森林と向き合い、合理的に木を使う
札幌からクルマで約1時間(一般道は約1時間半)の距離にある砂川市にて、「森から住まいへ〜 森づくりからものづくりへ」と銘打ったトークイベントが開催された。会場となったのは、コスメティックブランド・SHIROが、創業の地である砂川市に昨年オープンした「みんなの工場」。素材や生産者と向き合い、自然の恵みを最大限に活用したものづくりをする、SHIROのブランドのアイデンティティを凝縮した施設だ。
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イベントは「みんなの工場」のエントランスから始まる。設計を手掛けたアリイイリエアーキテクツの有井淳生・入江可子のふたり、そして「みんなの工場」のプロジェクトマネージャー・高山泉が、建築全体のコンセプトを参加者に解説した。
「棚やベンチはシラカバの間伐材でつくっていますが、通常だったら捨てられる黒い筋や斑点の入った材も含めて使っています」と説明する有井。外壁にも、砂川近郊にある北海道北竜町の間伐材が使用されていた。規格化せずに貼り合わせられており、SHIROのプロダクトに通底する「素材に向き合う」という理念が強く反映されている。
トークの前半では、建築プロジェクト「KANSO」のメンバーである、秋田在住の建築士・佐藤欣裕、ドイツを拠点とする森林環境コンサルタント・池田憲昭の2名によるKANSOのプレゼンテーションが展開された。KANSOは、それぞれ別の企業を立ち上げて活動している佐藤、池田、そしてスイスの建築家で大工のサシャ・シェアが始めた「多様性をシンプルに楽しむ」をテーマに掲げるプロジェクトだ。人間の都合で複雑・多様な自然をコントロールするのではなく、自然環境に合わせて森林を活用し、できる限り自然のマテリアルを使うことを基本としている。
KANSOは廃材なども含めた木材を利用し、接着剤は使わずに独自の積層木材パネルを製造している。パネルの厚みは10cm以上となり、一般的な建築資材よりもかなり分厚い。「わたしたちのプロジェクトではこのパネルを使うので、通常の建築物より3倍程度の木材を使うことになります」と佐藤は言う。しかし、そこには大きな理由がある。
積層木材パネルは断熱性能が高いので、化学生成した断熱材を使わずとも、熱をしっかり遮断できる。また、木材は熱を大きく長く溜め込む蓄熱性能があり、調湿・吸臭にも優れている。そして建築プロセスや解体時に生まれる廃材・端材を活用できるため、試算上はパネルのコストを半額程度に抑えられるという。
「自然に負荷をかけずに、しっかりと機能するものをつくりたい。この木材パネルは、言わば『木の塊』です。多機能で、経済的にも成り立つ。いろんな素材を使わなくても、シンプルだからこそ強く、合理的なものになるのです」と佐藤は思いを述べる。
池田はというと、ドイツの森林官らと日本の森林事業のサポートも行なうなど、長らく森林を軸に両国をつなぐ仕事を重ねてきた人物だ。彼は「これまで、わたしたちの多様さは単純なものに還元されてきました」と話す。「マルクスが人間の活動を『経済活動の生産物』に、ダーウィンが人間の進化を『強いものが生き残る』としたように、林業でも森を『木材培養工場』のように捉えたやり方が普及してきました」
一方で、森を豊かな生態系として捉える思想も支持されつつあるという。19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの森林学者カール・ガイヤーは、「森のなかで作用しているさまざまな力のハーモニーのなかに、生産の秘密がある」と述べている。木材を生産するために森林があるのではなく、森林の豊かな生態系を最大限保全したときに、副次的に木材が得られるにすぎない、ということだ。「すべての木を切り倒す『皆伐』よりも、豊かな森を育むために適切に木を抜き切る『択伐』のほうが、よりシンプルに森林の管理ができます」と池田は言う。
植林・育成・伐採を直線的に行なう畑作的な林業ではなく、絶えず木を抜き切りするサイクルを回して、育成・間伐・更新を同時に行なう。後者は大変なように見えて、必要な作業や手入れはかえってシンプルになると池田は話す。佐藤も「今日、札幌の森を見に行って、それからこの工場を見て、共通点がたくさんあると感じました」と語るように、KANSOとSHIROの思想には通底するものがあるようだ。
「均一」に抗うことで生まれる新しい価値
トークの後半では、SHIROの会長兼ファウンダー/ブランドプロデューサーである今井浩恵が加わり、SHIROとKANSOの哲学が交差する議論が展開された。
今回のトークが実現したのは、今井が旅でドイツ滞在時に池田へアプローチしたことがきっかけだったという。「みんなの工場に協力してくれた北海道の愛別と札幌の木こりのふたりが、ドイツのシュヴァルツヴァルトに行ってすごくよかったと言っていたので、わたしも行きたくなって。でも、山や森林について知ろうとするなら、誰かの説明がないと太刀打ちできない。それで片っ端からネットで検索するうちに池田さんのことを発見して、この人すごい!と思って、ドイツに到着してからSNSで出発直前に連絡してみたのです」と、今井は楽しげに振り返る。
当時、今井は「みんなの工場」建築プロジェクトを経て、建築のプロセスに疑問をもっていたタイミングだった。「SHIROのものづくりは、例えばかごめ昆布の漁師さんや日本酒をつくる杜氏さんたちなど、素材の生産者に会うところから始めています。だけど建築の場合だと、どの木にしますか?とサンプルを見せてもらって、見た目と特徴だけで選ぶ。誰がどんな想いで育て、切った木なのか、そういう話がないことに違和感があって。それで山に行き、木こりに話を訊こうと思ったのです」
そこに佐藤は疑問をもつ。「化粧品って、言ってしまえば工業製品で、『均一の塊』のような印象があります。でも、今井さんはいろんな素材を探求して、その素材づくりに携わる人にも会って、『不均一』なことを継続している。それって一体、どうやって実践しているのですか?」
今井は「すでに世の中にあるような均一なものなら、SHIROがつくる必要はありません」と答える。「例えば『白樺フェイスミスト』という製品は、今日も会場に来てくれている愛別町の木こりの福山寛人さんが、山で切ったシラカバの枝葉を蒸留して、シラカバの樹液を混ぜたもの。木材として使われない部分を活用しています。こういうことこそ、我々がやるべきことだな、と。建築領域でいうと集成材とかグラスウールとか、人の手が見えないものはできるだけ使いたくないのです」
これに対して池田は「今回の日本滞在中に感じたことなのですが」と続ける。「いままでにないものをつくるとか、本当に持続可能なことに取り組んでいくのなら、日本人がいままで抱えてきた『人に迷惑をかけちゃいけない』というモラルのハードルを、ちょっと下げてみるといいのかなと思います。例えば、今井さんが実際にやっている『自分もよく知る人物が切った木を使いたい!』というリクエストは、大工さんにも設計士さんにも、ある意味、迷惑をかけているとは思うのです(笑)。でも、結果的におもしろがってもらえる。最初はストレスでも、カオスな状況を超えると、新しいものが出てきて楽しくなる。いまはそういう、失った何かを取り返しているようなときなのでは、とも思います」
トーク後の交流会には、北海道だけでなく日本各地から専門家・活動家たちが集まり、新たなつながりが育まれていた。森林と建築と化粧品、それぞれのラディカルな実践が交わり、多様な世界を花開かせる──北海道・砂川から自然とものづくりに対する希望を見出すイベントとなった。
(Edit by Erina Anscomb)
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