どうも! メシ通リポーターの都良(TORA)です。
さて、今回は雪の中で「チタタプ」を作るがテーマです。
ところで「チタタプ」ってご存知ですか? アニメ化もされている人気コミックにも登場するアイヌ料理で、作中で何度も出てきます。この「チタタプ」を作って食べようと企画したのですが、せっかくなら北海道らしい景色で……そう! 真冬の雪の中で作ろうと思ったわけです。
※この記事は2020年2月に取材しました。
若き木こりが所有する山林のメインフィールドへ
そこで、取材の協力をお願いしたのが「里山部」代表の清水省吾さんです。
清水さんは35歳という若さで、自ら4.7ヘクタール(約東京ドーム1個分)の山林を持ち、そこで自伐型の林業を営んでいる“木こり”です。2016年に「里山部」を設立して、林業の傍らさまざま自然体験活動を行っています。なんと清水さんが、山を持ったのは28歳の時だそうです。
清水さんは最近、古くから北海道に住んでいたアイヌの文化にも興味を持っています。アイヌの人に会っていろいろと教えてもらっているそうで、まさに今回の企画にうってつけです。
里山部は、旭川市東鷹栖3線20号付近の「突哨山(とっしょうざん)」の中にあります。突哨山はカタクリの群生地として広く知られています。
まずは車で里山部を目指します。旭川刑務所の正門前の坂道を登りきった所に「カタクリ広場」があるので、そこに駐車します。
里山部に行くには、駐車場から少し歩かなければなりませんが、この日は山の入り口まで、清水さんがスノーモービルで迎えに来てくれていました。後ろに乗せてもらって、いざ里山部のメインフィールドへ。
登り坂を数百メートル進むと、里山部の事務所となっている建物が見えます。この建物も、知り合いに手伝ってもらいながら清水さんが自分で建てたものだそうです。まるで開拓民みたいですね。
山の達人が教えてくれる焚火の方法
この冬の北海道は記録的な暖冬で、雪も少なくそれほど冷え込む日もありません。この日も、この時期の北海道としては暖かい気温-1℃です。それでも、外に長時間いると暖が欲しくなります。
まずは、チタタプの準備。チタタプとは、アイヌ語で「我々が(チ)たくさん叩いた(タタ)もの(プ)」という意味で、肉や魚を小刀で細かく刻んで食べる料理です。
食材を刻む際にまな板となる台を作るために、チェーンソーを使って丸太を切るところからスタート。清水さんが被っているのは、林業用のヘルメット。顔を守るバイザーと騒音を抑えるイヤーマフが装備されています。プロの道具って感じでかっちょいいですね。
チタタプを調理する際に使われるこの丸太の台は、イタタニと呼ばれるそうで、里山部で販売しています。最近は、キャンプで薪を割る際の台として使うために買いに来る人もいるそうです。
清水さんは、ほぼ毎日山の中にいるアウトドアの達人。そのアウトドアの達人から、焚き火の仕方を教えてもらいましょう。まずは、焚き火をする場所に丸太を並べます。これは、雪の上で焚き火をすると、下の雪がどんどんとけて薪が沈み込んでいくので、それを防ぐため。
左手に抱えているのは、薪として使うヤナギの仲間の「ドロノキ」。右手に持っているのは、シラカンバ(一般的には白樺と呼ばれている木)の樹皮で、北海道の方言ではガンビ(白樺の木や、その皮のこと)と呼ばれるもの。とても良く燃えるので着火剤代わりに使われます。
最近、キャンプやブッシュクラフト(より自然環境と密着した手段や技術を駆使したアウトドアの一種)などアウトドアを楽しむ人が、焚き火をするとき、薪を割るのにナイフを使う「バトニング」が流行っています。清水さん、さすが手馴れているので、燃えやすいようにどんどん薪を細く割っていきます。
ここで、ガンビの出番です。ナイフでガンビの表面を擦って、けば立たせることで火を付きやすくします。このファイヤースターター(火打石のような着火アイテム)を使ってガンビに直接着火する方法は、今ではアウトドア好きの間で浸透してきたやり方だそうです。
ガンビを十分にけば立たせたら、ファイヤースターターを使って着火します。
火が点きました。消えないように、細く割った薪に火を移していきます。
アイヌ伝統料理「チタタプ」を作る
アイヌの人たちは狩りに出て、リスやウサギなどさまざま動物を捕らえてチタタプにしていましたが、今回はスーパーに狩りに行き、捕らえたのは鮭の切り身。
本当は1匹まま用意して、頭の部分などもチタタプしたかったのですが、この時期はサケ漁がないため、魚屋さんで売っているのは冷凍の生鮭の切り身。今回は、これで我慢してチタタプします。
最初に、丸太を切って作ったイタタニをまな板にして、鮭の切り身を置き2本のナイフで叩くように切り刻んでいきます。
チタタプは、そこにいるみんなで順番に叩いて作る料理だそうです。このときには、人気アニメのように「チタタプ、チタタプ」と言いながら叩くと盛り上がります。そんなわけで、自分も「チタタプ、チタタプ」してみました。
出来上がったチタタプ。美味しそう! しかし、生のままでは食べられないので、お湯を沸かして「オハウ」にしましょう。オハウとは、アイヌ料理における汁物のことです。
山の達人は、お湯を沸かすのも豪快。普通は、焚き火の上に網やスタンドを掛けて、その上にクッカー(鍋)を置くのですが、薪の上に直置きしてます。
お湯が沸いたら、チタタプした鮭を一口大に丸めて入れていきます。この際、春なら辺りに生えている「ニリンソウ」や、北海道ではアイヌネギと呼ばれることもある「行者ニンニク」を入れると、さらに美味しくなります。
鮭のチタタプを入れた超シンプルなオハウの完成。人気アニメでは、ここで味噌を入れるところですが、今回は用意していた塩も入れずに100%鮭そのものを味わってみました。
まずは、清水さんが一口。「ヒンナ、ヒンナ」。自分で作って超満足気な顔をして食べています。
「ヒンナ」とは、人気アニメでアイヌの少女が食事をするときに発するセリフとして有名になりましたが、アイヌ語で食事に感謝する意味を持つ言葉です。
「釧路・阿寒湖観光公式サイト」では、
ヒンナ…美味しい
美味しいものを食べながら、口にする言葉。「美味しい」「旨い」という感想よりも、自然や食材に感謝する意味を持つ。
と解説されています。
しかし、この美味しそうな顔を信用していいものかどうか。というのも、清水さんは山の中にいる虫を捕まえて食べたりしている人。そんな人ですから、何を食べても美味しいと思うはず!
とはいえ、材料は鮭ですから美味しくないわけはないと、恐る恐る一口パクリ。「お~、ヒンナヒンナ」。何も味付けしていませんが、たぶん皮の部分に海水の塩分の味がついているのでしょう。鮭本来の味を引き立てるような、丁度良い塩加減。
作った本人、汁まで飲んで完食。本当に美味しそうに食べる人。こんな美味しそうに虫を食べてたら、ちょっと食べてみたいと思うかも。
ウイスキーの中に直接薪を突っ込む「薪ウイスキー」
次に、作り方を教えてもらったのは、清水さんオリジナルの「薪ウイスキー」。火で炙った細い薪(炙った後、火が消えるまでしばらく待ち、引火しないように熱を冷ました状態にする)を、直接ウイスキーの瓶に入れて香りづけするというもの。そもそもウイスキーを熟成させる樽は、内側を火で炙って香りをつけているので、その香りをさらに強くして味わうというウイスキーです。
薪ウイスキーにはナラ材が良いそう。本当は切りたてのほうが香りは強いそうですが、今回のものは、1週間くらい前に切った樹齢100年のナラ材。それでも良い香りがします。
木の香りを嗅ぐ清水さん。ひょっとして匂いフェチ?
木は、中心部の色が黒くなっている「心材」と呼ばれる部分が、特に香りが強いそうで、その部分を斧で切り出していきます。
「美味そう!」と言いながら木の匂いを嗅ぐ清水さん。木の匂いを嗅いで美味そうって言う人は彼ぐらいかも。
ガスバーナーで細く切った薪の表面に焦げ目をつけていきます。
また、「美味そう!」と言いながら嬉しそうに匂いを嗅ぐ清水さん。絶対に匂いフェチ。
焦がした薪を、ウイスキーの瓶に直接突っ込んで完成。ウイスキーに薪の香りが移る1週間後からが飲み頃だそうです。
1週間も待てないので、清水さんが用意してくれていた、すでに作ってある薪ウイスキーをちょっとだけ試飲。こんなこともあろうかと、ちゃんとMYマグカップを用意していました。
う~ん。美味い。バニラのような薪の甘い香りがついて、安いウイスキーもワンランク上の風味に。今回はバーボンで作りましたが、個人的にはバーボンほど香りが強くないウイスキーの方が薪ウイスキーには合いそうです。
なぜ山を買おうと思ったのか聞いてみた
──そもそも山を買おうと思ったのは、どのようなきっかけだったんですか?
清水さん(以下敬称略):コウモリの住む森を守りたいと思ったからです。
──そう言えば、清水さんと初めて会ったのも突哨山で、数年前に開催された夜にコウモリを観察する「コウモリ探検」というイベントのときでしたね。ところで、なぜコウモリに興味を持ったのですか?
清水:地元の大学に通っていたとき、コウモリの生態を研究していることから「コウモリ先生」と呼ばれている出羽寛先生のゼミにいました。そこでコウモリの調査をするうちにコウモリが大好きになり、出羽先生が代表を務める「オサラッペ・コウモリ研究所」を手伝うようになったんです。
──大学時代のゼミに遡るんですか。
清水:コウモリの調査を進めていくうちに、次第に環境保全や生物多様性について考えるようになり、コウモリが暮らす山や森を守りたいと思うようになったんです。そこで、コウモリが住む森から、木を切り出している林業について調べてみました。
調べてみると、「現在の日本の林業は、産業一辺倒で環境保全に配慮していない」「森林の木を全て伐採する”皆伐”と言われる伐採方法では、コウモリを始めそこに住む動物や植物の生態系を破壊してしまう。そして元の状態になるまで何十年もかかる」ということがわかり、危機感を持ったんです。
──それで自分で山を持ってコウモリの住む森を守ろうとしたんですね。どうやって買ったんですか?
清水:ここ突哨山がある東鷹栖の家1軒1軒をピンポーン! と訪問して「山持ってませんか?」と聞いて回りました。そのうちの1軒のご主人が、自分の話に共感してくれて、「自分たちが持っているより君が持った方が良い。タダで譲る」と言ってくれたんです。でも、後で気が変わって「返せ」と言われたら困るので、お金を払って買わせていただきました。
──いくらで買ったんですか?
清水:関係者に相場を聞いたら1ヘクタール当たり40万円で4.7ヘクタールあるので約200万円って言われたんですけど、僕もお金がなかったので1ヘクタール当たり10万円の47万円で売ってもらいました。
──今は、どのような形で収入を得ているんですか?
清水:山を買った最初の年に、30年近く放置されていた木を薪にして販売したら、あっという間に山を買った分の元は取れました。今は、薪を買いたい人が多くて、作れば作るほど売れるんです。しかし、売れるからと言って手当たり次第に切り倒していけば、4.7ヘクタールの広さでは3カ月もしたら、山が丸裸になってしまいます。山を買ってから7年になりますが、樹齢や形状から判断して切っても良い木だけを伐採することで、今もほとんど木を減らさずにいます。
──今後の目標を聞かせてください。
清水:この山に生えている木は、ほとんどが樹齢70年以下の細い木です。特に白樺は、樹齢が短く80~90年ほどしか生育できません。そのため家具材などに使われることなく、ほとんどがパルプ材として安く取引され消費されています。70年も生きてきた白樺が、パルプ材では諸経費を引くと1本1,000円ほど、薪として販売しても7,000円にしかならないんです。これからは、高級家具など形に残る素材として使ってもらって、木の価値を高めることが目標です。
今では、清水さんの森や木に対する熱い想いに共感して、「どこの山かわかる木」「切った人がわかる木」を使いたいという、地元・旭川の家具メーカーやクラフトメーカーも現れました。
清水さんの山から切り出された白樺は、旭川の家具職人が持つ、木を貼り合わせるなどの高い技術で素敵な家具に生まれ変わっています。
最近、アウトドアやキャンプが人気です。動画投稿サイトには、キャンプ飯を作る様子や焚き火をする様子がたくさんアップされています。今回ご紹介した「チタタプ」や「薪ウイスキー」は準備も簡単なので、ぜひ試してみてください。筆者も次回キャンプに行く時には、薪ウイスキーを作って楽しもうと思います。
※この記事は2020年2月に取材しました。
書いた人:都良
生まれも育ちも北海道で、半世紀以上生きてます。「北海道フードマイスター」「北海道観光マスター」の資格を持ち、「自称」北海道の食と観光の専門家。暇な時には農家さんの手伝いもしていて、農業も大好きです。本業はフリーのWEBライター。ライフワークは障がい者スポーツ。北海道ボッチャ協会の審判員・普及員で、週末には各地で「ボッチャ」の体験会をしています。