海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は有志日本語化が完了したばかりの戦術RPG(SRPG)『Gloomhaven』の有志翻訳リーダーに話を訊きました。インタビューの中で飛び出した「有志日本語化と報酬」という興味深いテーマにも注目です。
日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。
有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。
連載第20回は、人気ボードゲームが原作の戦術RPG『Gloomhaven』の有志日本語化プロジェクトリーダーであるトマトジュース氏に話を訊きました。
『Gloomhaven』日本語化MOD(Steamワークショップ)有志翻訳者として、動画配信者として
――自己紹介をお願いします。
トマトジュース氏(以下、敬称略)『Gloomhaven』有志翻訳プロジェクトリーダーのトマトジュースです。有志翻訳の他に「トマトジュースのゲーム実況ちゃんねる」というYouTubeチャンネルを運営していて、普段はParadox Interactiveのビッグゲームや様々なコロニーシミュレーションゲームの「ゆっくり実況」を行っています。
――本作の魅力を教えてください。
トマトジュース『Gloomhaven』はテーブルトークRPGとボードゲームが融合した協力型の戦術RPGです。1人のソロプレイでも最大4人のマルチプレイでも楽しめるのが魅力で、マルチプレイでは協力プレイならではのやり取りが楽しめます。例えば、クリティカルが出て想定通り敵を倒せたときに仲間から歓声が上がったり、逆にファンブルして敵を倒せなかったときに仲間に慰めてもらったりと、ワイワイ盛り上がりながらプレイできるゲームです。
――本作はボードゲームが原作と聞きましたが?
トマトジュース『Gloomhaven』はボードゲーム界では非常に有名で、BoardGameGeekという世界最大のボードゲーム情報サイトの評価ランキングでは2017年からずっと1位になっています。ボードゲーム版はカードやフィギュアなど圧倒的な量のコンポーネントが含まれているため大変高価ですが、PC版は価格も手頃でお勧めしやすいです。
――有志日本語化に携わるようになったきっかけはなんですか?
トマトジュースきっかけとなった作品は『City of Gangsters』です。自分のゲーム実況動画に「日本語化されていたら遊べるのに」というコメントをもらったので調べてみると、簡単に日本語化できそうなことがわかりました。そこでダメ元でデベロッパーにお願いしたところ、すぐにアップデートで日本語の表示に対応してもらえたのです。
――どうやってデベロッパーと連絡を取ったのですか?
トマトジュースゲームの公式Discordで連絡しました。それからトントン拍子で翻訳できるようになりましたが、そうでなければ日本語化には着手していなかったでしょう。
――有志日本語化に一番必要な能力はなんだと思いますか?
トマトジュース翻訳ではなく日本語化ということなら日本語能力ですね。
――ここでの「翻訳」と「日本語化」の違いはなんですか?
トマトジュース「翻訳」はプロの翻訳家が行う完璧な翻訳で、「日本語化」は日本語でゲームを遊べる状態にすることを優先した翻訳と位置づけています。
――その文脈における「日本語化」に必要な日本語能力とはどんな能力ですか?
トマトジュースDeepL翻訳の返す日本語を、読みやすく、ゲームの世界観に沿った日本語に校正する能力です。DeepL翻訳の登場は日本語化作業にとってゲームチェンジャーだと思います。昔の機械翻訳には品質の悪い印象がありましたが、DeepL翻訳は結構自然に翻訳してくれます。日本語化は日本語でプレイできるようにするのが目的ですから、特にこだわりがなければDeepL翻訳の日本語を手直しするのが作業のメインになるでしょう。
――『Gloomhaven』の日本語化でもDeepL翻訳を活用しましたか?
トマトジュースDeepL先生は我が軍の主力です。『City of Gangsters』の日本語化で主力として使えることがわかっていたので、使うことにためらいはありませんでした。先生がいなかったら日本語化は完了していなかったでしょう。ただし、DeepL先生は「俺、こんなの訳さないからね」とばかりに文章を丸ごと飛ばすことがあるので、原文と照らし合わせてチェックできる能力は必要ですね。
――なぜボランティアで活動しているのですか?
トマトジュースボランティアはボランティアですが、一人で行った日本語化なら投げ銭を受け取るのもやぶさかではないと思っています。今回の日本語化では多数の方にご参加いただいたので、報酬をいただくつもりはまったくありません。
――これまでの有志翻訳者とは一線を画す動画配信者らしい回答ですね。
トマトジュース投げ銭のような報酬をやり取りできる仕組みがあれば、ゲーム好きなプロの翻訳家が投げ銭目的で個人的に有志翻訳を手がけることだってあるかもしれません。
――その場合、報酬を得ることも含めて著作権者の許可が必要になりそうです。
トマトジュースもちろんそうですね。インディーゲーム開発者の中には、多言語対応したいけれども予算がないという方も多いのではないでしょうか。ゲームを遊ぶ側も、日本語で遊べるようにしてくれた方に少額で感謝を示せるなら、気持ちよく投げ銭を投げられると思います。このような仕組みがあれば、翻訳であれ日本語化であれ手がける人が増えるかもしれません。しかし、多くの日本語化はグループによるものなので、報酬をどう分配するかが難しいですね。
――興味深いアイデアですね。インタビューの後半で詳しく掘り下げたいと思います。
優れた翻訳の狭間で
――『Gloomhaven』のデベロッパーから日本語化の許可を得た経緯を教えてください。
トマトジュース本作にはSteamワークショップに多言語対応Modを公開する機能が標準搭載されているので、日本語化Modを公開すること自体に許可は必要なさそうでした。しかし、日本語化にはゲームのプログラムに手を加える必要があったため、ゲームの公式Discordでデベロッパーに直接確認して許可をいただきました。
――許可はすぐに得られましたか?
トマトジュース質問したのが先方の活動時間帯だったこともあって、即座に返事がもらえました。許可にあたっての条件も特になく、悪意のある改造でなければ問題ないという返事でした。
――今回の日本語化チームはどのように結成されましたか?
トマトジュース日本語化できる目処がついた段階で、Twitterを通じて参加者を募集しました。その後はDiscordでやり取りしながら日本語化を進めました。参加者は現在7名です。
――日本語化作業はどのように行いましたか?
トマトジュースゲーム内のテキストがCSV形式で格納されていたので、そのままアップロードすれば日本語化作業を開始できる翻訳プラットフォームParaTranzを利用しました。『City of Gangsters』でParaTranzを利用したときはファイルを変換する必要がありましが、今回はそのまま作業できたので助かりました。
――ParaTranzは過去のインタビューでも度々名前が挙がっていますね。今回の日本語化ではどのように役立ちましたか?
トマトジュースParaTranzでは他の参加者の作業状況を簡単に確認できますし、作業の進捗割合が常に表示されるのでモチベーションの向上にも役立ちました。また、ゲームに特有の単語を辞書登録しておくと、同じ単語が出現した時にワンクリックで訳を呼び出せる機能があり、用語の統一に便利でした。
――本作の原作ボードゲームには公式日本語版があり、その発売元はPC版と異なります。つまり、今回の有志日本語化とは別に、ボードゲーム版の公式日本語訳が存在するわけですが、日本語化するにあたってボードゲーム版の翻訳を参考にしましたか?
トマトジュースボードゲーム版を持っている人に監修してもらい、解釈を誤るとゲームが進められなくなる重要な部分の日本語化では、ボードゲーム版を見て内容をチェックしました。
――ボードゲーム版と同じ翻訳を使ったのではなく、ルール解釈を参考にしたのですね?
トマトジュースはい。チェックした結果、自分の解釈が正しかったのでそのままです。
――ゲームの雰囲気を維持するためにどのような工夫をしましたか?
トマトジュースむしろ逆で、ゲームの雰囲気を維持しすぎないように苦心しました。ボードゲーム版の公式日本語訳はゲームの雰囲気をよく表した翻訳の鑑のような訳なので、有志日本語化ではなるべくその訳と被らないように工夫しました。ですから、地名やアイテム名など、本来のゲームの世界観を堪能できるのはボードゲーム版の翻訳です。
――それではPC版の方が優れているのはどこですか?
トマトジュースボードゲーム版は敵の行動やダメージ処理、行動順の管理、諸々の計算をすべて手動で行う必要があります。一方、PC版は自動で処理されるのでゲームの本質である戦術RPGの部分に集中することができます。PC版で仲間と10回くらいマルチプレイしていますが、まだボードゲーム版でルールを間違えずにプレイできる自信はありません。
――本作の日本語化にはどのようなツールを使用していますか?
トマトジュース日本語のフォントを表示するためにXUnity Auto Translatorというオープンソースのツールを使用しています。本来はUnity製のゲームをリアルタイムに自動翻訳するツールですが、本作では別途用意したテキストを表示させるためだけに利用しています。
――このツールは他のUnity製ゲームの日本語化にも応用できますか?
トマトジュース今回の日本語化に参加した方の中には、このツールを利用して別のUnity製ゲームの日本語化を始めた人もいます。このツールのことはネット上の知り合いから教えていただきましたが、今回の日本語化プロジェクトを通じてツールの普及に貢献できたと思います。
――本作の日本語化で一番難しかったことを教えてください。
トマトジュースやはり、ボードゲーム版の日本語訳と文言が被らないように気を遣ったことですね。ボードゲーム版は日本語化許可をいただいたPC版と権利者が異なりますから。ネット上にはボードゲーム版の情報が大量に存在するので、その文言を使用したくなる誘惑と必死に戦いました。
――本作の日本語化を通じて嬉しかったことはありますか?
トマトジュース日本語化する前は英語がネックになって普段一緒に遊んでいる人たちに購入を勧められませんでした。ですから、初めてマルチプレイで遊べたときは嬉しかったですね。また、「日本語化されたから遊んだよ」という報告が嬉しくて、Twitterでエゴサーチしてニヤニヤしていました。
――では、冒頭に飛び出した「有志日本語化と報酬」の話題に戻りましょう。例えば、インディーデベロッパーと有志翻訳者の間で報酬のやり取りを仲介するサービスが登場したらどうしますか?
このあと、有志翻訳者であり動画配信者でもあるトマトジュース氏ならではのアイデアが次々に飛び出し、インタビューは思わぬ展開に。次ページに続く!