発想がおかしすぎる。
カシオの人たちは腕時計というものをつくろうとせず「左腕につける計器」をつくっている気がする。いや、もしかして逆なのか。腕時計はもともとそういうもので、わたしがいつのまにか装飾品として見ていただけなのか。
カシオが腕時計ブランド「G-SHOCK」を開発してから30年。安さ、かっこよさ、頑丈さが若者の心をつかんで大ヒットした腕時計はまだ開発が続いている。「あったねえ」「まだあるんだねえ」とか、そんな悠長な話ではない。
「G-SHOCK MUDMASTER(マッドマスター)」(GWG-1000)だ。価格は8万6400円。今年8月から発売中。世紀末でも生き残りそうな外装と仕様は初めて見たとき衝撃を受けた。
名前のマッドは泥のMUD、つまり防塵防泥モデル。基本仕様は6局受信の電波ソーラー、方位・気圧・高度と3つのセンサーを搭載する。繊細な中身と裏腹に、あきれるほどの振動や衝撃にも耐えるという外装は見るほど「MAD」な作り。みなぎるマッドマックス感に、気づけば脊椎反射で「V8!」と叫んでいた。※
いったいカシオで何が起きているのか。商品企画担当の齊藤慎司氏に開発の裏側を聞いてみたところ、G-SHOCK自体の「マッド」な部分が見えてきた。
※V8:映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を見よう!
本人が意識を失っても時計は無事
──開発の経緯から教えてください。
「Master of G(マスターオブG)シリーズ」というのはプロフェッショナル向けのシリーズなんですね。プロの要望をもとに、装飾でなく実用性にフォーカスして設計しようと。もともとデジタル時計の「~~マン」というシリーズが好評だったので、次はアナログ時計でシリーズをつくろうと考え、「~~マスター」が誕生しました。最初が空向けの「GRAVITYMASTER(グラヴィティマスター)」です。
──売れましたか。
はい。ありがたいことに全世界的に受け入れられました。とくに、文字盤をワイドフェイスにしたり、ベゼルの色などに気をつかい、たとえ一瞬でも時間を確認しやすいことにこだわったところが受け入れていただけまして。
──見やすいことってそんなに大事なんですか?
空のプロフェッショナルに聞くと、一瞬しか目が離せない。その一瞬で針がどっちを向いているのかわからないといけないと言うんですね。徹底的に見やすさを重視して、イメージしたのは計器でした。
──計器ですか。
使いやすさを追求したものが、パイロットが求めるものと合致したんですね。それから遠心力にしても、15Gがかかる世界を想定していて。
──15Gってもう想像できないんですけど……。
脳に血が回らなくなり、ブラックアウトしてしまうレベルですね。
──本人もう意識ないじゃないですか。
なので普通は10G想定なんですけど、うちは15Gでも耐えられるようにしようと。さらには耐振動性能。特殊飛行機やヘリコプターではとくに振動が大きい。普通なら振動で針がピーンと取れてしまうのですが、どうにか耐えられるように。
──プロが仕事で使うレベルの性能をさらに超えていったと。で、空のあとに作ったのが海向けの「GULFMASTER(ガルフマスター)」ですね。
はい。海といってもいろいろなシーンがありますが、ガルフマスターは船乗りさんに向けて作っていこうと。そこでフォーカスしたのが気圧です。気圧が大きく下がると天気が変わる。「じきに嵐が来るぞ」と推測できる。2分間おきに気圧を測って、1日のうち大きく気圧が変わるときを観測できるようにしています。
──またもや計器っぽいですが、そのあとに来たのがいよいよ今回の1本、陸用に作られた「MUDMASTER(マッドマスター)」です。
震災があったとき、救助隊によるレスキューシーンを見ながら、こういう人たちに役立つ時計を作りたいと考えました。交通事故や土砂崩れなど、シーンは千差万別ですが、泥や埃にまみれながらも必死に救助に向かっている姿が目に焼き付いていて。
──それで防泥と。「MUDMAN(マッドマン)」との違いは何ですか?
マッドマンは防泥のためにボタンをカバーで覆っていたので、押した感覚が少し鈍かったんですね。でも、救助中、そんなことでイライラしてる場合じゃないだろうと。なので今回はボタンを押しやすく、かつ泥をカバーできる形にしています。
──構造的にはどうなってるんでしょう?
ボタンにピストンのようなパイプを付けて、そこにゴムを2つ付けてパッキン状にしています。これを組み合わせることで泥が入らないようにしたんです。もともと「RANGEMAN(レンジマン)」というモデルに同形のシャフトとボタンがあり、そこにパッキンをつけた。レンジマンをベースにボタン構造のテストをくりかえして完成させました。何度も泥水をかけたり、何度も泥水につけたり……。
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