今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
就活シーズン目前。多くの学生が「どの会社に就職しようか」「これから伸びる業界は?」と頭を悩ませているのではないでしょうか。そこで今回は、入山先生にこんな質問をしてみました——もし先生がいま22歳だったら、どんな職業・業界を選びますか?
※この記事は2023年2月23日初出です
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これからの時代、就職先に選ぶべき業界は?
こんにちは、入山章栄です。
そろそろ就職情報の解禁の季節ですね。そこでミレニアル世代代表であるBusiness Insider Japan編集部の横山耕太郎さんから、こんな質問が来ました。
入山先生はいつも「これからの時代は不確実性が高い」とおっしゃいます。だとしたら、これから就活をする学生はどういう仕事を選べばいいでしょうか。もし入山先生が今22歳の学生だったら、どんな職業、あるいは業界を選びますか?
面白いご質問ですね。僕はいま40代後半なので、22歳はもう四半世紀も前の話です。ですから、だいぶ古い話になるのですが、まずは僕が22歳だったときのことをお話ししてもいいでしょうか。
僕は1996年に慶應義塾大学の経済学部を卒業しました。1996年といえば就職氷河期が始まる少し前。まだバブルの残り香が多少あって、「慶應を出たら大手企業に就職するのが当然の常識」「大学院に行くのは就職活動がうまくいかなかった人」という空気が漂っていました。
でも僕はへそ曲がりなので、慶應の大学院に進学します。大学3年生のときに入った木村福成先生のゼミで、世界の最先端の経済学に触れた影響が大きかったのです。
しかし実際に大学院の修士課程に進んでみると、「この後は博士課程に行くのが常識の王道コースだけれど、それってどうなんだろう」と思い始めた。
そんなとき、三菱総研という民間シンクタンクが出したレポートを読む機会がありました。書いた人の肩書が「研究員」となっていて、「なんかかっこいいな」と思っていたら、いろいろな経緯でそこから就職面談のお声がかかった。結果、内定をいただいて喜んで入社しました。
ただし当時は三菱総研といっても知らない人がほとんどでした。合コンでは「総研」という言葉を勘違いされたのか、総合警備保障会社と間違われて「毎晩の警備、大変じゃないですか」と言われたこともあります。
そして三菱総研で数年働いた後、30歳でアメリカに留学します。最初は留学して経済学の学者になろうと思っていたのですが、そもそも「経済学者」として身を立てることにやや疑問を持ち始めていた上に、アメリカに経済学の博士号をとりにいく日本人が当時からかなり増えてきていました。
僕は基本的に、みんなと同じところには行きたくありません。そこで経済学ではなく、専門を切り替えて「経営学」の博士号をとることにして留学したのです。
経済学と経営学は、実はかなり離れた学問領域です。そして当時の経営学分野は、経済学と異なり、海外に留学して博士号をとろうという日本人ほとんどいなかった。当時アメリカの博士課程にいた日本人は僕を含めて1人か2人。だから、どのように受験して、どのように博士課程で生き残るか、という情報もほとんど分かりませんでした。
頼れる日本人がほとんどいないので、独力で情報収集をするなど、かなり苦労しました。でも結果として、アメリカで博士号をとった日本人の若手経営学者が当時少なかったこともあり、博士号をとると日本のいろいろな大学から「うちで教えないか」という声がかかるようになりました。その希少性を評価してもらったのだと思います。
結果、早稲田大学で教えながら、今では民間の仕事もメディアの仕事もたくさんするようになって、現在に至ります。今は楽しい仕事しかやっていないので、本当にハッピーですね。
人と違う意思決定をすることの得がたいメリット
入山先生が“へそ曲がり”を自称する理由が分かりました(笑)。そんなふうに、人と違う意思決定をすることによるメリットは何かありますか?
メリットは、「圧倒的な差別化」ですね。『世界標準の経営理論』ではSCPという理論を使って解説していますが、競争戦略の源泉の一つは圧倒的な差別化です。詳しくは拙著を読んでいただきたいのですが、競争戦略の要諦は、実は「競争をしないこと」にあります。だって、競争は大変だし、何より競争が激しいと儲からないですよね。
ですから、企業は競争を避けた方がいいのです。そのために必要なのは、競争環境で自分が「唯一無二の存在」になること。そのためには、自社を徹底的に差別化させれば、そもそもライバルがいなくなるので独自の価値が出せて、競争せずに収益が上げられるのです。
これはキャリアにもある程度当てはまるのではないでしょうか。実際、僕が帰国後にいろいろな大学から声をかけていただいたのも、現在いろいろな民間企業からお声をかけていただいているのも、「アメリカで博士号をとって向こうの大学で教鞭をとっていた日本人の経営学者が他にそれほどいない」という部分が、少なからずあると思います。
僕自身は、そもそもそんなに大した人間ではありません。もし僕と同じようなスペックの人があと20~30人いたら、そういった方々はおそらく僕よりも優秀でしょうから、僕は埋もれてしまって、箸にも棒にもかからなかったでしょう。
一方の経済学者のほうは、アメリカや欧州で博士号をとった若くて優秀な日本人がものすごくいるのが現状です。結果、「アメリカで博士号をとった経済学者」というだけでは差別化できなくなっています(もちろん、これは経済学全体の発展のためには、競争が激しくなるのでいいことですし、若手経済学者のお一人おひとりは真摯に経済学を研究したくて海外で博士号をとっているのですから、それは尊いことだと思います)。
ですから、冒頭の横山さんの質問にあえて答えるなら(答えになっていないかもしれませんが)、「もし僕が22歳なら、みんなが行きたがるような会社には絶対に行かない。可能な限り違う道を選ぶ」ということになると思います。
例えば、いまの就職ランキングを見ると、学生に人気のある業種の一つは外資系コンサルティング会社ですよね。僕がいま22歳だったら、どこの会社に就職するかは分からないけど、絶対に外資系コンサルだけは志望しないと思います(笑)。
「AKBに入りたい」はダメ
なぜ大企業や特定の職種に学生の人気が集中するかといえば、人間は不確実性が高くて不安な状況では、みんな似たような行動をとるようになるものだからです。なぜなら「常識」という幻想に従っておけば、自分で考えて決断しなくてすむ。これは、本連載でもたびたび登場する「制度理論」と呼ばれる理論で説明できます。
就職活動は先が見えなくて不安ですよね。だからどうしても、「みんなが常識的に受けるなら、自分もあの業界を受けてみようか」となってしまうわけです。もちろん、それは心理として仕方がない面もあります。
でも、いつもみんなと同じことをしていては、結局は大勢に埋もれてしまうので、自分だけの価値を出すのが難しくなってしまいます。ですので、ぜひ「その時代の常識」だけに流されない就職活動ができるといいですよね。
僕は、かつてAKB48が爆発的な人気を博していたときに、そのプロデューサーである秋元康さんがあるメディアでおっしゃっていたこんな言葉がすごく印象に残っています。
「いまAKBに入りたがる子は、AKBに入りたくてAKBに入っている。それじゃダメなんだ」
AKBの人気が出たのは、前田敦子や大島優子など初期メンバーの活躍があったからですよね。そういった初期メンバーがAKBに入った当時は、当然ながら世間の誰も「AKB」を知らなかったわけです。逆に無名のAKBだからこそ、「一発当ててやろう」「チャレンジしよう」という人たちが集まり、その結果、AKBが成功したとも言えるでしょう。
ところが一度AKBが有名になってしまうと、その後入ってくる人たちは、「AKBに入りたくて」入る人ばかりになる。AKBに入ることそのものが目的になってしまうのです。
以前、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のトップを務められた御立尚資さんとお話しした際に、御立さんが「私がいま就職活動するなら、BCGには行かない」とおっしゃっていたのを覚えています。
他にも、日本を代表するコンサルタントである冨山和彦さんや、僕の勤める早稲田大学ビジネススクールの尊敬する先輩であり、御立さん同様にBCGのトップを務めた内田和成先生も、「BCGなんて誰も知らない時代」にBCGに入っています。逆説的ですが、こういう「逆張り」の方々だからこそ、時代をつくる著名コンサルタントになられたのではないでしょうか。
今の時代は、30歳ぐらいになってようやく、自分のやりたいことが少し見えてくるという人も多いと思います。大学を出たばかりの22歳ではまだ自分の人生なんて決められないという人も多いでしょう。
そもそもこれからの時代は変化が激しいから、人生が予定通り直線で進むことはありえない。「将来性のある業界」とか、「安定した職業」など、もう存在しないと言っていいでしょう。
だからいま、「この瞬間、自分が楽しいと思える仕事、面白いと思える仕事」を選んで、まずはそれを一生懸命すればいいのだと思います。
就職ランキングや人気企業などの常識にとらわれる必要はありません。そういう日々を積み重ねていけば、必ず自分の進むべき道が見えてきますよ。