DIGITAL DEMOCRACY

AIエージェントが議論のメディエーターとなる:安野貴博──特集「THE WORLD IN 2025」

2025年、AIエージェントの普及に伴って、人々の仕事やコミュニケーションのあり方ばかりか選挙や民主主義における合意形成のあり方も変わっていくかもしれない。
AIエージェントが議論のメディエーターとなる:安野貴博──特集「THE WORLD IN 2025」
Illustration: Adrià Fruitós

※雑誌『WIRED』日本版 VOL.55 特集「THE WORLD IN 2025」の詳細はこちら

世界中のビジョナリーや起業家、ビッグシンカーがキーワードを掲げ、2025年の最重要パラダイムを読み解く恒例の総力特集「THE WORLD IN 2025」。2024年に東京都知事選に出馬した安野貴博は、テクノロジーを利用した「誰も取り残さない」デジタル民主主義の在り方を提案する。


わたしが2024年に出馬した東京都知事選では、「テクノロジーで誰も取り残さない東京へ」をテーマに掲げ、「デジタル民主主義」の提案とその実践に注力した。例えば、バスやタクシーの運転手の人手不足が課題となっている東京西部・島しょ地域に自動運転特区を設置することや、子どもたちが最先端テクノロジーに触れる機会を提供するために放課後施設のハード・ソフトウェアを充実させること、さらには行政サービスをプッシュ型で提供するなどの政策を掲げた。

また、有権者との相互コミュニケーション設計も重要だった。まずはインターネット上の多様な意見を「ブロードリスニング」手法で収集し、有権者の考えの大枠を捉えた。続いて、有権者からのフィードバックや修正提案をGitHub上で直接反映できるようにし、参加型の政策草案作成を実現した。そしてRAG(検索拡張生成)技術を活用した24時間対応のAIエージェント「AIあんの」を公開。「安野ならこの質問にどう答えるか」をリアルタイムで回答できる仕組みを構築した。RAGの検索対象として政策マニフェスト(A4 30ページ程度のテキスト)を設定し、マニフェスト資料のPDFを画像化して検索対象とスライドを連携させている。また、安野の話し方や思考のクセ、パーソナルデータも学習させ、自然で礼儀正しい応対が可能となるよう工夫した。

その結果、16日間で85件の政策変更提案をマニフェストに反映させられた。すべての声を完璧に拾い上げることは難しいものの、こうした手法を洗練させていくことで、これまで取りこぼされてきた有権者の声もより多く反映できるようになると考えている。今回の都知事選ではGitHub上で政策の修正リクエストを行なう仕組みだったが、将来的には有権者がAIあんのと対話し、その内容が政策に反映されていくといった活用方法も模索できるだろう。

仲介者としてのAI

今回の都知事選を通じてさまざまな技術を活用し、多様な人々と対話するなかで、人工知能(AI)が実現しうる未来の可能性を実感している。現時点でChatGPTなどの利用は一問一答形式に限られ、プロンプトの工夫も求められる。しかし、2025年にはAIエージェントが普及し、さまざまなタスクを自律的に遂行するようになるといわれている。そうすれば、コミュニケーションのあり方も大きく変わり、AIが人同士のコミュニケーションを仲介し、円滑化や誤解の防止を助ける役割を担うと考えている。

例えば、Slack上でのやりとりが過激になった際に、AIが口調を和らげるよう調整する場面も増えるかもしれない。特に、政治的な議論など、熱が入りやすい場面ではこのようなAIの介入が効果的なはずだ。また、一人ひとりがAIエージェントをもち、それらがコミュニケーションし続けることで、従来のワン・トゥ・ワンのコミュニケーションの限界を超え、数万人規模のダイアログが可能になるかもしれない。このような存在は「AIエージェント」というより「AIメディエーター」と呼ぶにふさわしいのではないだろうか。

こうした技術は、選挙や民主主義の合意形成にも影響を及ぼす。例えば、議論のファシリテーターとして、論点の整理やデータの裏付けの提供などを行なってくれるかもしれない。「その意見にはデータの裏付けが必要」「その結論には別の観点が不足している」といった議論の補強をAIがサポートする未来も目前に迫っていると感じる。さらに、AIエージェントが個々の意見を集約し、GitHub上で実際に修正をしたり具体的な提案としてまとめることも、遠い未来の話ではない。あるいは、すべての有権者が自身のAIエージェントをもち、候補者のAIエージェントとの対話を通じて、最適な投票先をレコメンドすることも可能になるだろう。

こうした技術が実装されることで、市民の政治参加の濃淡にかかわらず「誰も取り残さない」社会が実現可能になるはずだ。関心が低い人でもSNS投稿が意見として集計され、さらに関与したい人はAIエージェントで深め、積極的に参加したい人はフォーラムで提案が可能となる。こうした取り組みこそがデジタル民主主義の実践といえるだろう。

しかしながら、すべてを一気に変革するのは現実的ではなく、段階的な試行が必要だ。特に政治に関しては、広範囲に影響し、既存システムも強力なため、慎重さが必要となる。既存の仕組みがスタビライザーとして政治の安定を支えている面もある。現状の仕組みと、新しい民主主義の意思決定システムを織り交ぜながら1%ずつ進める必要性を感じている。例えば、政策の承認・非承認を完全にAIに委ねるのは社会的な反発が大きいかもしれないが、「AI議員」が一票をもつかたちで存在するという形式であれば、社会的な受容も得やすいのではないだろうか。デジタル民主主義の歩みは、そのくらいがちょうどいいのだと思う。

安野貴博|TAKAHIRO ANNO
1990年東京都生まれ。AIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学工学部卒業後、ボストン コンサルティング グループを経て、AIスタートアップを2社創業。2024年の東京都知事選に初出馬。約15万票を獲得し、5位を記録。

(Interview with Takahiro Anno, edited by Kotaro Okada)


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