MMT(現代貨幣理論)について分かりやすく解説した『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室』という2冊の本が版を重ねロングセラーに。MMTの最高の教科書としていまも評判になっている。

今回BEST TIMESでは中野剛志氏が政経倶楽部で講演した経済の講義を全5回の連載記事にて公開します。最新の経済学の動きや、バイデン政権以降の経済の流れにも触れながら語った貴重な講義。コロナ不況を脱出するために「財政出動の拡大」をしているアメリカと、財政支出の拡大に躊躇し、自粛要請の補償すらままならない日本。この差はいったいどこから来ているのか? 果たして、財政出動を拡大すれば、本当に経済は成長するのか? 最終回の第5回は「将来世代にツケを残さないための財政政策」について語る。





■アメリカの主流派経済学者の変化



 前回まで、一般に「財政破綻」と呼ばれる三つの現象「債務不履行」「金利の高騰」「ハイパーインフレ」が起こりようがないことを説明してきました。



 第一回の冒頭で紹介したように、アメリカはバイデン政権になり、巨額の財政出動を進めています。そもそも、アメリカではここ5~10年くらい、主流派の経済学者も「財政出動が一番重要だ」と言うようになっており、「財政赤字はそれほど心配しなくてもいい」という議論が多くなっています。これはMMTに限りません。



 MMTは主流派ではないので、よく経済学者とか経済通ぶった人が「MMTなんて」と眉をひそめてみせるのですけど、じつは今アメリカでは、ノーベル経済学賞を取るくらいの主流派の経済学者でも「デフレのときに消費税を増税するなんて、あり得ない」とか「これだけ金利が低くなると金融政策には効果がなく、財政支出が最も有効だ」と言っています。



 ローレンス・サマーズ、ポール・クルーグマン、オリヴィエ・ブランシャールといった主流派の大物経済学者は、MMTを批判していますが、その彼らも「低金利、低インフレ下では、財政支出を拡大するべきだ」と強く言っていますし、特に今名前を上げた三人は、デフレ下にある日本の消費増税に明確に反対していました。



 ですから、こういった議論が起こっていない日本は、普通におかしいことになっているのです。むしろ、「デフレ下で消費増税していい」という経済理論なんて、あるのでしょうか。



 デフレ下では金融政策は無効である証拠をお見せしましょう。下図をご覧ください。









 緑の点線は、いわゆる「マネタリー・ベース」で、量的緩和の程度を示します。そして青の実線がGDPです。この図を見れば分かるとおり、金融緩和をいくらやってマネタリーベースをいくら増やしたところで、GDPは全然上がっていません。



 一方でGDPと同じような軌跡を描いている赤い点線がありますね。こちらは財政支出なんです。このように量的緩和では経済成長しないし、財政支出を増やさないと成長率は上がらなそうだなと、2005年の辺りで十分気がつくだろうに、それから10年以上気付かなかったということです。







 バイデン政権の経済政策を動かしているのはジャネット・イエレン財務長官で、前にFRBの議長だった有名な経済学者です。彼女がFRBの議長だった2016年に行った講演では、すでに「積極的な財政政策をしないと経済成長しない」と明言しています。



 第4回で私も説明したように、積極的な財政政策によって需要を膨らませれば供給力もついてくる。彼女はこれを高圧経済(high pressure economy)と呼んでいます。

常に需要が供給を上回っている状態をつくりだせば、みんなどんどん設備投資や技術開発投資をしたり、起業したりするので供給力が上がります。従って、積極財政でそのような状態をつくりだすべきだと、イエレンは2016年の時点で言っているわけです。



 日本では、財政出動について、よく経済学者や政治家の先生が「短期的にはいいかもしれないけど、単なるカンフル剤に過ぎないので、長期的には成長戦略は必要だ」と偉そうに言いますね。



 しかしジャネット・イエレンは「長期的な成長戦略のためにも、財政出動が必要だ」と言っているのです。



 日本が陥っているような「短期は財政出動、長期は成長戦略」というこれまでの考え方は間違いだ、と言ったのがイエレンで、そのイエレンが財務長官をやっているバイデン政権は、巨額の財政出動を打ち出そうとしています。





 それでは財政支出を拡大すると、本当に成長するのか?



 それに答えるため、1997年から2015年まで、OECD33ヵ国と中国について、財政支出の伸び率を横軸、GDPの成長率を縦軸にしてプロットを取ってみましょう。









 ご覧のとおり、きれいな相関が出ていますが、そのきれいな相関の原点のところにあるのが日本です。一体、どうしてくれるんでしょうね?







■経済学者たちは「合意」に達した



 話をアメリカに戻すと、ジャネット・イエレンは2020年の7月、まだ財務長官になる前のトランプ政権の頃、ブルッキングス研究所でコロナ対策について、次のような意見を述べています。



 今、必要なのは給付金や補助金を「支出」することであって、「貸す」ことではない。金融政策は「貸す」ことはできるが、「支出」はできない。「支出」は財政政策の任務であり、⑴コロナ医療対策、⑵雇用対策、⑶地方自治体への財政支援、にしっかり支出すべきだ、というのです。





 さて、⑴コロナ医療対策、⑵雇用対策、はわかるとして、⑶の地方自治体に対して財政支援がなぜ必要なのでしょうか?



 それはこれまで説明してきたとおりです。

中央政府は通貨を発行できるから、財政赤字が破綻に結びつきません。しかし、地方政府は通貨を発行できないので財政破綻はあり得ます。従って、中央政府は地方にお金を渡す必要があるんですね。



 日本では逆に「財源移譲だ」「地方分権だ」とか言って、要は「自治体で勝手にやれ」とやってしまったせいで、税収に乏しい地方自治体は緊縮財政にならざるを得なくなり、市民はみんな苦しんでいるわけです。ですから中央政府から地方政府には、財政支出をやらないとだめなのです。



 イエレンは、



 「我々の助言は、すでに記録的水準にある連邦政府赤字をさらに増やすだろう。しかし金利が極端に低く、しかもそれが続きそうな時には、議会が赤字やら債務やらを心配して躊躇せず、危機にしっかり対応するべきだと我々は信じている。」



とはっきり言っています。アメリカでは、ちゃんとこういうことを言う人が財務長官になっているわけで、いい国ですね。





 さらにイエレンは2021年の1月の上院承認公聴会で次のように言っています。



 「経済学者はいつも議論を戦わせているが、今は合意に達していると思う。それは、もっと行動しなければ、今はより長く、より苦しい不況になり、かつ後の経済を長期的に傷つけるリスクがあるということだ」



 つまり、このような事態では財政出動を拡大すべきだというのです。



 彼女はMMT論者ではないので、「債務負担を心配しないでもいい」とまでは言いません。

それでも、



 「大統領も私も、国の債務負担を評価せずにこの救済パッケージを提案しているわけではない。しかし、今は、金利は歴史的に低いので、我々がなすべき最も賢明なことは、大きく行動する(ビッグ・アクト)ということだ。特に、長期間にわたって苦闘する人々を救済するならば、長期的には、便益が費用を大きく上回る。」



と言うわけです。彼女の立場でも、「今は金利が歴史的に低いんだからやればいい」というわけです。



 むしろ、財政の持続可能性も考えるなら、このパンデミックをさっさと片付けて経済を正常化させなければいけない。うまく財政出動をすれば、かえって財政の健全化につながるのだと、イエレンは言っています。



 「財政の持続可能性への道筋をつけるのに今できる最も重要なことは、パンデミックを克服し、国民を救済し、将来世代に便益を与える長期の投資を行うことだ。(中略)過去の経験が示すのは、今日のように、経済が弱く、金利が低い時には、大統領が国民に与えようとしている援助や経済に対する支援のような行動は、短期的には大きな赤字でファイナンスされようとも、経済に占める債務の比率を下げることにつながるということだ。というのも、この行動は、より収入を生み、将来の社会保障支出を少なくするような、より健全な経済へと結びつくからだ。同時に喫緊の課題は、人材、イノベーション、そして物理的インフラへの投資である。なぜなら、そのような支出は先々、リターンをもたらし、将来世代の生活を改善するからだ。」







■「将来へのツケ」を残すな



 ここまでの議論のまとめです。



 日本にはデフォルトのリスクはない。

金利高騰のリスクもない。インフレリスクは低く、むしろ懸念すべきはデフレのリスクですから、財政出動・財政赤字を拡大すべきです。「拡大していい」どころか、「拡大すべき」なのです。



 財政支出の上限や課税の方針は、インフレ率や失業率など、国民経済に与える影響を基準に判断してください。「7人に1人の子供が貧困」だとか「賃金が下がりっぱなし」だとかいうときに財政出動を躊躇する理由なんてないんです。





 翻って我が国日本は、この20年間、「財政構造改革」だの「歳出削減」だのとずっとやってきた結果、何が起きたかと言えば、保健所の数が半分になったわけですし、コロナワクチンの開発も我が国はできなかった。社会インフラの維持や研究開発投資を政府がやってこなかったから、そのツケを今払っているわけです。



 第1回で説明したように、経済学者たちが財政破綻を予測し、「将来にツケを残すな」と言って財政赤字を削減しようとやってきた結果、今回のコロナで我々はその「ツケ」を払うはめになってるわけですね。「財政赤字を拡大するな」と言っている人たちのほうが将来世代にツケを残している。



 大変無責任なことですが、もちろん悪気があってやっているとは思いません。単に、企業経営や家計の経営みたいに国家運営を考えている「無知」だというだけです。





 デフレ下、さらにコロナ禍においては財政政策が最も有効であるという点に関して言えば、これはもはや主流派経済学者のコンセンサスです。

MMTを支持するかどうかなんて関係ありません。そして、イエレンも言っているように、財政政策は、単なる短期の景気対策ではありません。主流派の経済学者も、財政政策は長期の成長戦略でもあると考え方を変えています。



 むしろ現在は、コロナ禍による倒産・廃業・失業を放置すると、供給力が萎んでしまい長期的には成長しなくなる局面です。コロナと同じで、経済にも「後遺症」が残るのです。



 コロナ禍の不景気の後遺症が残ると、コロナ自体はワクチンで解決するときが来ても、日本は二度と成長できない経済になっている可能性が高い。イエレンもアメリカがそうなることを恐れているわけです。



 それこそが本当の意味で「将来世代へのツケを残す」ことです。ですから、いまこの国がやるべきことは明らかではないでしょうか。





(中野剛志「奇跡の経済教室」最新講義 最終回)



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