全国で突入の兆しが見えている新型コロナウイルスの流行、第8波。
政府が緩和策を進める中、リスクを評価する専門家は、「被害を最小限にするために、まだ対策を手放すべきではない」と呼びかけます。
一足先に流行を経験し、全面緩和策に舵を切ってきたヨーロッパでは何が起きているのか。その教訓から、日本ではどんな対策をとるべきなのか?
「8割おじさんはもう卒業」と語る京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに、8波に向けた3つの対策を聞きました。

※インタビューは11月8日午後に行い、その時点の情報に基づいている。
ヨーロッパでは日本より一桁多い流行が起きた
——政府が緩和に舵を切る中、感染対策を求めると反発が強くなっていますね。
リスクを評価する僕らは、早急に緩和し過ぎることに対して警鐘を鳴らすのですが、「じゃあどうすればいいんだ?」という質問にうまく答えられていません。
理論的に目指すのは、ゆっくりゆっくり緩和して、医療も逼迫せず、治療も十分に提供できる条件下で、最終的に自然感染をしていくことです。
しかし、ヨーロッパではそこまできめ細やかに移行しているわけではありません。理想的な移行を進めるのは難しいのだなと感じています。
——「ヨーロッパでは完全に緩和しているじゃないか、日本も全面緩和しろ」という人がいますね。ヨーロッパではそんなにうまくいっているのでしょうか?
ほんの少し先立って、ヨーロッパでも流行が起こってきました。

これは世界の流行の推移を国別に見たデータです。感染者数が日本とは桁が違うレベルできました。国によっては一桁上回るところもあるくらいで、ヨーロッパでは大規模な流行が起こってきました。
今回の流行では第6波や第7波に匹敵するような規模の流行が起こり、欧州の研究者と9月の流行開始時に「みんな、大丈夫か?」と議論になりました。10月には医療の逼迫が起こり、今も病院は厳しい状態にあると聞いています。
今は多くの国で横ばいか減少に移行しようとしているところです。
日本で言う第8波相当の流行では、南アフリカのように、国民のかなりの割合の人が自然感染した国では、極めて小さな流行しか見られませんでした。高齢者は相当に少ない国であり、既に国民の多くが自然感染による免疫を持っているのですよね。
一方、ヨーロッパでは図に示すぐらいの規模が起きてきました。やはり予防接種の免疫に頼っているところでは波自体は起きたということだと思われます。
広がるウイルスの変異
——ウイルスの変異状況はどうなのでしょうか?
これはそれぞれの国の変異株の割合を見たグラフです。

オミクロンの亜系統「BA.5」の子孫である「BQ.1.1」と、「BA.2」系統の子孫二つが組み換えを起こしてできた「XBB」のそれぞれが共存しながら流行を起こしています。
国によっては両方あるし、片方が突出している国もあります。
日本でもこの二つが増えてくるのは時間の問題だろうと見られています。
欧米は一息ついているが...
国別に細かく見ると、フランスは下降傾向でもうすぐこの波は終わるのだなということが見てとれます。

多くの欧米の国で、新規感染者数に関してはそんな状況になっています。
Twitterなどで仲のいい研究者が状況を教えてくれるのですが、アメリカなどでは感謝祭を迎える時期なので、これから比較的に仕事をしないリラックスした時期に突入します。それが終わったら、12月のクリスマスに入って、年始までは家族や親戚などとゆっくり余暇を過ごす時期ですね。
この流行状況をもってアメリカ人の研究者は、「これでクリスマスは大丈夫」と本音を漏らし始めています(笑)。
イギリスでは3%以上が常に感染
ただ、イギリスのこのデータも日本の人に共有しておかなければいけません。
これはボランティアの国民に何度もPCR検査を受けてもらって、どれぐらいの割合の人が常時感染しているのかを追いかけている調査です。横軸を年齢にして見ているグラフです。

今、日本が欧米の緩和を真似することによって、私たちがどこに向かっているのかを知るために、ぜひこのデータを見ていただきたい。
この9月、10月のデータを見ると、全年齢の中で高齢者の感染割合が最大になっています。人口の中で3%を超える感染割合ということは、30人がいたら一人は感染している状況です。これはかなり大変な状況です。
——これだけ高齢者が感染していたら、死亡者もそれなりにいるのでしょうね。
ただイギリスでは僕らと違う感覚で受け止めています。今は1%を常に超えた状態で感染が起きているのですが、2020〜21年の真冬に第2回目のロックダウンがあり医療が逼迫した時は、一番多くても1%を切るぐらいでした。
当時は予防接種を全くしていない状況でアルファ株の流行によって医療逼迫が極端に起こったので、1日1200人ぐらいが亡くなったのです。イギリスの人口から比べて日本が倍とすると、日本で2000人以上が毎日死ぬような規模でした。
その時と比べたら、「今はそこまで死んでいない」と考えているようです。そしてこの状態を「エンデミック期だ」と受け入れています。正直なところ、ものすごい心臓をしているなというのが僕の率直な感想です。
オミクロン株の感染では肺炎が進んで呼吸不全が起こる頻度はこれまでよりも低い。一方で心疾患、脳血管疾患、呼吸器疾患など新型コロナウイルス感染症の合併症と思われるもので死んでいます。でもそれは、死因の統計として新型コロナによる死とは書かれないものも多いのです。
リアルタイムでコロナに起因する死亡リスクを評価するのは難しい状況にあります。数か月遅れて、現在の流行の死亡インパクトが明らかにされていくものと思われます。
その自由は、これまでにない死亡者数を受け入れることと背中合わせ
——このヨーロッパのデータから、日本は何を学べるのでしょうか?
緩和に舵を切った日本が向かっている先に、短絡的にはこのヨーロッパの状況があり得ると考えられます。これでいいのか?と私は未だ疑問に思っています。
これまで自然感染を少なく抑えてきた日本で、年齢によっては一桁以上多いレベルの感染を受け入れようとしていることになります。
ワクチンを接種しても重症化し得る人がたくさんいるので、日本は極めて分が悪い。日本における第8波は大きくなり始めており、11月末から12月いっぱいにかけて本格的な流行が起こるものと考えられます。
インフルエンザがその期間内に来るかどうかもこの後、明らかになってきます。
年末のリスクがとても大きい中で緩和が進められているのです。
京都の街を歩くと、「あら西浦先生やん?」と声をかけてもらうことがあります。「先生、ごめんね。私、祇園に遊びに来ているわけだけど、表に出られてよろしいわ」とおばあさんが声をかけてくれる。
でも社会全体で緩和に伴う自由を手に入れることは、ヨーロッパの規模の感染や死亡を受け入れることにも通じるものです。その感染や死亡の増加と引き換えに、自由を受け入れているということに皆さん気づいているのかな?と心配になります。
おそらく後からコロナによって例年より上乗せされた「超過死亡」を見ると、これまでにない規模で多いということがわかるものと思います。
5波までは持ち堪えていましたが、オミクロン株の流行から感染者の実数が増えることで超過死亡が明確に現れ始め、6波、7波の超過死亡は一定規模のものになりそうです。そして免疫や接触などの条件が悪い方向で進み続けてしまうと、8波は過去に類を見ないレベルになり得ると心配しています。
今、日本でうてる2価ワクチンは新しいタイプにも効きそう
——それを防ぐには今、ワクチンをうっておくことが大事なわけですね。
悪い見通しの中でも、いいニュースがたまにあります。

これはファイザーのプレスリリースのデータです。2価ワクチンで、BA.5に対応している方のワクチンを追加接種した時、今流行しているウイルスに効くのかを見ています。
BA.5のワクチンはBA.5に対して効果があるよ、というのは当たり前ですね。
新しい話は、「BQ.1.1」にも効いていそうだとわかったことです。中和反応が起こるので、発病を防ぐ効果が一定レベルでありそうだと示唆しています。
とても明るいニュースです。ウイルスが免疫から逃げる性質を持つと、2価ワクチンをうっても感染防御効果は大したことはないのではないかと言われていたのですが、少なくとも一部で効くかもしれないとわかってきている。
そのうち論文になって世の中に伝えられ始めると思います。
——日本の人も今のうちに、BA.5対応型の2価ワクチンをうっておけば、今流行しているBA.5だけでなく、そのうち日本でも広がりそうなBQ.1.1も防ぎそうだということですね。
その通りです。今、市町村でBA.1対応型と、BA.4-5対応型を選ぶことさえできると思います。でも残念ながら予約がまだまだ入っていない。僕も今週末に5回目接種をしますが、先週時点でも余裕で予約できました。
——流行が本格的に広がる前にうってほしいわけですね。
本音ベースで言うと、国が積極的に流行の制御をしない判断を既に行ったわけです。行動制限をやらないのはもとより、そのような状況では感染対策をきめ細やかにやることもなかなか難しい状況に陥っていると思います。
予防接種政策をめぐり厚労省と怒鳴り合い
今、国としてできることは限られていますが、明確にできることの1つは予防接種を推進することです。そこで、国の求めに応じて、10月後半にシミュレーションを公表しました。
厚労省のメンバーと僕たち専門家は水面化で怒鳴り合いの議論をすることがあります。僕も早死にするのではないかと思うぐらい(苦笑)の怒鳴り合いになることもありますが、その中ではっきり言わせてもらったことがあります。
厚労省は「予防接種のコミュニケーションに力を入れています」と言うのですが、「は?」と思うレベルですとお伝えしたのです。「今の状態で頑張っていると思っているなら、あなたたちはどうかしている!」と言わせてもらいました。
接種したいと思っている人が少ないし、世の中にはワクチンの意味が伝わっていません。その状況であろうとも、国はいっぱいできることがあるはずです。
ワクチンを十分供給することは当然のこととして、ワクチンを接種しなければどういうことがあり得るのかデータを示してもいいし、もっとCMもできる。総理に頑張ってもらって「どうか接種してください」と国民に呼びかけることもできるはずです。
「あなたたち、本気なのか?!」と迫ったら、「じゃあシミュレーションから」と依頼してくれたのです。本気の人もいるのだなと嬉しかったので、研究室のメンバーで徹夜をしながら厚労省の人たちとシミュレーション結果のまとめも相談しつつ資料を出しました。
1日100万人以上のペースでワクチン接種を進めて入院受け入れがギリギリ
そのデータがこれです。今後どうなるのかは不確実性が高くてわからないのが正直なところなのですが、3つのあり得そうなシナリオでシミュレーションをしました。

第8波で実効再生産数(※)が1.2、1.3、1.4となった場合の3パターンを想定し、まず現在のワクチン接種割合のまま流行した場合の感染者数と入院患者数を推定しました。
※1人当たりの二次感染者数の平均値。1を超えると増加傾向に転じる。
感染者数は、実効再生産数が1.2だと844万人、1.3だと1038万人、1.4だと1207万人で、入院患者数は1.2で32万人、1.3で41万人、1.4で49万人になります。

しかし流行のピークより十分前に、予防接種が進めば進むほど、この数字は減っていきます。死に物狂いで接種を進めると感染者数も入院者数も下がるという見通しが出てきました。
実効再生産数が1.2として、今のレベルの接種率のまま進めば感染者は844万人、入院患者は32万人です。これが、昨年春から夏にかけての接種のペース、つまり1日に100万人を超える規模で予防接種を進められたら、感染者は550万、入院患者数は20万ぐらいに減ります。
逆に言えば、これぐらいワクチン接種を進めてようやく、全国でコロナ患者を受け入れている病床をフルに活用してぎりぎり受け入れられるぐらいになる。
今のレベルのワクチン接種率のままだと、流行ピークの時に患者が溢れることになります。見通しとしてはとても厳しいです。
子どもも流行を広げる可能性
——今から馬力をかけてワクチン接種を進めないと医療崩壊も起こりかねないのですね。
感染症の予防については、私たちは自身の余裕がなくなると個人の問題としてしか捉えられなくなりがちです。「私が感染しても仕方ない。もういいや」というような思考ですね。
でも感染症のリスクは他者の問題でもあります。感染すれば個人がどうなるかだけではなく、集団全体の流行につながりかねません。
予防接種では完璧な予防はできませんが、社会を守ることに貢献できるということをもう一度思い出してほしいです。
特に、活動が活発な20代、30代が流行を広げる中心的な役割を果たしているわけですが、この年齢群がたくさん接種をすると、集団レベルで流行を抑えられる度合いが高くなります。逆に接種をしないと再感染のリスクは上がります。
国が責任を持って接種を勧めないと、この冬はなかなか厳しくなります。今一度、3回目、4回目、5回目の接種を考えてほしいです。
——最近、生後6ヶ月から4歳の子供へ接種が広げられたこともあって、子供の予防接種が注目されています。子供は流行の広げ役にならないのでしょうか?
そこは今、すごく議論が起きているところです。一部の小児保健の専門家は、子供たちが流行を広げる役割を担っているのではないかと積極的に疑っています。
現時点では明確にはわかりませんが、オミクロン株による流行の前は学校などの伝播は本当に少なかったのです。基本的には大人が感染して子供にうつし、子供同士ではそれほど広がらない、ということが主要な伝播のパターンでした。
でもオミクロン株による流行以降は必ずしもそうはなっていません。どんどん学校内で広がって、学級閉鎖が起きています。8波でもおそらくそういうことが起きます。
受験生はこの冬、戦々恐々とすると思います。感染リスクの高い時期に受験に突入するからです。予防接種をしておくと、そのリスクを一定度合いで低減することができます。少なくとも小学生、中学生はぜひ接種を考えてみてほしいと思います。
——私の周辺では保育園に通う子どもから親が感染して一家全滅というパターンが7波では多かったです。
昔と逆なんですよね。昔は親から子供に感染していたのですが、今は小さい子供が家に持ち込んで家族が全滅するという事態がこれまでよりも増えていることが観察データからも見受けられます。
——では、重症化リスクの高い高齢者はもちろん、20代、30代も子供も全世代接種してほしいという感じですね。
皆が予防接種を受けると、集団レベルでも防がれます。今回は生活の中で欠かせないイベントを取り戻す中で起きている流行なので、潜在的なリスクはすごく高い。予防策は可能な限り取った方がいいですが、その一つが予防接種だと思います。
今は行動制限を呼びかけるのは難しいが...ウイルス変異でゲームは変わる
——先日「そろそろ8割おじさんの愛称は卒業したい」と書かれていましたが、行動制限を呼びかけるのは厳しくなりましたね。
社会的には行動制限を呼びかけるのはとても難しいと思います。行動緩和の決断を政治がしているわけですから。「社会全体で接触を8割削減」というようなことはおそらくもうないでしょう。
一方で、オミクロン株に代わる新しい変異株が出てきた時、柔軟に対応を変えられる体制を作っておくのは大切だと思います。
——まん延防止等重点措置や緊急事態宣言も、そういう時には復活する可能性もあるわけですか?
変異株でゲームがリセットされた場合は、その可能性も十分にあります。オミクロン株になってウイルスの性質が変わり、予防接種と抗ウイルス薬の効果などもあって、致死率はこれまでよりも落ちてきました。だからこの感染症に対する対応が変わってきているわけです。
しかし、さらなるウイルスの変異でゲームのルールが突然変わる可能性は常にあります。それに対してどうするかも常に考えておかないと痛い目を見る可能性があります。
8波を前に準備しておくべき3つのこと
——最後に8波の本格流行を前に読者に強調して呼びかけたいことをお願いします。
BA.1対応でもBA.5対応でもどちらの種類でも2価ワクチンをうっていると、一定の効果があると思います。都市部でまだ本格的には流行していないですが、これから一気に状況が変わる段階です。早いうちに接種しておくことが大切です。
——今、東京でもGo Toイートキャンペーンが始まっていますが、普段の生活で気をつけてもらいたいことはありますか?
メリハリのついた感染対策が大事ですが、皆さんもう経験を積んできて、何がリスクが高いのかはわかっているはずです。
屋内で、長い時間かけて、予防せずに、飲み食いをしている状態が続き、不特定多数が集まる換気の悪い空間。これがリスクです。
日本も常に1〜2%が常に感染している状態になりつつあります。若い人はさらに高い確率で感染しています。流行している時はどういう行動を取ればいいのか、どういう場所での接触を避けると良いのか、もう皆さんはわかっているはずです。
また、治療のアクセスについて、救急の時以外にどう行動すればいいか皆さん準備はできていますか?
パクスロビドなど一部の抗ウイルス薬が重症化を防ぐ上で相当効いていることがわかってきました。でも、国の政策は真逆で、若い人や重症化リスクの低い人はうちで治してください、と呼びかけています。致死率が上がりかねない指示です。
そんな中で「このまま自宅療養していたら危ないな」というサインを、どこで判断したらいいのか再確認するのが重要です。そして治療にアクセスする時にどこにまず相談すればいいのかを再確認しておくことも必要です。
- 予防接種
- 個人の感染対策
- 治療への備え
この3つを組み合わせて8波に立ち向かうしかない。それで何とか乗り切ってほしいと思います。
(終わり)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。