは1990年代後半ごろから。インターネット上や一部の週刊誌に、選手が望まない画像や映像が掲載された。
協会側が会場で不審な人物に厳重注意したり、身分証明書を確認したりしたが、「時間も手間も取られ、盗撮を撲滅することは難しかった」。協議を重ねた結果、2000年から会場内での撮影や取材に制限をかけ、04年からは一般客による撮影を禁じた。
体操以外の競技も各団体が個別で対策を打っていたが、2020年に問題が再び顕在化した。「性的な目的で画像や動画を撮影され、インターネット上で拡散されている」。複数の女性選手が日本陸上競技連盟に被害を相談したことがきっかけとなり、スポーツ界が大きく動いた。若年層にも被害が広がっていることから、日本オリンピック委員会など関係7団体が20年11月、被害防止を訴える共同声明を発表した。
「下半身を撮影」目撃の女子選手も
陸上強豪校の伊奈学園総合高校(埼玉県伊奈町)3年の女子選手も、盗撮を目の当たりにし、「怖い」思いをした。「競技中は集中しているため盗撮に気づくことはない」ものの、応援のため観客席にいた際、競技中の選手の下半身をスマートフォンで撮影する男を目撃。「先生を呼んで隣に座ってもらうと、男が立ち去った」と証言する。
7団体は「盗撮や悪質なSNS投稿を見かけたら大会主催者にお知らせください」と呼び掛けるポスターも作成し、プロ、アマ問わず陸上やバレーボールなどの会場で掲示。ポスターにはQRコードを記載し、誰でも手軽に通報できるシステムを整えた。主催者は通報を受け取ると、警備員やスタッフを現場に急行させ、盗撮している人に声掛けをする。各大会でそれぞれ数件の通報が寄せられるという。
もっとも、通報制度に一定の抑止効果はあっても、完全に防ぐことは期待できない。撮影を全面的には禁じていない陸上やバレーボールの競技会場では、観客席から望遠レンズやスマートフォンを使って撮影を続けるような不審人物もいる。警察に通報することもあるが、現行の法律では刑事事件として扱うことが難しい。
新法つくられるも…盛り込まれず
そこで法務省の検討会は、性的部位の盗撮などを取り締まる「撮影罪」を新設する過程で、アスリートの盗撮も対象に含めることを議論した。アスリートらの期待は高まったが、「違法な行為と適法な行為を明確に切り分けるのは困難」とする慎重意見が出た。結局、23年に成立・施行された「性的姿態撮影処罰法」では、性的部位や下着、わいせつな行為の盗撮や航空機内の盗撮が対象とされた一方、アスリートに対する盗撮は盛り込まれなかった。
新法では対象外となったものの、既存の法律で犯罪として扱えないわけではない。例えば都道府県の迷惑防止条例違反。一般的には裸や下着姿の盗撮が摘発の対象となるが、「胸を強調して撮影」したり「執拗(しつよう)に撮影」したりする態様が「卑猥(ひわい)な言動」に当てはまるとして検挙された例がある。
京都府警は2021~24年、陸上大会に出場していた選手らの下半身を執拗に撮影したなどとして、5件を府迷惑行為防止条例違反容疑で摘発した。一部の男は「性欲を満たすためだった」と動機を語ったという。中国放送によると、広島県警は23年8月、陸上競技の大会で女子高校生の下半身を撮影した男を県迷惑防止条例違反容疑で逮捕した。ただ、全国的に数は多くなく、刑事事件として立件するのは難しいという。
福岡県が全国に先駆けて
そんな中、福岡県が全国に先駆け、スポーツ選手に対する盗撮を、条例で定める性犯罪に含めた。学校やスポーツ施設などで、着衣の有無に関わらず、性的な目的で同意なく人を撮影する行為を「性暴力」と位置付けた上で、根絶を目指す「改正性暴力根絶条例」を24年3月に可決・公布した。
罰則はないが、条例に明文化することで広く周知し、関係者らが不審な人物を注意しやすくする風土を根付かせるのが狙いだ。県によると、公布後に、競技大会の会場で注意喚起のアナウンス放送や、主催者の見回りが始まった。
作花弁護士は「福岡県のような動きがどんどん広がっていくとありがたい」と話し、他の地域が追随することを期待した。
「面積少ない方が走りやすい」が…
ユニホームも進化している。大手スポーツ用品メーカーのミズノ(大阪市)は、走りやすい機能性を保ちつつ盗撮被害を防止する新モデルを開発した。上下ともに丈を伸ばして肌の露出を減らした上、赤外線による盗撮を防ぐ生地を用いた。
一般的に女子の陸上選手は、上下セパレート型で腹部が覆われていないモデルを着用している。「布の面積が少ない方が走りやすい」というのが選手の本音でもある。
それでも、ミズノの新モデルを試着した伊奈学園総合高校2年の女子選手は、「腹部が隠され、安心感がある。見られている感覚は減った」としつつ、「違和感なく走れた」と評価した。
ミズノは25年以降の新モデル販売に向け準備を進めつつ、ほかの競技でも商品化を検討している。
背に腹は代えられぬ事情
盗撮に対する「包囲網」が徐々に狭まってきている中、あえて撮影禁止を解いた団体がある。早い段階で撮影の制限を始め、04年から全面禁止にしていた体操だ。
日本体操協会は23年5月、一般客に撮影を認める座席の販売を、男子の大会で試験的に導入した。撮影を全面禁止にしていた20年間で盗撮被害がほぼなくなっていたこともあり、座席数と場所を限定して、撮影を認めることにした。問題が見られなかったことから、同年11月からは女子の大会にも対象を拡大した。
撮影禁止という「強硬」措置を取っていた日本体操協会が方針を変えた理由の一つに、背に腹は代えられない事情がある。東京五輪が終わると財政サポートが落ち、同協会は赤字を抱えることになった。赤字を解消する方法を模索する中で、撮影解禁を編み出した。
23年5月に都内で行われたNHK杯で、撮影可能な座席チケットに、解説ガイドや協会幹部との意見交換会を付けたパッケージツアーを1万円で売り出したところ、用意していた50席中49席が売れた。ツアーを主催したクラブツーリズム(東京都江東区)は、需要があることから25年春にも同様のツアーを予定している。23年11月に行われた男女の大会では、事前に登録申請した者のみが当日に1枚1000円で「撮影許可証」を購入できる仕組みを導入。大会前に周知すると、計348枚が売れたといい、今後も同様の形で試験的な運用を重ねていく。
観客席へのメッセージ
ただ、撮影解禁の狙いは、財政の改善だけではない。
「体操は魅せるスポーツであり、人間の可能性を無限に表現できるスポーツであるということをもっと広げたい思いがあった。競技中の写真は、その選手がどれだけ努力してきたかということが全て1枚に詰まっていて格好良い。格好悪ければ、それは点数が低いということ」。日本体操協会業務執行役の遠藤幸一さんはそう語った上で、競技を普及させるために、画像や映像をSNSで積極的に発信していく必要性に言及した。
日本陸上競技連盟事業部の担当者も 「ファンの方々による撮影やSNS投稿が応援につながることもある」と指摘する。純粋にスポーツを楽しんだり選手を応援したりする目的での撮影や投稿は、選手の励みとなり、競技の魅力を伝える力ともなるのだ。
盗撮防止がまだまだ道半ばの状態で日本体操協会が踏み切った撮影解禁は、観客席で邪なことをする一部の者たちへのメッセージでもある。遠藤さんはこうも語った。「選手たちは練習を重ね、磨き上げた動きに命を吹き込んでいる。それを見たいという社会にしたい」