“目は1分でよくなる!”“《塩と水》だけであらゆる病気が癒え、若返る”“がんに勝つレシピ”“医者に頼らなくてもがんは消える”……書店やAmazonで目を引く場所には、このようなタイトルの、いわゆる「健康本」がずらりと並んでいる。
これらには医師などの専門家から「科学的根拠が疑わしい」と批判の声も多い。特に、“医者に頼らなくてもがんは消える”のように医療を否定・批判する本は、それを読んだ患者が適切な受診機会を逃し、命に関わる可能性もある。
このような健康本について、出版業界の「中の人」は、実際のところ、どう思っているのだろう。BuzzFeed News Medicalが複数の出版関係者に話を聞くと、変わりゆく出版業界の姿が浮かび上がってきた。
「そんなの9割ウソだから」「作っているのオレなんだから」と、健康本ライターは母に言いたい。
健康本を作っているのは、どんな人なのか。例えば、Aさんは何冊か健康本を執筆した経験のある、50代の男性。理系ジャンルが専門のライターだ。
どんな本を執筆したのか、そのうちの1冊を見せてもらった。タイトルと内容は「ある食品が認知症に効く」と謳うものだった。
著者はAさんではなく、ある医師の名前になっている。Aさんの名前は「編集協力」として奥付に入っていた。いわゆるゴーストライターだ。
Aさんはこの本を「何でも屋さん的な仕事をする編プロ(編集プロダクション)」の依頼で執筆したという。
この場合は、出版社が編プロに原稿を依頼し、編プロがその執筆をライターに依頼。納品された原稿を、出版社が著者の医師と確認する、という流れになる。
「付き合いのある編プロが“こんな仕事を受注しちゃったのですが、どうしたらいいでしょう”“Aさん、理系だからできるんじゃないですか”と相談してきたのです」
Aさんは、出版社と著者の医師から提供される資料を元に本を執筆した。しかし、内容には疑問を感じるところもあった。
「著者はもともと、認知症治療の権威とされる医師だったのですが、近年、主張する内容がどんどん極端になっていました」
Aさんが執筆した原稿も、出版社や著者の意向で「ある食品を摂取しさえすれば、劇的に認知症が改善する」と思わせるような表現に変更されてしまった。
「私は単なる“文字書き屋さん”として扱われ、原稿がどう変更されるかも、事前には教えてもらえませんでした」
両親やAさん自身も、重い病気を経験している。だからこそ、健康本については「売れるんだろうけど、やっちゃいけない一線もある」と考える。
「私の母も、健康本に書かれている健康法を、家で試していたりする。いたたまれないですよね。信じるなと言っても“本に書いてあることだから”と、頑なで」
「高齢者では特に、本という媒体への信頼感が強い。母には“そんなの9割ウソだから、作ってるのオレだから”と言いたいです」
待遇も決して良いとは言えない。「健康本を1冊作って10万円以下」という依頼が来たこともある。「アルバイトライターじゃないんだから」と、断った。
出版社サイドから、膨大な量の英語の医学論文を読んでほしいと言われたことがある。Aさんはこの企画は「信頼できるかもしれない」と感じた。
しかし、特に出版社からのサポートはなく、仕事は丸投げ。そのときは「仕方なく、持ち出しで業者に翻訳を依頼した」そうだ。
このような経験から、健康本については「著者だけでなく、出版社の責任も大きいのではないか」とAさんは思う。
「低コストでいい加減な内容の本を作って、それが売れたからとセミナーやインタビューで編集者が自慢する。こんな流れはそろそろ止めないといけない」
しかし、それは簡単ではないとも思う。「私の知る範囲では、あのへんの出版業界はもうめちゃくちゃですわ」ーーAさんは苦い顔をして、言う。
「本の内容は二の次で、とにかく初版を作って売り切ることが第一。契約によっては、増刷分の印税を払わなくて済むように、わざと増刷しないことすらある」
取材中、Aさんは「読者を迷わすような本がたくさんあるなら、迷いを断ち切り、安らげるような本を作らないといけないと思うのですが……」とぼやいた。
健康本は「基本的には売り上げのため」「損害があっても自己責任」と、総合出版社勤務の編集者。
なぜ、出版社は健康本を作るのか。総合出版社に勤務する30代男性の編集者Bさんは「もちろん人の役に立つ本を出したい、というのはある」が「ベストセラーを見込める分野であり、基本的には売り上げのため」と説明する。
Bさん自身は健康本を担当したことはない。しかし、Bさんの所属する総合出版社でも、いわゆる健康本は多数、出版されている。
「もともと、売り上げが高い=敏腕編集者というのは、やはり私たちの憧れです。特にビジネス書や実用書では、その傾向が顕著かもしれません」
「その上で、“健康本は売れる”というのは昔からわかっていたこと。週刊誌が“薬を飲んではいけない”などのシリーズで部数を伸ばした影響もあると思います」
出版不況と言われる時代になり、「新興の出版社やビジネス書・実用書の出版社だけでなく、老舗を含むあらゆる出版社」が「健康本に飛びつくようになった」とBさん。
「“みんなやってるじゃん”という感覚が、ハードルを下げている面もあるかと思います。眉唾な話をしていたり、賛否両論を引き起こす著者でも、〇〇から本を出して売れているなら、うちでもやっていいのでは、というような」
一般論として、売れる本というのは、できるだけ「楽して得する」内容。そして「過激なタイトル」の本であると、Bさんは分析する。
「“食事と運動でヤセる”よりは、“好きなだけラーメンを食べてヤセる”の方が売れるのは、直感的にもおわかりいただけるはずです」
「勉強法なら“1日12時間の勉強で東大に合格”より“1日10分の勉強で東大に合格”の方が知りたくなるでしょう」
出版業界には、Bさんの言葉を借りれば「手に取られてナンボ、買われて読まれてナンボ」という文化がある。
だから「ありきたりなタイトルでは、書店に置かれても選ばれない」と考え、過激なものが多く出版されることになる。
「このような傾向が、出版業界全体にあります。それが医療分野にもあるということだと思います。
一方で、編集者という職業に就く人は「一般的には学歴が高く、ある程度はリテラシーがある」ため、本来は「いい加減な情報への嫌悪感が共有されていた」とBさん。
「だから、何の根拠もない情報を出版するということはありません。健康本でも、医療情報に踏み込むものは、多くの場合、医師が著者になっているはずです」
医師が執筆・監修すれば「一定の情報の信頼性を担保できるはず」というのが「落とし所になっている」とBさんは指摘する。
「しかし、専門出版社の一部を除けば、ほとんどの編集者や校閲者は、その医師の主張がどれくらい妥当なのか、専門的に判断することはできません。かなりの程度、著者の主張に依拠せざるを得ません」
「もちろん、医師も千差万別というのはわかります。でも、読者にニーズがある以上、健康本は作られ続けてしまうのは間違いありません」
では、その結果として、読者が損害を受けた場合、出版社、編集者としては責任を感じないのだろうか。
Bさんは「私自身は、責任が持てない本を作ろうとは思いません」と断りを入れた上で、こう答えた。
「もし“10分で東大に合格する方法”なら、それを信じ込み、結果、受からなかった人がいたとして、自己責任と言われてしまうのでは」
「同様に、健康本の医療批判を信じ込み、医者に行かずに亡くなられた人がいても、それがどこまで出版社や著者の問題といえるかは、難しいと思います。やはり“読んだ上できちんと判断するべきでしょう”ということになる」
それが命に関わるような損害なら? Bさんは「そこは本当に、今問われるべきところ」としつつ、それでも「表現の自由」は守られるべきだと考える。
「賛否両論を巻き起こすような本というのは、言論空間においては、あって然るべきだと思います」
「ある考え方に対するアンチテーゼみたいなものは、むしろ存在する方が健全なのでは、とも思います。実際、医療や健康常識というのは移り変わっている面があると思うので」
しかし、それが言論である以上は「論として成立していることが前提条件」(Bさん)。
データの取り扱いに誤りがあったり、ファクト(事実)とオピニオン(意見)が混在しているような本は、質の面でも出すべきではない、という。
「表現は自由だからこそ、その本を出版するかどうかの基準は、売り上げのためにそれをすることに嫌悪感を感じるかどうか。あるいは、その人の主張を言論空間に投げ込む価値を、編集者が感じるか感じないか」
「売り上げを上げたいという最初の欲求があって、それをするかどうかは編集者個人や、編集長、出版社の価値観に左右されるといえます」
一方、医療専門の編集者は、堅実に信頼性を担保する。でも、先の見通しが明るいわけではない。
Cさんは別の出版社で、一般向けの健康本を専門に作っている、30代の編集者だ。病院にも置いてあるような本で、医療関係者からも一定の信頼を得ている。
そのために、Cさんの会社では、担当者が学会に足を運んだり、自分で論文に目を通すなどの方法で、情報を常にアップデートしているという。
「医師が言うことだからといって、頭から信じ込むようなことはしません。ガイドラインの作成委員や、学会での評判が良い医師を取材しています」
「その医師がこれまで、各メディアでどのように発信してきたか、といったことも十分にチェックします。目立つばかりで不確かな情報を聞き、伝えてしまうと、一気に信用を失うことがあるので」
医療についての情報は「人の命を奪い得るもの」。それを表現の自由で済ませていいとは「思いません」とCさんは言う。
「本来なされるべき医療で命が助かったはずの人が、健康本の紹介する代替医療に走り、助からなかったときに、自己責任で済ますには重すぎます」
「はっきりと線を引くのは難しいですが、程度問題として、その情報がどのくらい人命に関わるかで判断するべきでは」
Cさんは文系の大学の出身。サイエンスは好きだが、その教育を受けたわけではない。新人の頃は、提携する「医療系の編プロ」頼みだった。
「医療を専門にする編プロがあって、うちの会社は長くそこと手を組んでいます。専門性のある編集者に鍛えてもらい、今があります」
しかし、最近では「医療系の編プロのほうでも優れた人材の確保が難しいようで、経験の少ない若手の担当者が増えている」「逆に、こちらが鍛えているという感じ」(Cさん)。
「そうなると、原稿の質がなかなか一定になりません。医療知識がないのは仕方ないとして、読み物の基本となる文章自体が練れない人も増えてきている」
「何を断言し、何に含みを持たせるか。文章力と医療情報の信頼性は切り離せません。メディアである以上は、一つのパッケージとして判断されますから」
また、Cさんは「医療情報はこの先、紙では読まれなくなっていく」と考える。今のところ売り上げは順調だが、読者層は高齢者だ。
「まだしばらくは需要があると推測していますが、いずれどこかでガクンと売り上げは下がるでしょう。そのときにどうするか、準備をしておかなければ」
Cさんは昨年来、話題になっている、ネット上の質の低い健康・医療情報の問題を例に挙げて、次のように述べた。
「あの問題で、健康・医療情報が“安かろう悪かろう”じゃいけないということは、みんなわかった。でも、安心できる情報というのは作るのにお金がかかる」
「それにみんなお金を出しますか、と。この乖離を埋める方法というのが、まだ誰にも見つけられていないというのが、現状だと思います」
本当にいい情報を世の中に出したとしても「お金が入らなければビジネスを維持できないのは、紙でもウェブでも同じですから」。
大手出版社の幹部は、出版不況により「このままだと健康本は増え続ける」と危惧する。
BuzzFeed Newsは大手出版社の幹部Dさんに接触。Dさんの会社では、Dさんが知る限り、このような健康本は作っていない。かねてから、健康本を巡る状況を、問題として認識していたという。
Dさんは「このままだと健康本は増え続ける」と危惧する。その理由はやはり、出版不況だ。
「現在1万2000ある書店が、将来1万を大きく割り込むことは確実視されています。今後さらに減少するのが、駅前で雑誌と文庫・新書しか置かないような書店のはずです」
「そこには単行本はほぼないので、閉店の影響は雑誌と文庫・新書を出している大手出版社がくらうことになります。新刊の配本先がなくなるのも痛いですが、潰れる書店の数だけ店頭の商品が返品されることになります」
そうなると「歴史のある大手」でも「会社の維持のためにとにかく売れるものを作る」のが至上命題になる可能性がある。
それを回避するために、Dさんは業界団体と医療関係者とが手を取り合う評価機構を作れないかと考えている。
「我々のように、そうした本に頼らない出版社からすると、本の売り上げが減少していく中で、読者を犠牲にして、かつ“本”というブランドを悪化させるのは許しがたい」
しかし、実効性・継続性などの面で課題がある。「どうすれば実現できるのか、ぜひ、出版業界以外からも、力を貸していただきたいです」(Dさん)