多様性より能力?トランプ政権と「DEI」の行方 三牧聖子さん寄稿

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国際政治学者・三牧聖子=寄稿
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国際政治学者・三牧聖子さん寄稿

 ドナルド・トランプが大統領に就任したら、アメリカはどう変わってしまうのか――。そうした危機感が広がってきたが、既にアメリカは十分変わってしまった、そう痛感させる出来事が就任前から相次いでいる。

 1月7日、カリフォルニア州で未曽有の山火事が起こった。ロサンゼルスで発生した山火事は、高級住宅地パシフィック・パリセーズなど複数の地区に燃え広がり、これまでに少なくとも、150平方キロ以上が焼失し、約18万人が避難を余儀なくされ、25人の死亡が確認された。アメリカ史上、最悪規模の山火事となっている。

 この未曽有の大災害すら、共和党支持者と民主党支持者を団結させるどころか、政治の道具とされている現状がある。カリフォルニア州は民主党の牙城(がじょう)だ。トランプは自身のSNSで「ギャビン・ニューサム州知事とロサンゼルスのカレン・バス市長は全くの無能だ」「州が環境保全を優先して水がなくなり、被害が悪化した」と民主党所属の2人を批判。この発言にも促され、共和党系メディアやインフルエンサーは、カリフォルニア州やロサンゼルス市の山火事対応を大々的に批判し、州側は、根拠のない批判に反論するためのファクトチェックをウェブ上で展開しなければならなかった。

 もっとも、ロサンゼルス消防局の予算が昨年1700万ドル超も削減されたことは事実であり、予算削減が消火活動に影響を及ぼしたという批判は、ロサンゼルス市消防局トップのクリスティン・クローリーなど、内部からも出ており、厳しい精査が必要なことも確かだ。

 さらに共和党支持者の間では、山火事が拡大した原因は、民主党政権のもとで進められてきた「DEI」(Diversity Equity & Inclusion=多様性・公平性・包括性)の取り組みにあるとして、DEIを批判する言説が広まってきた。

 民主党が強いカリフォルニア州では、人種的マイノリティーや性的マイノリティーにも公平な機会を与えられるよう、様々なDEIの取り組みが進んできた。しかし近年、とりわけ共和党支持者の間で、DEIを「特定のマイノリティーを優遇するもの」「能力ではなく属性で人間を登用する、不公正なもの」と批判する声が強まってきた。特に2023年に連邦最高裁が、大学入試で人種を考慮する「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」を違憲とする判決を下すと、多くの企業や大学でDEI部門が廃止され、DEIの取り組みを禁止する州も増えてきた。山火事が広がり、犠牲も増える中で、共和党系メディアやインフルエンサーたちは、カリフォルニア州がDEIの取り組みに巨額を費やし、そのことによって災害対策をおろそかにしたと根拠なく主張してきた。現在、ソーシャルメディア「X」の最大フォロワー数(2.1億超)を誇るのは、XのCEOでもある実業家イーロン・マスクだが、彼も、「命や家を救うことよりもDEIを優先した」とカリフォルニア州の対応を批判し、「DEIは死(DIE)を意味する」など連日、過激なDEI批判を展開している。

 DEI批判の矛先は、勇気を持って市の体制を告発したロサンゼルス市のクローリー消防局長にも向けられた。クローリーは22年、女性として、同性愛者として初めてロサンゼルス消防局のトップに就任した。消防員としてのキャリアは25年に及び、現場経験も豊富なベテランだ。しかし火事発生後、クローリーは「DEI登用」と中傷された。「DEI登用」とは、能力がないのに、多様性尊重の方針のもと、人種的・性的マイノリティーであるために登用された、という含意で、マイノリティーの社会進出を快く思わない人がマイノリティーに対して用いる侮蔑語だ。「消防局に、女性やLGBTQ+の人員を増やしたい」と語ったクローリーの過去のインタビューは、「災害への備えよりもDEIの取り組みを優先したために、今回の惨事を生んだ」といった根拠のないコメントとともに広く拡散された。

 トランプは選挙期間中、連邦政府の諸機関で実施されてきたDEIプログラムを廃止するとうたってきた。副大統領に就任するJ・D・バンスもDEI批判論者だ。24年6月、上院議員だった彼は、連邦政府で行われているすべてのDEIプログラムの廃止を求める「DEI解体法案(Dismantle DEI Act)」を提案した。法案の趣旨を述べる際、バンスは、DEIを「憎悪と人種的分裂を生み出す破壊的なイデオロギー」と批判し、「アメリカ人の税金は、この過激で分裂的なイデオロギーを広めるために利用されるべきではない」と強調した。

 DEIを先導し、社会に広めてきた牙城として、この2人が攻撃の主要なターゲットに見定めているのが大学だ。トランプはDEIの取り組みを実施している大学に罰金を科す考えを表明している。副大統領となるバンスも「教授たちは敵だ」と公言してきた。過去には、キリスト教や伝統的な家族の価値観にあわないとして、ジェンダー教育を厳しく制限したハンガリーのビクトル・オルバンを称賛したこともある。

 バンスはカトリックへの改宗者だが、彼のDEIへの敵対的な姿勢は、保守的なジェンダー観を持つ敬虔(けいけん)なキリスト教徒も多いアメリカ社会にあって、多様性と信仰の間にどう折り合いをつけるかという難しい問いも提起している。アメリカの大学で進められてきたDEIについては、人種や性の多様性の尊重が強調される一方、信仰の多様性への配慮を欠いているという不満は以前から存在してきた。DEIの試みが第2次トランプ政権時代のバックラッシュを生き延び、ますます多くの人々に共有されていくには、宗教の問題は避けて通れない難題になりそうだ。

論争を呼ぶ 型破りな人事

 多様性の実現のためにマイノリティーを登用する方針を、能力や適性ではなく、肌の色や性別を基準とした「DEI登用」と揶揄(やゆ)し、「そのような人事はアメリカを弱くする」と決めつけて批判してきたトランプだが、その閣僚人事は、能力や適性を基準としたものとはとてもいえない。

 最も論争を呼んできたのは…

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