「静岡の人のスマホを調べたら、この店のお姉さんがハンバーグを切ってくれる動画が、ほぼ90%は入っていると思う」
静岡市内の大学に通う女子学生は、そう断言する。
アツアツのハンバーグをウエイトレスさんが目の前でカットしてくれるパフォーマンス付き。
「この店」とは、静岡県内限定で31店舗を展開する「炭焼きレストランさわやか」のこと。出店はローカル限定なのに、地元で愛されて成功している店を「ご当地チェーン店」というが、「さわやか」はその頂点といえる存在。なんせその愛されぶりが、ハンパない。
さわやか株式会社のお膝元、浜松市内に住む友人も言う。
「浜松市内には10店舗以上あるのに、週末だと入店まで1〜2時間待ちは当たり前。店舗が少ない県東は、もっとすごいらしいよ」
同社のホームページによると、創業は1977年。地元では古くからの人気チェーン店だったが、ここ10年ほどは静岡出身のタレントやスポーツ選手が、ブログで紹介するなどして人気が過熱。市内の観光施設で働く筆者の友人、他県から来るお客さんから「一番近いさわやかはどこ?」と聞かれることが、やたら増えたという。
「あそこのハンバーグってクセになるのよ。2カ月に1度くらいは、家族や同僚を誘って、つい並んじゃうね」
ちなみにこの友人とは古い付き合いだが、基本、気が短い猛獣キャラ。その彼女までをも行列におとなしく並ばせる、「さわやか」っていったい何者よ。
90人以上待ちでも離脱率は10人に1人
というわけで、9月の土曜日、「とくにプラチナシートになっている」と言われる県東のとある店舗の行列に参戦してみた。
「駐車場に入るのも行列かも」という情報で車をあきらめ、しぶしぶ新宿のバスターミナル「バスタ」から高速バスに乗って、その店の最寄り駅へ。
ところで今回初めて「バスタ」を利用したが、昨年末、すったもんだのあげく、ようやく開店した場内のコンビニ。あれって、レジの混雑がすごいから注意して。バスの発車時刻までに会計が終わらず、直前で泣く泣く離脱。これから行列をしに行くというのに、早くもここで10分ほど、無駄な行列をしてしまった。
「さわやか」に到着したのは、12時半ごろ。ごった返しているエントランスに人をかきわけて入っていくと、立って並ぶというより、どうやらリストに名前を書いて呼ばれるのを待つ仕組み。この秋からは順次、席待ちの「自動発券機」も導入し始めているというが、この店はまだだった。
だが、よくあるファミレスとは違ったのは、そのリストの人数だった。
外見もさりげない。まさかここが行列のファミレスとは!
「あと90組ほどお待ちですから、ご案内まで2時間半以上はかかりそうです」
名前を書くと、お店の人からさっそくそんな説明が。
「お名前を呼んでいらっしゃらない場合は、無効になってしまいます。時間は前後することがありますので、1時間半くらいしたら一度、様子を見に来ていただけますか?」
取材当時は、名前を呼ばれたときにいないと、予約が無効に。現在はQRコードで呼び出し状況などが確認できる自動発券機も、順次導入が進んでいるそう。
入り口でしばらく見ていたところ、2時間半オーバーを告げられ、「じゃあやめます」と離脱するのは10人に1人程度。「えー、まじ?」とか驚く人もほとんどいない。文句を言う人も皆無だし、むしろみんなうれしそうに、お店の人の説明を聞いている。
近所の喫茶店にもプチ行列
さて自分はどうしよう。車もないし、次の集合が1時間半後では、そう遠くにも行けない。仕方ないので近所を当てもなく歩くと、「コメダ珈琲」の看板が見えた。
ところが、なんとここもプチ行列。聞き耳を立てると、自分と同じ、「さわやか」待ちのお客さんも、けっこう混じってる模様。たしかにこれからハンバーグを食べるのに、レストランに入るわけにもいかないし。
なのになのに……自分のバカバカバカ。朝から何も食べていないので衝動的に、コメダ名物の「小倉トースト」を注文してしまう。しかも完食! おいしすぎ! 胸焼けする胃袋を抱え、早々に店をあとに。
近場を散歩して消化をうながし、何度か「さわやか」に様子を見に行ったあと、ようやく待ちに待った名前を呼ばれるときがきたのは、15時半ぐらい。ランチを食べに並んだはずが、ほぼ3時間待ちの入店だった。
店内に入って驚いた。ごった返しているエントランスの喧噪とは打って変わって、ゆったり、静かな世界が広がっていた。ウエイトレスのお姉さんの音頭で、「みなさんで、カンパーイ!」なんてやっているグループも。
「大変お待たせいたしました」
やってきた笑顔のウエイトレスさんも、丁寧にメニューの説明をしてくれる。事前の予習で地元の人から、「げんこつハンバーグのソースはオニオン厳守」を言いつけられていたので、その通り注文。ほどなくして、昔懐かしい牛デザインの鉄板に乗った、球体のハンバーグが運ばれてきた。
球状のハンバーグを2つに割って、鉄板にジュー。ソースはオニオンを選ぶのが「地元の客の証し」。
炭火焼きしたこの球体ハンバーグを、ウエイトレスさんが目の前で、フォークとナイフを使って半分に。はいはい、これが県民必携の動画撮影ポイントってことですね。続いて切り口を牛の鉄板でジューッと焼き、レアな部分にほんの少し火を通したら、いよいよ、いただきまーす!
牛肉100%のハンバーグの中心にはまだレアが残っていてジューシー、かたや外側はカリッと炭火でしっかり焼き上げられていて、肉好きにはたまらないおいしさ。これで250gの「げんこつハンバーグ」が1000円ちょっとと、値段もまさにリーズナボゥ!だ。
終わりよければすべてよし。思い返せば、東京の家を出てから約5時間。牛の鉄板が出てきてからはたった10分で食べ終わってしまったが、ここまであったあんなことやこんなことが、全部いい思い出に変わっている。不思議だ。
静岡市内に住む、40代のママも言っていた。子どもが小さいときに、もらえるおもちゃを目当てに通い、げんこつハンバーグが子どもたちのソウルフードになったという。そんなサービスとか、笑顔の店員さんとか、考えると昔ながらのところもある。
「『さわやか』っていう店名からして、そんなに洗練されてないですよね。でもそれがかえって地元としては親しみを持てるところかも。どんなに混んでいても、『さわやか』が嫌いという人は、静岡では聞いたことないです」
恐るべし、「さわやか」マジック。その秘密を聞こうと、「さわやか株式会社」にも取材を申し込んだ。だが……。
「現在、県外のお客様を中心に異常な来客数が続いており、本来ならば地域密着店舗であるはずが、地元のお客様にご迷惑をおかけしています。人気先行で実態が伴っていないことも感じており、このような状況で好意的に取り上げていただくことは、企業として不誠実であり、貴メディアにも失礼だと考えます」
との理由(書面)で、取材はNGとのこと。すみません。また県外のファンが一人増えました。(文と写真・福光恵)