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アマゾンはさまざまな方法で商品を売っている。2015年にスタートした「Amazon Dash Button」(以下Dashボタン)は、その中でも驚きをもって迎えられたものの一つだ。
Dashボタンは洗剤やペットフードなど、特定の商品のロゴが描かれた、「その商品専用」の注文機器だ。ボタンを押すと自動的にアマゾンに注文情報が送られ、自宅に届く。「選んで買う」という通販の常識を覆した製品だ。
だがアマゾンは、2月28日より、ハードウエアとしての「Amazon Dash Button」の販売を終了した。これまでに買ったものはそのまま使えるが、「ボタンだけを備えたハードウエア」としての販売は終了する。
画期的と言われた「Dashボタン」のビジネスモデルは「失敗」だったのだろうか? ところが、そうでもないらしい。アマゾンはビジネスモデルを修正し、新たな方向に向かおうとしている……というのが実情であるようだ。
米・アマゾンでAmazon AlexaおよびSmart Home事業担当のバイスプレジデントを務めるDaniel Rausch(ダニエル・ラウシュ)氏に、Dashビジネスの現状を聞いた。
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実は好調なDashビジネス、だが伸びているのは「ボタン以外」
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Dashによる「いつもの“あれ”を注文する」というビジネスの状況は、ラウシュ氏は「非常に好調だ」と話す。
アマゾンは、自社のビジネスについて売り上げや目標などを対外的にあまり語らない。だが、ラウシュ氏は次のような情報を明かした。
「特に伸びているのは、Echoによる音声での注文、すなわち『Alexaショッピング』です。昨年のホリデーシーズンには、Alexaをショッピングに使った人は前年の3倍以上いました。我々が『Dash Replenishment Service(DRS)』と呼ぶ自動注文型の機能、ソフト的に実装された『バーチャルDash』ボタン、そしてAlexaショッピングは、過去の2倍・3倍といった伸びで売り上げを伸ばしています」(ラウシュ氏)
これらの形態は、Dashボタン以上に新しい仕組みといえる。だがどちらも、Dashが生み出した「いつも注文するものを買う」というアプローチの延長線上にあるものだ。
「Alexa、ペーパータオルを買っておいて」などと話しかけると、これまでの注文履歴から同じペーパータオルを発注する。Dashボタンを押す代わりに声で注文しているわけだ。
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DRSは、音声でのコマンドもボタンもいらない。ネットワークに接続された家電製品が、「必要な消耗品が切れそうになったら自動的に発注をかける」仕組みだ。アメリカでは2016年から対応製品が登場しているが、日本でも2018年12月からスタートした。
DRSには、海外ではブラザーのプリンターが最初に対応した。プリンターのインクが切れそうになると自動で注文する、という仕組みとして導入されたのだ。日本ではプリンターには導入されていないのものの、より家庭向けの製品で導入されている。
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サンスターのスマホ連動歯ブラシ「GUM PLAY」では、歯ブラシの交換時期を自動で把握し、自宅に残っている歯ブラシが最後の1本になったら自動注文する。
ペットに自動でおやつを与える「Petcube Bites」では、中に入れたおやつの量が減ると自動注文する。
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「FRECIOUS dewo bottle ウォーターサーバー」は、水が切れそうになると自動注文する。
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どれも特徴は同じだ。発注すべき消耗品の品番やブランドを憶えておく必要もないし、発注は「切れる前」に行われるので、必要な時に切れていて慌てる……といったことは起きない。ネットワーク接続された機器らしい使い方といえる。
ネット家電の中に「Dashボタン」が溶けていく
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なぜこうした注文方法が伸びているのか? ラウシュ氏の答えはシンプルだ。
「何が売れるのか、どういう使い方がされているのか、という部分については、国や地域によって大きな差があります。しかし結局、誰もが、“自分が使う時にあれがない”という体験はしたくないものです。トイレットペーパーだって、水だってそうです。そういう体験をしないためには、簡単に買えることが大切。注文方法が簡単であれば、皆そちらを使うようになるものです」(ラウシュ氏)
これはまさにDashボタンが生まれた理由そのものだが、そこでさらに「物理的なボタンがなくなる」には、別の理由がある。
「現在は、ネットワーク家電を巡る状況が大きく進歩しました。Echoやディスプレイ付きの『Echo Show』は広く普及しましたし、ネットワーク接続される家電も増えています。Dashをスタートした時には、ネットワーク接続されている家電は数えるほどしかありませんでしたが、今はそうではない。
バーチャルDashボタンや自動注文するDRSを組み込むためのAPIも公開しており、すでに世界では100以上の製品が登場し、今後もさらに増加していくことでしょう。LGエレクトロニクスのように、『すべての製品にネットワーク機能を搭載する』と言っているところもあります。だとすると、バーチャルDashボタンのような仕組みが普及するのは自然なことだと考えています」(同)
家電メーカーは「ネット家電」の開発にいそしんでいるが、家電がネットワーク化された時に「多くの人が便利に思う」機能はまだ多くはない。AIを使った自動化などは発展途上だし、スマホと連携しての操作もすべての人が求めているわけではない。家電をそのまま操作した方が楽なことも多いからだ。
一方で「消耗品の発注」は、確かに、より多くの人が便利に思うであろう使い方の一つと言える。ウォーターサーバーの水やプリンターのインクのように自動注文してくれるのも便利だが、同時に、ソフトウェア的な「Dashボタン」が家電に表示され、そこから必要なものを買うことができれば、確かに便利だろう。
洗濯機の横に物理的なDashボタンを置くのも、洗濯機のディスプレイに「Dashボタン」が表示されているのも、使う方としては同じだ。
音声にも拡大、「物理ボタン」の役割は終わり
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そしてもうひとつ見逃せないのは、音声による注文が伸びている、という点だ。
スマートスピーカーや音声アシスタントからのショッピングは「ボイスコマース」などと呼ばれ、今後大きなビジネスになると期待されている。
問題は、商品を探したり選んだりするなら、「結局、画面がある方が有利」ということだ。アマゾンもそれはわかっていて、Echo Showなどのディスプレイ付きデバイスの上でのショッピングを開発し、パートナーの開拓も広げている。
そしてここからポイントだが、ボイスコマースの中でも大きな「鉱脈」ともいえる使い方は、Dashボタンと同じように「いつも使うものの補充注文」にあった、ということにアマゾンは気づいた。そして、これをボイスコマースの軸に据えたのだ。
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「いつも使うものの注文」というEコマースのあり方は、こうして見ると、Dashボタンという、象徴的なハードウェアがあって、初めて言語化され、周知されたといえる。「Dashボタン」の先に開けてきたビジネスもある。
その意味で「ただ不調だからやめる」という単純な話ではないとアマゾンは言う。
もちろん、アマゾン自身がハードウェア製造を手がける必要がない、ということも大きいだろう。なにしろアマゾンは、常々「自社ハードウエアの販売からは利益を見込まず、原価で売っている」ことを公言している。
もはやハードウェアを作らなくても、描いたビジネスが実現される土壌ができたのであれば、そちらの方がいいに決まっている。
アマゾンからみると、「Dash」という物理ボタンは、文字通り役割を終えた、ということなのだ。
(文、写真・西田宗千佳)