「manufactroversy=でっち上げられた論争(エア論争)」
本ブログでは医療・医学に関するデマを取り扱っています。以下のようなものです。
これらの記事で取り上げている話題は、専門家の間で論争になるようなことではありません。むしろ、「は?なにそれww」と一笑に付されるようなものでしょう*1。しかし、ネット上やテレビ、雑誌などのメディアで、あたかも「賛否両論」であるかのように取り上げられることがあります。それによって、専門家から見れば突拍子もないような「幻の争点」が、社会的(時には政治的)に力を持つことになります。
英語には、こういった現象を表す言葉があります。
「Manufactured controversy 」 省略して、「Manufactroversy」
"Manufactured controversy"は、直訳すると「でっちあげられた論争」です。もうちょっとこなれた表現で、「エア論争」くらいでどうかなと思います。
The Skeptic's dictionary(懐疑主義の辞典)の解説を引用します。
manufactroversy はデマの一種で、大衆を混乱させる目的で論争をでっちあげることである。 manufactroversy は、議論になっていないような論点について、重大な異論が存在していると見せかけようとする。典型的な例は、「喫煙は肺がんの原因にならない」という意見を広めようとするタバコ業界のロビー活動など。
原文
A manufactroversy is a type of disinformation in which one manufactures a controversy to confuse the public. A manufactroversy tries to make an issue that is not in dispute appear to be one over which there is significant disagreement. Classic examples include: The Tobacco Lobby's campaign to spread the notion that cigarette smoking does not cause lung cancermanufactroversy, the skeptics dictionaryより、うさじま訳
他の例として、以下のようなものが挙げられています。
- 進化論に対して、ID説(インテリジェント・デザイン説/「知性ある何か」によって生命や宇宙の精妙なシステムが設計されたとする説。)も教えろとするキャンペーン
- ホロコースト否定キャンペーン
- AIDSの原因はHIVではないキャンペーン
- 地球温暖化否定論者によるキャンペーン
- アポロは月へ行っていないキャンペーン
- ワクチンが自閉症の原因であるとするキャンペーン
- ホメオパシーなどの代替医療がプラセボ以上に効果があると見せかけるキャンペーン
これらのキャンペーンは、日本にも輸入されていますので、きいたことがある方も多いのではないでしょうか。「ニセ科学」の例として取り上げられているものもあります。記事によれば、修辞学教授のLeah Ceccarelli氏いわく、 これらの主張を行う人々の動機は、「金銭的な利得か、極端な思想」だそうです。そして、実際には論争になっていない「問題点」について、大衆の混乱を意図的に引き起こすのです。彼らは陰謀論や、「科学の神聖なる教義に挑戦したために迫害されいてる」という主張を好みます。「エア論争」クリエーターには、医師や学者などの肩書を持つ人が少なくありません。架空の論争をでっち上げるにはこれらの肩書は非常に有効でしょう。記事中の、懐疑主義者の医師、Dr. Harriet Hallの文章を引用します。
(反ワクチンの『エア論争』を)創りだすのは、ダメな科学(junk science)、不誠実な研究者、職業上の非行、完全な詐欺、虚偽、故意に歪めて伝えること、不適切*2な報道、嘆かわしい広報、お粗末な判断、医学のすべてより自分たちが賢いと考える有名人、そして、少数の無分別な独自路線の医師である。
原文
created by junk science, dishonest researchers, professional misconduct, outright fraud, lies, misrepresentations, irresponsible reporting, unfortunate media publicity, poor judgment, celebrities who think they are wiser than the whole of medical science, and a few maverick doctors who ought to know better.manufactroversy, the skeptics dictionaryより、うさじま訳
日本で最近話題になっている例といえば、「がんは放置していい」だとか「輸血は不要」だとかがありますね。ワクチン危険論は色々と、根強くあります。
「エア論争」を作り出す人々に加えて、世間に拡散する人々もいます。Skeptic's dictionary の記事では、「科学に疎いジャーナリストが、まともな専門家に話を聞かずに、「エア論争」クリエーター(反ワクチン論者など)を専門家のように取り上げて、その主張を拡めるのに一役買っている」と指摘しています。日本でもこれはよくあることです。また、政治家が絡んでくるとさらにやっかいです。政治家は、現実の世の中を動かす力(自分の意見を政策に反映させる力)を持っています。つまり実行力があります。パワフルな実行力を持つ人が、間違った信念に基づいて行動することで、社会ぐるみで見当違いな努力がなされることになります。もちろん、税金を使って…。「エア論争」キャンペーンに身を投じるジャーナリストや政治家たちの中には、利得のためだけでなく、ある種のヒロイズムに酔っている人もいるようです。「科学」や「医学」という権威に立ち向かい、真実を暴き、大衆を良き方向に導くというような…(もちろん、『エア論争』の拡散自体にも利得はあります。例えばデトックスやサプリの販売に気軽に利用できます。また、人を脅かすような情報は「よく売れ」ます。最近では「炎上商法」と呼ばれる、論争そのものでアクセスを集めるやり方もあります)。
「エア論争」は、一度社会に広まってしまうとなかなか消えません。「エア論争」のキャンペーンでは、「『言論の自由』や『学問の自由』、『懐疑主義』といった、科学や民主主義にとって重要な概念を巧みに利用する」、とskeptic's dictionaryの記事にあります。たしかにこのフレーズが出てくると安易に切って捨ててはいけないような気がしてしまいます。しかし実際には「特に根拠を示さなかったり、事実誤認/曲解を元になされている主張」であり、「主張するならまずお前が証拠を示せ」と毅然とした態度を取るべきでしょう。どんなに誠実に「論争」に応じても、彼らは決して自分たちの主張を引っ込めたり、誤りを認めることはありません。彼らにとって、真実はどうでもよいからです。彼らの望みは問題の解決ではなく、「論争」そのもの、そしてその「論争」を利用して自分たちの考えを拡めることなのです。
「ニセ科学」の問題と同様、白黒はっきり付けられないグレーな問題はもちろんあります。「エア論争」の主張の中に虚と実が巧妙に入り乱れている場合もあります。また、「かつては確かにそういった論争があったが、研究により結論がでて解決済み」なこともあります。ですから、厳密な線引きは困難でしょう。しかし、ねじ曲げられた根拠やデマに基づく「どう見てもエア」な論争に付き合うのは無駄です。それどころか、「エア論争」の存在によって、当事者が本当に困っていることや、問題の真の原因から目をそむけることになれば、問題解決からは遠のくばかりです。「エア論争」を真に受けて「エア問提議」することで存在感を示した気になる政治家やジャーナリストは、社会にとって害になるといえます。
輸血の例で言えば、「患者が○○な状態の時に、輸血をしたほうが助かる率が高いのか?」というような医学的な論争はあっても、「輸血自体が不要である」という論争はありません。感染リスク等があるので輸血はしないほうがいいに決まってますが、輸血しなきゃ死ぬ場合はしなきゃしょうがないわけです。こういう細かい(条件を限定した)議論と大きい議論の混乱、「しないほうがいい」と「絶対にするべきでない」の混同なんかは「エア議論」のトリックにありがちです。ここで「輸血不要論」を真に受けて「今まで騙されてた!よし今までやってたけどもう献血やめよう!」だとか「輸血は怖いから絶対にイヤです!」、ひいては「輸血を今すぐ禁止しろ」という人が出ると社会の損失につながります。
既存の科学や医学の常識に疑問を持つのは悪いことではないでしょう。しかし、基礎知識のないままに、「自分の頭で考え」ようとすると、「エア論争」に取り込まれてしまうことがあります。「エア論争」クリエイターたちが、そのように誘導しているからです。「科学や医学が権威としてふるまっていて、自分たちはそれに対抗するレジスタンスである」、といった気持ちのいいストーリーを構築しているのです。実際には、(捏造や曲解やデータのつまみ食いをせず)事実ベースできちんとした証拠を提示すれば、「エア論争」はまともな「議論」として、専門家により吟味されるでしょう。
「エア論争」について、専門家は、黙殺することも少なくありません。相手が説得に応じる見込みが少ないですし、あまりにも突拍子がないために逆に反論しづらかったり、無理ないいがかりでもきちんと反証しようとすると膨大な手間がかかります。また、炎上商法の片棒を担ぐはめになるのを避けたいということもあるでしょう。しかし、「エア論争」が見当違いで無意味なものであるということについては、やはり専門家に指摘していただくしかないのではないかと思います。今はSNS等で直接発信できますから、不毛な対決や「なんちゃって両論併記」にならない形で、反論することもできるのではないでしょうか。ただ、「エア論争」を商売でやっている人や、信者化してしまっている人からの嫌がらせ等が予想されるのが辛いところですが…。専門家個人というより、学会などの団体として毅然とした反論を示すことも有効ではないでしょうか。
わたしたち一般市民にできることと言うと、煽りメディアや炎上商法に「乗らない」ことでしょうか。自分が当事者であるばあいには、難しいかもしれませんが。「エア論争」クリエイターが一定数出てくるのはある意味防ぎようがないことにも思えます。こういうデタラメを拡めるかどうか、メディアの果たす役割は非常に大きいと思います。そういう情報発信は要りません、と意思表示していくこと…これも難しいですが、マスメディアを「育てる」しかないのかもしれません。