「AIでよみがえる美空ひばり」が令和に新曲発表会。AIの呼びかけに涙のスタジオをご報告
「井上マサキのテレビっ子からご報告があります」第13回。ライターでテレビっ子の井上マサキでございます。この連載は日々テレビを見ていて気になった細かいこと、今のアレってアレなんじゃないのと思ったことを、週報代わりにご報告できればと思っております。どうぞよろしくお願いします。

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NHKスペシャル『AIでよみがえる美空ひばり』(NHK総合:9月29日放送)がすごかった。もうタイトルそのままである。
1989年に美空ひばりがこの世を去ってから30年。最新のAIが、膨大な歌唱データから美空ひばりの歌声をよみがえらせるという。しかも、新曲を歌うというのだ。

AIを担当するのは、音声合成ソフト「VOCALOID」を作り上げたヤマハ。新曲を作詞・プロデュースするのは秋元康。美空ひばりの姿は3DCGで再現され、衣装デザインは森英恵が、歌唱中の動作は天童よしみが担当する。

役者は揃った。しかし、もちろん簡単な道のりではない。
「AIでよみがえる美空ひばり」が令和に新曲発表会。AIの呼びかけに涙のスタジオをご報告
「美空ひばりベスト 1964~1989 (紅盤)」(日本コロムビア)

開発者の「泣きそう」に胃が痛くなる


プロジェクトがスタートしたのは約1年前。まずは「AIひばり」に歌わせる新曲を作らねばならない。曲の候補は約200曲。秋元康はその中から1曲を選び、さっそく作詞に入った。場所はニューヨーク。
名曲「川の流れのように」を作詞したときと同じカフェである(ちなみに「川の流れのように」の「川」はイーストリバーがモデル)

時を同じくして、ヤマハのエンジニアたちも「AIひばり」に取りかかっていた。日本コロンビアから提供された約1500曲の音源をAIによって機械学習(ディープラーニング)し、歌声を作り上げる。詳細はITmediaの記事に詳しい(「AI美空ひばり」を支えた技術 「七色の声」どう再現? ヤマハ技術者に詳しく聞いた - ITmedia NEWS

で、さっそく「AIひばり」に映画『アナと雪の女王』の「Let It Go〜ありのままで〜」のサビを歌わせてみるのだが、もうこの時点で完全に美空ひばりなのだ。未見の方はTVerの「Nスペ5min」で聞けるので、ちょっと聞いてみてほしい。昭和の歌姫とアナ雪、まるでモノマネタレントのレパートリーのような組み合わせだが、この歌声がAIということに素直に驚く。もうこれ完成なんじゃないか。

さて、秋元康のほうも仕上がった。曲のタイトルは「あれから」。さっそく「AIひばり」に読み込ませてみるのだが……。歌声がなんだかつたない。「あれから」は曲調や譜割がやや今っぽい。過去の楽曲から学習していた「AIひばり」が歌うと、なんだか若者の歌を無理して歌っているような感じになってしまうのだ。


その後、エンジニアたちは調整を続け、なんとか歌を形にするも、美空ひばり後援会のマダムに聞かせてみると「歌詞が聞き取れない」「浅い」「ひばりさんの本当の良さは出ていない」と散々な言われよう。秋元康からも「人間味がない」「もうちょっと人間臭さとか暖かみとか」と指摘されてしまう。この時点でお披露目の1ヶ月半前。「泣きそう」とエンジニア。AIに人間味がないなんてベタな展開なんだしもっと早く聞かせてあげれば……と、見ているこちらも胃が痛くなる。どうするんだ。

結論から言うとエンジニアたちはちゃんとどうにかする。どうにかするのだが、もうひとつ問題がある。「あれから」には途中に“語り”があるのだ。天国の美空ひばりが、ファンにやさしく呼びかける内容になっている。


お久しぶりです
あなたのことを ずっと見ていましたよ
頑張りましたね
さぁ 私の分まで まだまだ頑張って


語りと歌声では発声が異なるので、歌声から語りは作れない。さらに、美空ひばりのレパートリーに語りがある曲は、実はほとんどない。
ということは、AIが学習できるデータがないのだ。

AIの素直さが愛おしくなってくる


曲の途中に語りがある曲は、あるにはある。「悲しい酒」(1966年)がそうだ。別れた寂しさを埋めるために酒を飲むも、未練は募るばかり。そのつらさ、淋しさを、美空ひばりは情感を込めて言葉に乗せている。

さっそく「悲しい酒」の音源で「AIひばり」に語りを学習させてみるのだが、出てきた語りはどこかもの悲しく、悲壮感が漂う。「悲しい酒」がベースなので当然といえば当然だ。ちゃんと悲しくなっている、と言うべきだろう。先ほどの新曲にとまどう姿といい、なんだかAIの素直さが愛おしくなってきた。

さて、語りの突破口を開いたのは、美空ひばりの長男・加藤和也であった。かつて『マネーの虎』(日本テレビ)で「虎」のひとりとして100万円の札束を惜しげもなく積んでいた、ひばりプロダクション社長である。

まだ加藤が幼いころ、美空ひばりは仕事に息子を同伴させていた。しかし小学校に入学するとそうもいかない。
家を空けるあいだ、息子が寂しい思いをしないように、美空ひばりは童話を朗読してテープに吹き込んでいた。そのカセットテープが残っている……!

許可を得て、「AIひばり」にその音声を学習させてみると、その差は歴然。「あれから」の語りは、スピーカーのなかから優しく呼びかける声に変化していた。息子を思いながら朗読した、わずかな愛情のニュアンスがきちんと結果に表れている。息子に注がれた愛情が、今度は楽曲となってファンに注がれる。

死者のよみがえりは許されるのか


2019年9月3日。NHK101スタジオ。「AIひばり」の新曲披露が行われた。客席は約200人の美空ひばりファンで埋まり、最前列には秋元康をはじめ関係者が並ぶ。舞台両側のオーケストラがイントロを奏でると、中央のスクリーンに3DCGの美空ひばりが映し出される。

「AIひばり」が歌う。高音は伸び、低音はうなり、時にやさしく、時に力強く、その歌声は響く。
客席のマダムたちが舞台の一点を見つめ、ハンカチで目頭を押さえる。3DCGは右腕を大きく広げながら、客席を端から端までを見渡す。天童よしみが「ひばりさんならこうする」と盛り込んだ動きだ。

2番を歌い終え、「お久しぶりです」と語りに入る。「AIひばり」はたっぷり間を取りながら、ひとつひとつのフレーズを語りかけ、「まだまだ、頑張って」と、客席に小さくうなずいた。

番組では、AIによる「よみがえり」を手放しで賞賛はしない。死者のよみがえりという倫理的な観点や、フェイクニュースなどの悪用にも触れる。それを踏まえ、ナレーションを担当した三浦大知は、番組の最後に「私はこう思うのです」と視聴者に語りかける。


「私たちに感動を与えてくれたのは、AIという機械だけではないと。ひばりさんにもう一度会いたい、歌ってほしいと願う人たちの情熱が、AIに命を吹き込んだのです。亡くなった人をよみがえらせる試みは許されるのか。答えは、人々が本当にそれを望んでいるのかどうか。
そこにあるような気がします」


コンサート終了後。オールドファンは「ひばりちゃんに会えて、生きてて良かった」「思わずひばりちゃんって声出しちゃいました」と笑顔を見せ、若いファンは「私たちにとっては、初めてのひばりさんの新曲発表会」と涙を見せていた。

歌ってほしいと願う人たちの情熱が、それを望む人に確かに届いていると感じた。

取り急ぎ報告したいことは以上です。

NHKオンデマンドNHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」

(井上マサキ タイトルデザイン/まつもとりえこ)
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