……意味がわからねえって顔してんな。なら、特別収容プロトコルを見てみろ。
もっとわからねえからよ。
SCP-2790はサイト-54のクラス2深海水生収容水槽に収容され、触れることができないようになっています。現時点では、職員は彼と水中で一緒に遊べるように自由に招待されています。SCP-2790に触れてはならず、常に手で餌を与えなければいけません。
2790との物理的交流は、触れることを除いては全て認可・奨励されます。彼に餌を与えている間はお腹を撫でてあげてください。特にお菓子を与えているときはそうしてください ― 彼はお菓子が大好きです。遊び時間の前後には彼を抱きしめてあげてください。2790と交流することを希望しない職員は、彼と一緒に遊ぶことを強制する必要があります。
SCP-2790を愛し、いっぱい面倒を見てあげなくてはいけません。彼をつついたりチョンチョンしたり抱きしめたりギュッとしたり撫でたり一緒に遊んだりしてあげてください。ただし、触れてはいけません。2790に触れた職員は厳しい処罰を受けます。
SCP-2790は、全体的な財団の士気を向上させるための試験的プログラムの一環として、定期的に他のサイトへ移送する必要があります。彼が遠くへ行っている間、孤独を感じる職員は自分をマッサージしてください。彼らの皮膚は彼と同じように物事を感じるようになっています。
……な? 意味わからねえだろ?
スキンシップを奨励してるのに触れるなってのがわからない? あのな、あとで説明するがコイツはイカだ。水中の生き物だ。人間が水中に生身で入って自由に動けるか? 潜水服とかいるだろ。
まあ、それだけでもないんだがな。
よろしい、続きだ。
コイツが何かっていうとな、異常な特性を持ったオスのウスギヌホウズキイカだ。深海生物の一種だな。
もうわかってると思うが、コイツはミーマチックエフェクトを含んだ認識災害のベクターだ。しかもその範囲と影響力が尋常じゃなくてな、財団も初っ端から曝露しちまってる。
何せ回収経緯からして、
彼は当初、骨董店“Curios of the Worlds / 世界の珍品堂”への手入れが行われた際、“無視しろ”と表示された着色ガラスの水槽の中で孤独と悲しさを感じているところを回収されました。
と来たもんだ。
お前さん、報告書の書き方については知ってるだろ? 「主観的な記述を使わない」「オブジェクトに対する二人称は個体、実体などを使い『彼』などは用いない」これが基本だ。……スワン博士の報告書は主観一辺倒だった? そんなオブジェクトあったっけか……
あっ。
と、とにかく続けるぞ。
これだけ見てもわかるように、コイツの異常な特性は、曝露した対象に、自分のことを「最高の友達」だと思わせる認識災害だ。まあ、どっちかというとペットに近い扱いだが……んなことしてたら記憶処理剤がナンボあっても足りゃあしない。
噂のKeterグマの話は知ってるだろ? ああなるんだよ。
SCP-999? あれはヤツが特別なだけだ。そもそもアレにしたっていつまでも友好的とは限らねえぞ。あのキチクマみたく、知らないところでなんかやってるかもしれないんだからな。
で、概要を見てみるぞ。
SCP-2790は抱きしめたくなるほど愛らしくて、社交的で、おおらかな性格で、ゲームをするのを楽しんでいます。触れることを除き、2790との物理的交流の全ての形式が奨励されています。例として、SCP-2790は突いたり、抱きしめたり、撫でたり、愛撫したりできます。彼は特に抱きしめられるのが大好きです。
余りにも長期間孤独である場合、彼は友達を見つけるために収容を突破しようと試みます。物理的交流を断つのが彼を収容するうえで最適な方法です。ロメロ博士とスリニヴァサン博士は、2790が孤独を感じないように、長期間にわたって彼と皮膚接触を維持するための研究を進めています。
もうこの時点で主観一辺倒だな? つうか、オブジェクトについて可愛らしさとかそういう表現はいらん。どんなもので、どんな特性を持っているのか、最低限それがわかればいい。じゃなきゃ、「~と報告されています」って、曝露者の言動を記録すりゃいい。
……CUTEオブジェクトのことは忘れろ。ありゃ一種の認識災害だ。
で、このイカはアメリカ支部のサイト-53に収容されてるんだが、見てのとおりあちらさんのスタッフがみーんなまとめて曝露しちまってる。コイツのミーマチックエフェクトをまとめるとこんな感じだ。
- 視認もしくは身体的接触により曝露する
- SCP-2790を友達だと思い、非常に好意的に接するようになる
- 加えて、SCP-2790自身に感情があると思い込むようになる
- そして、その皮膚を移植する衝動に駆られる
箇条書きだと単純だが、だからこそ怖ぇよな。
ま、サイト外の財団本部もこれは把握してたから、外からデータベースをハックしてまともな内容に変えようとしたんだ。報告書を見るのはそのサイトの職員だけじゃないからな。
ところが、曝露しちまった連中はそれを自分たちの主観に沿って書き直す。まともな部分とおかしな部分が入り混じってるのはそのせいだ。
最初のプロトコルのところ、「触れるな」ってのは曝露を防ぐために、本部が加えた内容だ。
そんじゃ、補遺を見てみようか。
まずは一つ目。
初期実験(職員のチームがSCP-2790とシフト制で遊んであげる)は、収容違反率を週0回から1日当たり0回まで増加させる結果に終わりました。クローンを作成して各職員がクローン個体を持ち歩く、各職員に彼の皮膚を移植するなど、2790との接触を維持するための他の提案が出されています(提案の完全なリストは文書2790-2参照)。
これ自体はまあ、わからなくもない。コイツは要するに、誰も構ってくれないと影響範囲を広げるんだが……収容違反率を見てみろ。
最初から0回だよ! 1回も起きてねえよ!
こっち側にも
迷惑イナゴとかいるけどよ……。まあ、イカが勝手に水槽から出るわきゃねえわな。でも向こうでは成果が出たって認識にすりかわってるんだ。もっとも異常性を抑制できてないって意味ではもはや収容どころじゃねえし、実際にクラス分けするにしてもKeterだろうな。
2番目いくぞ。
議論の後、SCP-2790の皮膚を全職員に移植する提案が、直接交流せずに2790と接続を持つことができる能力と、彼の皮膚の滑らかさ・柔らかさ・愛らしさ故に承認されました。ロメロ次席研究員は、2790と一緒にふざけて遊んだ後、皮膚サンプルを回収しました。サイト-54の全バイオテクノロジーラボは、ロメロのサンプルからキュートな皮膚のクローン培養を成長させるように指示されています。
提案が出る時点でおかしいってのはお前さんでもわかるな?
そしてそれが承認された理由もおかしいよな?
コイツの皮膚は、培養されたものであれ、移植されたものであれ、本体との接続を維持するって特性があるらしいんだが……せめてDクラスを使えよ。連中なら使い潰してもいいってわけじゃねえが、3レベルより上の研究員は本当に貴重なんだからよ……。
3番目と4番目だ。
██/3/14現在、189名の職員が移植テストに志願しています。72名は健康上の理由で拒否されなければなりませんでしたが、127名が手の醜く硬化した肌を2790の完璧でしなやかな肌に置き換えることで初期の移植辺を試験するために選ばれました。
██/4/25現在、移植手順のために十分しなやかな皮膚が培養されています。全ての移植手術は合併症を伴うことなくスムーズに進行しました。被験者は完璧な皮膚の拒絶を最小限にするために免疫抑制薬を与えられています。
曝露から段階が進むと、自分の肌を醜いと感じるようになり、逆にSCP-2790の皮膚を良いものだと考えるミーム汚染が発生する。
そしてここにも情報の混乱だ。志願した職員は189人、拒否されたのは72人、移植したのは127人。
127+72=199。おい、余剰の10人はどこから出てきた?
そして5番目、ここにもツッコミどころ満載だ。
██/8/03現在、移植手順から合併症を受けている者は僅かに87%で、症状は比較的軽微です。具体的には、2790のゴージャスな皮膚への原因不明の拒絶反応と、移植後の感染症が起こっています。全職員の70%は移植部位とその周辺における組織壊死の発症を報告しており、彼らの身体が本来の皮膚の不完全性を認識して、2790の皮膚のためにそれらを除去していることを示唆しています。さらに、2790とサイトの士気は劇的に上昇しています。彼の収容違反率も1日当たり0件から0件まで低下しました。予備試験の強い成功率を鑑み、多くの皮膚が生成されるとともに、全職員が移植手順を受ける準備をしています。
8割7分のどこが「僅か」だよ! ほぼ全滅だよ!
原因不明も何も、生物学的に全く違う生き物の組織を移植したんだから、そりゃ拒絶反応も出るだろ。
で、収容違反率は相変わらず0件から0件のまま、これも書き直されてる。向こうさんの主観では収容違反率が下がったってことになるんだろうが、もうわかるよな?
でもって、補遺はこれでラストだ。
██/10/21現在、サイト-54の全職員は彼らの手に移植手順を受けています。2790の収容違反率は過去に前例のない1日当たり0件まで低下しており、彼の士気も劇的に上昇しています。全職員は、SCP-2790の皮膚で全身を撫でることによって彼により近く、より接続されているように感じると報告しています。さらに違反率を低減させるために、全職員のざらざらした怪物的な肌を2790のゴージャスな肌に完全に置換する計画が進行中です。
収容違反率についてはもうツッコまねえぞ。で、ミーム汚染がどんどん深刻化してるのはわかるな? 表現を見ればわかると思うが、持ち上げ方がどんどんエスカレートしている。この調子だと、そのうち全ての職員があのイカのクローン皮膚で全身を置き換えちまうぞ。
まあ、こんなわけなんだが、当然財団だってこんな大規模収容違反を放置しちゃいない。
現在のところ、サイト-54は隔離状態でアクセス不能になっている。コイツの報告書のページは向こう側からロックされててこの内容から編集できないんだが、それを逆手にとって、情報災害・認識災害・ミーム災害のスクリーニング処理の重要性を証明する資料の一つとして扱われている。
わかるな? もし、“柳煤”みたいな対ミーム予防措置や、スクリーニング処理を行わなかったら、この報告書……サイト-54みたいな大惨事になっちまうわけだ。
SCPオブジェクトの持つ力ってのは基本、人間を超えてる。特に精神に働きかけてくるタイプは、ハッキリ言うが個人じゃ絶対に抵抗できない。日本支部だけに絞っても、040-JP、209-JP、820-JP、755-JP……その一つでも、個人で対抗できた事例があるか? ないな?
こういう厄介ものを一般社会から確保し、収容し、保護するのが、俺たちSCP財団の仕事ってわけだ。
んじゃ、閉じるぞ。