グーグルは、2019年にスタートしたクラウドゲーミング・サービス「Google Stadia」(グーグル ステーディア。以下、Stadia)を、2023年1月に終了する、と発表した。
サービス終了が伝えられると、ゲーム業界関係者から聞こえてきたのは「残念」という声以上に「やっぱり」という声だった。
振り返れば、Stadiaには致命的な戦略ミスがあったとしか思えないのだ。
「Stadia」とはどんなサービスだったのか
まず、Stadiaがどんなサービスだったかを解説しよう。
Stadiaはいわゆる「クラウドゲーミング」と呼ばれるタイプのサービスだ。
手元の機器でゲームソフトが動作する家庭用ゲーム機などと違い、クラウドゲーミングでは特別な機器を必要としない。
ゲームの実行そのものは、ネットの向こう側(クラウド側)にある「ゲームサーバー」で行われるからだ。
ユーザーは、手元のPCに接続したコントローラーを使い、映像と音声はネットを介して手元の機器に送られる。ちょうど、Zoomごしにゲームをプレイする様子をイメージするとわかりやすいかもしれない。
一定速度の安定した通信が行えるネット回線は必要になるが、ゲームをプレイする端末側に、高性能な性能は必要なくなる。
別の言い方をすれば、クラウドゲーミングとは「家庭用ゲーム機を買う必要がなくなるサービス」なのだ。
クラウドゲーミングでは誰も「大成功」していない
ゲーム機を買わなくてもリアルなゲームが遊べるなら、クラウドゲーミングは非常に魅力的にも思える。なぜStadiaがうまく行かなかったのが不思議に感じるほどだ。
だが、その認識は正しくない。実際には、Stadia「も」成功しなかった、というのが正しい。
クラウドゲーミングという概念は、実は古くからある。発想は1990年代後半からあり、2000年代に入ると複数の企業がサービスを始めている。
ゲーム関連企業としては、2013年にはNVIDIAが「GeForce Now」を、2014年にはソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が「PlayStation Now」(注)を、2018年にはマイクロソフトが「Xbox Cloud Gaming」をスタートして、現在もサービスを続けている。
(編注:サービス開始当時はソニー・コンピュータエンタテインメント。2022年6月に「PlayStation Plus」にサービス統合)
しかしどのサービスも「家庭用ゲーム機やゲーミングPCを不要にする」ことはできていない。もちろん、ゲーム機プラットフォーマーが運営するサービスだから、という部分は大きな要素だ。
ただ、そもそもゲーム機が必要になるほどの爆発力があるものなら、企業側もサービスの柱として高収益を期待するだろう。しかし、現状はそこまでの規模ではなく、特にSIEとマイクロソフトは、クラウドゲーミング単独でなく、サブスクリプション・サービスの一部としてビジネス化している状況にある。
「無料プラン」まで用意したがStadiaは失敗した
なぜクラウドゲーミングはビジネス化しづらいのか。
ゲームファンの中には、クラウドゲーミング特有の、「操作の遅延」と「接続の安定性」が問題だったのではないか、と指摘する人は多いかもしれない。
ただ、筆者はこの点は、実は決定的な問題ではないと思っている。
実際、ゲームが遊べなくなるほどの遅延は、(ゲームの種類にもよるが)そうそう頻繁に起きない。また、Stadiaも遅延対策などにかなりの技術的な配慮をしていた。筆者もアメリカでプレイしたことがあるが、そこまで大きな遅延や不安定さを感じたわけではなかった。
むしろ大きな問題は、「どこまでやっても、目の前にあるゲーム機やゲーミングPCより良い環境になることはない」という点にあるのではないか。
ゲームの体験にこだわるゲームファンは、「体験が劣る可能性がある」サービスにお金を払うだろうか?
Stadiaは2019年11月にスタートしたが、その際には、月額9.99ドルの「Stadia Pro」のみが提供された。2020年には無料の「Stadia Base」が提供されている。
ただし、大きな差はゲームプレイ時の「画質」で、結局ゲームをするにはゲーム自体の購入が必要な場合もあった。しかも、Stadiaでしかプレイできないゲームはなく、プレイ体験も家庭用ゲーム機に劣る。。「だったらゲーム機でプレイすればいいのでは」と、ゲームファンは考えてしまったわけだ。
一方、ゲーム機プラットフォーマーであるソニーやマイクロソフトは、クラウドゲーミングを、ネットサービスの「付帯物」に位置付けている。現時点では、毎月料金を払うような濃いゲームファンをクラウドゲーミングだけでは満足させられないと考えているためだろう。
最大の疑問は「YouTubeを生かさなかった」こと
ただ、こうした課題は別の視点で考えることもできる。
クラウドゲーミングの遅延や不安定性は「ほんのわずか」なものだ。熱狂的なゲームファンには気になっても、そこまで熱心にゲームをしない人なら許容できる可能性もある。
月額料金もなく、ゲーム機を買う必要もなく、ゲームも「基本プレイ無料」だったらどうだろう?
なによりグーグルには「YouTube」がある。ゲームのプロモーションや実況動画を見て、気になった人がワンクリックでそのままゲームを始められたとしたら?
しかも、提供されるゲームが家庭用ゲーム機やゲーミングPCと同じものでなく、クラウドゲーミングでも遅延を感じにくい、カードゲームやストラテジーゲームなどが中心だったとしたら?
歴史にifはないが、YouTubeという武器を活かし、カジュアルな層を中心に、独自のビジネスモデルとゲームを軸に展開していたとしたら、Stadiaは成功していたかもしれない。
だが、Stadiaには「YouTubeとの連動要素がほとんどなかった」。多くのゲーム関係者は「信じられない」と指摘していたし、筆者も同感だ。
なぜグーグルは、手元にあったYouTubeという「最強のカード」を無駄にしたのか、いまだによくわからない。
さらに、グーグルには堪え性もなかった。
サービス開始の翌年にあたる2020年には早々と機能アップデートが停止し、ゲームの追加ペースも遅くなっていった。Stadia専用のゲームを内製する「Stadia Games and Entertainment」も、2021年2月に閉鎖した。
この段階で明確なリニューアル方針を出していれば、ゲーム・デベロッパー(ゲーム開発企業)も、クラウドゲーミングならではの「新しい可能性」を信じていたかもしれない。だが先の計画はなにも発表されず、この秋、突如サービス停止が告知された。結果的に、ゲーム・デベロッパーからの信頼も失ってしまったように見える。
クラウドゲーミングは、カジュアルな層に向けて可能性のある技術だ。ただ、ビジネスモデル構築は困難が伴う。そこでグーグルは明確な手を打たず、単純な「ゲーム機をなくすビジネスモデル」に固執した。
これで成功すると考える方が困難だ。
だから業界関係者の誰もが「やっぱり」と思いはしても、驚きはしなかったのである。
(文・西田宗千佳)