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東京新聞「米軍ヘリがベイブリッジに接近」 批判への対応から浮かぶネット軽視

紙面では一部を事実上訂正しつつ、ネットにはその検証記事を出さず、批判を浴びた元記事をURLを変えて掲載し続けている。

東京新聞の記事が8月に炎上した。在日米軍ヘリが横浜ベイブリッジから「数十メートルの距離を飛行」と危険性を指摘するものだ。

批判を浴びた理由は、ヘリがそれだけ橋の近くを飛んでいるという根拠が曖昧だったから。米軍を批判したいだけではないか、偏向報道だと指摘が上がった。

BuzzFeed Newsはこの報道を独自に調査し、東京新聞に問い合わせていた。東京新聞はその問い合わせには答えず、「検証記事を紙面に掲載する」と説明していた。

その検証記事は後に掲載され、最初の報道は事実上、一部が訂正された形となったが、その対応は不可解だった。

東京新聞は記事に批判を受け、どのように対応したのか。

最初の記事の内容は「ベイブリッジに低空接近」

米軍ヘリ、ベイブリッジに低空接近 市民団体が撮影 真横飛行「危険だ」  この写真を見て、危ないと思わない人はいないのではないでしょうか。あらためて米軍は、すぐそこにあるということを感じさせられます… https://t.co/DVcBZzBK5v

東京新聞政治部の公式Twitter

問題の記事の内容を振り返る。見出しは『米軍ヘリ、ベイブリッジに低空接近 市民団体が撮影 真横飛行「危険だ」』で、8月23日に掲載された。

記事は、市民団体「リムピース」のメンバーが8月3日午後1時ごろに撮影した写真をもとに、横浜港で米海軍厚木基地所属の第51海上攻撃ヘリが低空飛行をし、ベイブリッジを支えるケーブル付近に接近しているのではと指摘している。

撮影者は東京新聞の取材に「橋のケーブルの真横付近という低空を通過し、危険だ。横浜港は米軍の訓練空域でもなく、許されない」と指摘。ヘリと橋までの水平距離は「数十メートルの近さだった」と証言している。

東京新聞政治の公式アカウントもこの記事を「この写真を見て、危ないと思わない人はいないのではないでしょうか」とツイートしている(ツイートは今も残っているが、リンク先の記事は消されている)。

しかし、記事の掲載後、専門家らから批判の声が上がった。「数十メートルの近さ」という指摘が疑問視された。

写真は望遠レンズの圧縮効果?

記事の内容は信用に足るのか。BuzzFeed Newsは検証することにした。航空軍事評論家で写真家の関賢太郎さんは次のように語った。

「問題の写真は、望遠レンズの圧縮効果がはたらいて、あたかもヘリが橋の近くを飛んでいるように見えるだけです。写真のプロだったら、この写真一枚で『数十メートルの近さ』と言い切る人はいません」

圧縮効果とは、望遠レンズで撮影した際に特に見られる現象。手前の被写体と後ろの被写体が実際は離れているのに、近くに見えて写るものだ。

問題の写真も圧縮効果がはたらいたもので、実際には米軍ヘリとベイブリッジは接近しておらず「数十メートルの近さ」とは到底言えないという。

関さんは問題の写真をもとにヘリとベイブリッジの水平距離、撮影場所を概算した。

報じられているヘリの機体「MH60R」は全長約15メートル。ベイブリッジの最上部は(海面から)175メートル。撮影地がわかれば、その比率でヘリとベイブリッジの距離が割り出せる。

リムピース公式サイトには、これとは別アングルの写真も掲載されている。そこには左下と右下に海上保安庁の巡視船が写っていた。

横浜港周辺で巡視船が二隻並ぶのは、横浜市港湾局の新港ふ頭のみ。その点から、この写真はぷかり桟橋付近から撮影したものであると想定できる。

仮にぷかり桟橋から撮影したとすれば、ベイブリッジまでの距離は3000メートルほど。これらの位置関係から関さんは「少なくとも米軍ヘリとベイブリッジは1000メートルは離れている」と推測した。

東京新聞が掲載した証言「数十メートル」とは程遠くなる。

また東京新聞の記事では、橋との水平距離だけではなく、高度の低さも指摘。「高度の低さや橋までの距離の近さは異例だった」と書いている。

しかし、関さんは「たしかに低空飛行ですが、そもそも離着陸時を撮影しているのだから当たり前。それはリムピース自らも記事で書かれていることなのですが」と話す。

リムピース、米軍厚木基地、東京新聞の回答は?

BuzzFeed Newsはリムピースに取材を申し込んだが、回答は得られなかった。

在日アメリカ海軍厚木航空施設渉外部からは以下のような回答があった。

The helicopter a local resident saw flying over Yokohama was conducting

normal training and was in continuous contact with aircraft controllers,and maintaining a safe and appropriate distance from the bridge, despite the opinion of one local resident.

「現地の住民一人から意見があるが、横浜の上空を飛行していたヘリコプターは、普段の訓練を実施しており航空管制と常時連絡をしていた。また、橋とは安全かつ適切な距離を保っていた」※日本語訳

東京新聞編集局からは「近日中に検証記事で明らかにします」との回答を得ていた。

東京新聞が検証記事を掲載

東京新聞は9月24日付で、検証記事を掲載した。

結論からいうと「写真から正確な距離は分かりませんでしたが、高度については日本のヘリなら航空法違反の恐れがある低さだったと言えます(原文ママ)」という内容だった。

この検証記事は紙面のみで、インターネットでは公開されていない。

以下、検証記事の要点を列挙する。

1.撮影場所は?

撮影場所だが、関さんとBuzzFeed Newsは、ぷかり桟橋付近と予測していた。結果はその通り、「ぷかり桟橋そば」。撮影者とベイブリッジまで距離は約3300メートル。これもほぼ予測通りになった。

2.ヘリとベイブリッジの距離は? 

東京新聞によると、検証の結果、ヘリとベイブリッジの距離は約970メートル。写真の画角などを使った別の場合だと約1710メートルと算出されたという。

二つの結果から「距離が1000メートル前後だったと推定される」とした。当初の「数十メートル」との証言とはまったく異なる。関さんとBuzzFeed Newsの予想も約1000メートルだった。

検証記事ではヘリが移動した別のカットも掲載されている。こちらも二つの検証でヘリと橋の距離は140メートル、270メートルという値が出たそうだ。

3.高度の問題

東京新聞は「日本機なら違法の恐れ」とヘリの高度の低さに言及している。

船の往来がある港上空では、航空機から水平距離600メートル内に障害物があれば、その上端から300メートル。障害物から600メートル離れていれば海面から300メートルが航空法の最低安全高度になる。

しかし、特例法で米軍にはこれが適用されない。検証記事では識者の「上端の高さより低い高度だったのは間違いない」とのコメントが掲載されている。それをもって「日本機なら違法の恐れ」と見出しにとった。

米軍には適用されていない上に、2の距離の問題で、ベイブリッジから970メートルないしは1710メートル離れているとしたら、そもそも「航空機から水平距離600メートル内に障害物」という前提に該当しない。

これは離着陸時を撮影したものだから、高度が低くなるのは当然だ。しかも、航空法の前提からも外れているという検証結果になっている。

それにも関わらず、検証記事の見出しは「日本機なら違法の恐れ」。距離は当初の「数十メートル」という証言とは全く異なる「1000メートル」に変更されたのに、「訂正」の文字はなかった。

元記事は削除? 東京新聞に再度取材

東京新聞は問題になった最初の記事をネットから削除した。しかし、なぜかURLを変えて、再度掲載している

しかも、「数十メートル」という証言を事実上否定している検証記事の方は紙面のみで発表し、ネットには公開していない。

これではネットユーザーはいつまでも、すでに東京新聞によって自ら一部否定されている記事を見続けることになる。

BuzzFeed Newsはあらためて東京新聞に取材を申し込んだ。今回は編集局から回答を得た。


ー8月23日付の記事ではリムピースの「数十メートルの近さだった」という証言を載せている。 しかし、検証記事では「1000メートルと推定」となっており、大きな違いがある。訂正はしないのか。

2枚の写真を専門家に見てもらった結果、ベイブリッジとの距離は、最短で約140メートル、最長で約1070メートルとの試算を得ましたので、検証記事で紹介しました。しかし、いずれの専門家も2枚の写真だけでは正確な距離は出せないとしています。再取材でも撮影者は「数十メートル」との証言を変更せず、「ヘリが橋に近づいてから手前に戻ってくるまでに時間があったと記憶している」と話していることから、証言を否定するには至らないと判断しました。

ーネット上には検証記事は掲載されておらず、元の記事が掲載されている。これでは、ネット上の読者に「数十メートルの近さ」という印象を与え続けるのではないか。検証記事をネット上で公開されない理由はなにか。

ネット上に掲載する記事は新聞の一部だけで、今回の記事はその一部の中には入りませんでした。記事は本紙の読者に向けてのものであり、読者への説明責任は果たしたと考えています。

ー一度削除した記事を別のURLで公表した理由はなにか。

本紙サイトでの速報ニュースの掲載期間は原則として1カ月、通常ニュースの記事は1年間となっています。「削除された」とのご指摘の記事は速報ニュースであり、1カ月を経過したため、自動的に削除されました。別のURLの記事は、速報ニュースと同時期にアップしたものですが、通常ニュースですので現在も掲載が続いています。


東京新聞の説明によると、「記事は本紙の読者に向けてのものであり、読者への説明責任は果たした」のだという。

新聞紙面を重視する新聞社の中には、記事で間違えた際に、紙面上では訂正記事を乗せても、ネット版では記事を削除するだけで、間違えをなかったことにする対応が散見される。

これは東京新聞ではないが、新聞社の中には「紙面は有料で購読してもらっているが、ネットはタダで見られるのだから後回しになる」と証言する人もいる。

東京新聞の今回の記事に関して、ネット上の読者に対する説明責任は、今も果たされていない。

BuzzFeed JapanNews