子宮頸がんや肛門がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン。
男女ともに感染し、男性がかかるがんにも関わることから、男女共に感染を予防して、パートナーとうつし合わないようにすることが大切だ。海外では男性の定期接種化も進んでいる。
性的な接触でうつることが知られているこのウイルス。もし自分が感染していることがわかったら、パートナーとの性的接触をどうしたらいいのだろう。
なかなか聞きづらいこの問題を、HPVワクチンの正確な情報を伝える活動をしている「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」副代表の医師、木下喬弘さんに聞いた。
性交渉をしているカップルは? 既にパートナーと同じウイルスに感染していると考えた方がいい
ーーHPVというウイルスはセックスやペッティング、オーラルセックスなど、性的な接触で、子宮頸部や喉の粘膜に持続的に感染することでがん化することが知られていますね。自分が感染したことがわかったら、パートナーとの性的な接触をどうするべきなのでしょうか?
それは既に性的交渉をしたことがあるパートナーですか? それとも新しいパートナーですか?
ーー既に性的な交渉をしたことのあるパートナーです。
その場合は基本的にうつっていると考えられるので、行動を変える必要はないでしょう。
ーー例えばその場合、お互いにHPVのどの型(※)に感染しているかを調べる検査をして、感染していない型があればその感染を防ぐワクチンをうつという方法はあり得ますか?
※HPVには200種類以上の型があり、がんになるリスクが高いハイリスクな型が20種類ぐらいある。日本で承認されている2価ワクチンは中でも特にがんになるリスクが高い16型、18型を防ぎ、4価ワクチンはそれに加えて良性のイボのような尖圭コンジローマを起こす6、11型も防ぐ。9価ワクチン(シルガード9)は4価ワクチンが防ぐ4つの型に加え、やはりがんになりやすい31、33、45、52、58の5つの型も含めた9つの型への感染を防ぐ。
基本的には僕はそれはお勧めしていません。なぜかと言えば、男性は特にそうなのですが、HPVに感染しているかどうかの検査は、とても偽陰性が多いのです。
ーーそうすると、陰性と出たとしてもその検査結果は信用できないのですね?
そうですね。検査をしてパートナーが感染している型が自分は陰性であれば、その感染を防ぐワクチンをうつということは理にかなった戦略に思えるのですが、全世界的にそんなことをやっていません。
それは検査陰性が偽陰性であることが多くて、実際には同じウイルスに感染していることも多いからです。
性的な接触を持つ前には? ワクチンをうつ意味はあり
ーー性的接触を持つ前に互いにうっておくのはありですか?
そうですね。それはありだと思います。異形成(※)がある人にとってはつらいことだと思いますが、「感染しているから、性的な交渉をしたら相手にうつすかもしれない」と思ってそういうことを悩むのだと思います。
※前がん病変。HPVに数年以上持続的に感染した結果、細胞に異常が現れ、がんになる一歩手前になった状態。軽度、中等度、高度の順番に進行し、一部がそれ以上進行して浸潤がんになる。自身の免疫で途中でウイルスを排除したり、進行度が戻ったりすることもある。
異形成の有無にかかわらず、新たな相手と性交渉を持つ可能性がある人はみんなうってほしいところです。互いを守り合うために、付き合う前に2人ともうっておくことはいい考えだと思います。
お互いに性交渉の経験がある同士が付き合い始めて性交渉をする場合も、それぞれが違うウイルスを持っている可能性があるわけです。
例えば、男性が16型を持っていて、女性は18型を持っていたら、お互いがお互いの型に感染する可能性があります。両者ともにうっておいた方がいいですね。
もちろんお互いに性交渉が初めての人は、かかる可能性はないわけですけれども。
ーーHPVワクチンは何歳まで効果があると考えられていますか? 高齢でも性的な活動が活発な人はうつべきでしょうか?
本質的には、これまでに性交渉の機会があった人はどれかの型に感染している可能性が高く、うつメリットが比較的少ないです。
一方で、今後新たな性交渉の相手がある人は、まだ感染していない型にかかるリスクがあり、うつメリットがあるとも言えます。
このため、米国では26歳以下は男女ともに接種を推奨、27から45歳は、性交渉の機会などを医師と相談して決めることが推奨されています。
既婚者がうつ意味は? 決め手はパートナーが固定しているかどうか
ーーよくHPVワクチンを啓発している医師や活動家の人たちが、「自分もうちました」と接種する姿を写して公開しています。既婚者の場合、パートナーが固定しているということを前提に考えるとあまり意味がないはずですね。
医学的にはそうですね。
ーーパートナー以外と性交渉する人なら必要かもしれませんね。おそらく、HPVワクチンは危なくないよとアピールしたくてうっているのだと思いますが。
まあそうですね。僕の場合は完全にそうです(笑) 意外とパートナー以外との交渉がある人もいるのでうっておいた方がいい既婚者もいるとは思います。
それから「ピンポン感染」(パートナーとうつし合いを繰り返し、カップルの間でウイルスが存在し続けること)を心配する人もいると思います。おそらくそれは偽陰性を見ているだけで、本当はずっと2人とも感染し続けているのだと言われています。
ーー既に性交渉の経験があるカップルは、同じウイルスを持っていると考えた方がいいわけですね。
自然排出はされるので、自然排出したタイミングでうっておけば、次はかからないのではないかともよく言われますね。
それも、実は自然排出できる人は、そのウイルスに勝てる人なんです。その人はおそらく免疫を持っているのです。
ーーわざわざワクチンで免疫を付加しなくてもいいということですか?
そうです。もちろん100%は保証できませんが、原則的には自然排出できるぐらいの人なら大丈夫です。
円錐切除で物理的にウイルスを除いた場合はワクチン接種も意味がある
唯一の例外は自然排出できなかったけれど、体からウイルスがいなくなった人です。
それはどういう人かというと、異形成で円錐切除をした人です。
この人の場合は、ウイルスに体の免疫が勝てなかった人です。だからこそ進行したのです。
しかし、物理的に感染部分を切り取った後のタイミングではウイルスがいなくなった可能性は高いです。再び子宮頸部に感染する前にワクチンをうつことはすごく意味があります。
16型のハイリスクなウイルスで異形成になった人は、おそらくまた16型に感染します。体の免疫が勝てなかったからです。
ーーただウイルスが頸部からいなくなったとしても、膣などの周りにはいる可能性がありますよね。
そうです。だから膣から頸部に入り込む前に感染を予防するワクチンをうつという意味です。
ーーセックスなどで膣から頸部に入る前に、という意味ですね。
そうです。それにパートナーは既にうつっていて、異形成になった原因のウイルスを持っているはずです。切除した人がパートナーから再び感染するのを防ぐためにうつという意味もあります。
原則論で言えば、一番効果が高いのはその人が性交渉を開始する前です。それ以外は基本的にあまり意味がない。9価ワクチンぐらいカバー範囲が広ければ、性交渉後にも接種は意味があるのですが、そうでなければ効果は限定的です。
性交渉を始める前にうっておけば、ずっとこんな心配をしなくていい。
ただし、円錐切除後の人は、性交渉後でも積極的にうつことを検討していただきたいです。
性交渉の経験がある8割はHPVに感染している
ーーこの問題が今まであまりクローズアップされてこなかったのは、HPV感染者への差別や偏見につながる可能性があるからではないでしょうか。そういう偏見を引き起こさない伝え方はあるでしょうか?
実は今、みんパピでも一般の人へアンケートをやったばかりです。その結果、性交渉の経験のある8割ぐらいがHPVに感染しているという事実をほとんどの人が知りませんでした。
この事実を知ることは接種意欲の向上にも役立ちます。誰もが感染する可能性がある当事者だからです。
そして差別の解消にもつながります。8割の人が感染しているのですから、特別なウイルスではありません。
性交渉の相手が多いからかかりやすいわけでもありません。もちろん性交渉の相手が多いほどウイルスに感染するチャンスも増えますが、性交渉の相手が1人でも、1回でもかかる可能性はあります。その情報と一緒に伝えることが大事です。
コンドームで防ぎ切れないけれど、7割は防げる
ーーHPVはコンドームで防げないとよく言われます。コンドームをつけていれば、奥まで入ることはないような気がするのですが、改めてなぜ防げないのか教えていただけますか?
完璧には防げないというだけで、感染リスクはコンドームで70%ぐらい減るのです。
コンドーム使用が5%未満の人と100%使用している人とを比べた研究では、HPVが女性の性器に感染するリスクは100%使用の人では0.3に減っていました。「コンドーム着用によりリスクが70%下がります」と説明することが多いです。
だからHPV感染予防の観点からも、コンドームをつけることに意味はあるのです。ただ、性感染症の淋菌やクラミジアは基本的にコンドームをつけていたらうつらないけれど、HPVではそこまでは減らないというだけです。
なぜかというと、HPVは会陰部や陰毛のところなど性器周辺に広く存在しているからです。そことの接触があればうつります。
ーーコンドームをつけても、そこに触れた上で挿入したら、子宮頸部に達する可能性があるわけですね。
そうです。
ーーオーラルセックスでもうつりますね。あまりコンドームをつけることはないと思いますが、防ぎようがないのですかね。
どちらにしてもコンドームで防いでいるところ以外にもHPVはいるので、うつる可能性はあります。
ーー濃厚なキスだったらどうですか?
咽頭(のど)×咽頭(のど)の感染ですね。それは原理的にはあり得ると思います。主な感染ルートではないですが、キスによって感染して、将来中咽頭がんになるリスクも0とは言えないでしょう。
ーーよくHPVは手足とか肌の表面にもいると言われていますね。それが膣や喉の粘膜にうつる可能性はどうですか?
基本的に皮膚にいるHPVはがんになるハイリスクHPVではないと思います。粘膜にいないHPVはそんなに心配しなくても大丈夫です。
ーー基本的に口や性器の接触に注意ということですね。
粘膜面にいるHPVを注意したらいいと思います。
【木下喬弘(きのした・たかひろ)】こびナビ副代表、みんパピ副代表
2010年、大阪大学医学部卒業。大阪の救命センターで約10年の臨床経験を積み、2019年にハーバード公衆衛生大学院に留学。卒業後にHPVワクチン(「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」)やコロナワクチン(「こびナビ」)に関する非営利組織を立ち上げ、医学論文や各国の推奨を元にした情報提供をしている。