ニセ科学が日本の医療を食い散らす日(追記アリ


前回エントリに批判的なブクマコメをいただきましたにゃ。

id:NaokiTakahashi
いや批判対象は貴方の記述そのものでは?/運動生理学の博士が脳神経科学のトンデモを書く時代。実際にだまされちゃう素人に有効な、何を信じればいいのか、という情報が今の疑似科学批判には欠けてるような。


時系列からしても僕の記事が批判対象になったというのは考えにくいのですけれどにゃー。まあ、NaokiTakahashiというヒトはここしばらくの僕のエントリに、「効果的なのは疑似科学批判ではなく、悪徳商法についての知識じゃね」という立場で、批判的なスタンスでブクマをしていますにゃ。
にゃるほど、この批判に対しては応答する価値があるだろ。


まず、代替医療ビジネスについては、以前ノンステロイド詐欺でアトピービジネス跳梁跋扈 - 地下生活者の手遊びアトピービジネスの典型的ケースを検討していますにゃ。コメント欄も有用だよ。
ニセ科学批判者、特に代替医療ビジネスを批判する者は、ビジネスモデルに踏み込んで批判していることも多いと観察しておりますにゃ。悪徳商法ニセ科学が一体化したものがこのあたりのビジネスにゃんからねえ。
つまり、それぞれのニセ科学批判者ごとに力点は異なるだろうけれど、代替医療ビジネスのビジネスモデルについても批判的に検討しているニセ科学批判者はけっこういるのだということは注意してほしいところですにゃ。「ニセ科学批判は効果のない自己満足で無駄だ論」は、こうした事実を踏まえてにゃーんだよね。

医療について何を信じればいいのか

さて、ニセ科学全般について「何を信じればいいのか」という疑問に答える能力は僕にはありませんにゃ。しかし、医療についてはある指針をもって答えられますにゃ。

  • 公的保険適用をされた医療は基本的に信用できる

ということですにゃ。公的保険が適用されにゃー医療は、
1)効果があるという科学的根拠がない
2)科学的根拠はありそうだが、保険適用がなされていない
のどちらかということになりますにゃ。どちらにしろ、ハイコストですにゃ。1)の場合はハイコスト・ノーリターン*1、2)の場合は、ハイコスト・リターン不明*2、ということが多いでしょうにゃ。


なににしろ、公的保険適用をされた医療は、何段階もの試験を経て、効果があると公的にお墨付きをえたものなのですにゃ。
ここで、医療に関する莫大な利権がどうとかいう陰謀論を考慮するのはもっともといえばもっともなんだけど、製薬会社や官僚は信じないけど、代替医療ビジネスは信じる、というのは合理性がまったくにゃーよな。

医療の信頼性が脅かされている

公的保険を適用された医療をうけるためには、保険医にかかればいいわけですにゃ。で、保険医というのはほとんどの医者のこと。とりあえず保険証をつかって医者にかかればよいという、アタリマエすぎて石を投げられそうなお話ですにゃ。まあ、やぶ医者ってのもいることはわかるけど、代替医療だの祈祷だのよりはマシなことは多いと思うにゃ*3
ところが、日本における医療の信頼性というのがここのところ脅かされているのではにゃーかと思われますにゃ。その要因はさまざまだろうけれど、ここでは医療への市場原理の導入・混合診療を取り上げてみますにゃー。
いやね、
これは単に医療従事者に問題解決能力がないってことなんじゃね? - I 慣性という名の惰性 Iを読んで、こんな妄言が受け入れられては困るとも思ったんでにゃ。

混合診療とは何か

現在の日本の公的医療保険制度においては、原則的に保険適用が認められた療法のみを使うこととされ、保険適用外の療法との併用は認められていませんにゃ*4。つまり、保険適用がされてにゃー療法を使う場合は、通常は保険適用をされている療法までもが保険適用をはずされ、すべての療法について保険は適用されずに全額自己負担となるのですにゃ。
混合診療とは、保険適用外の療法は自己負担でうけつつ、通常の療法を保険を使って受けることができるというものですにゃ。なんか一見すると合理的だろ?
ところがこれが大問題。
こんなものを認めると、医療においても格差が開くだけでなく、医療の信頼性までがぐずぐずになり、さらにコストもかかり、儲かるのは悪徳医者と代替医療ビジネスと保険屋だけだと考えますにゃ。
では、その理路を以下に示しますにゃー。

情報の非対称性


情報の非対称性[経済理論]
ある経済主体(A)の有する情報が他の経済主体(B)の情報より質・量ともに優れた情報を有しているという関係がある場合、AとBの間に情報の非対称性が存在するという。情報の非対称性の存在は、市場メカニズムの機能を阻害し、非効率的な資源配分を実現することが問題となる。具体的には、逆選択モラルハザードという問題が発生することとなる。情報の非対称性が存在する状況を対象とする経済学は「情報の経済学」とも呼ばれている。


現代用語の基礎知識より


ウィキペディアを参照すると、具体的には中古車市場のことに触れられていますにゃ。「買い手が欠点のある商品とそうでないものを区別しづらい中古車市場では、良質の商品であっても他の商品と同じ低い平均価値をつけられてしまうことになる傾向がある」ということのようですにゃ。


さて、医療というのはこの【情報の非対称性】が非常にでかい分野であるといえますにゃ。医療に市場主義を導入したとしても、患者にはどの医療が良質なのか、コストパフォーマンスがよいのか、の判断をすることはできにゃーですね。はっきりいって、どの療法が効果的か、というのは臨床医でも精確な判断をすることはムツカシイのではにゃーかな。ダブル・ブラインドテストとか統計的に適正な処理をすることが必須になりますにゃ。
しかも
医療というのは中古車市場とちがって、誰であっても半ば強制的に潜在的な顧客とならざるをえにゃーよね。「新車しか買わない」「自転車に乗る」といった選択肢をとって中古車に乗らにゃーことはできるけど、ケガや病気を完全に避けえるヒトはいにゃーわけだ。いったんケガや病気をしたら、医療を受けるしかにゃー。
つまり

  • 医療とは、情報の非対称性が非常に大きく、しかもそれを避けることはできない公共性の高い分野

ということになりますにゃ。
そして、情報の非対称性がある場合には、「市場メカニズムの機能を阻害し、非効率的な資源配分を実現することが問題となる」ことは明らかになっているわけですにゃ。これだけで、医療への市場主義の導入はダウトだよね。
しかも、だ
先ほど述べたとおり、いったんケガや病気をしたら医療を受けざるをえず、しかもケガや病気を完全に避けることは不可能。強制的に情報に極端に偏りのあるこのゲームに参加せざるをえにゃーわけだ。患者側は極端に情報が不足しているうえに、どうしても医療を受けざるをえにゃーんだよ。強制的に医療を受けざるをえにゃーけど、自分の受けた医療の品質と経済性を評価することができにゃーんだよ。
これほどおいしいエサがほかにあるかい?


何が起こるのかは誰だってわかるはずの話なのだにゃ。
品質と経済性が評価されにゃーということは、ウソ・誤魔化しと宣伝力だけがものをいう世界となるということだにゃ。たぶん、良心的な医師よりも悪徳医者のほうが不当なカネ儲けと宣伝に長けるということになるでしょうにゃ。まさしく「悪貨が良貨を駆逐する」ということになりかねにゃー。


だから、情報の非対称性が大きく、しかも公共性の高い医療のような分野においては、公権力による統制が必須となりますにゃ*5。効果的な医療の範囲を具体的に定め、その範囲内で医療を行い、そこからはずれたら公的保険を適用しない、という方法が医療の信頼性を保つために実に効果的であるといえるのですにゃ。

混合診療がなぜダメか

「医療の自由化がダメだというのはわかった。でも、混合診療はいいんじゃね?」
という声が聞こえてくるようですにゃ。反論しておく。
これは、自分が開業医で、とにかくカネが欲しい、患者なんてどうでもいい、という前提にたった場合、混合診療が認められにゃー場合と認められた場合を脳内シミュレートしてみればいいのだにゃ。


そもそも、混合診療というのは保険適用がされてにゃー医療と保険適用の医療が併用できるということであり、保険適用外の医療というのは、おまじないのレベルから最先端の医療までいくらでもあるわけだにゃ。一見、まともな医療っぽいけどほとんどトンデモのものだっていくらでもあるよにゃ。極端な話、その辺の雑草をとってきて煎じて高額でうりつけることだって可能。
つまり
公的保険を適用された医療で患者を実際には治療しつつ、怪しげなサプリやら健康器具を高額で売りつけるというウハウハ商売ができるわけにゃんね。医者にサプリや健康器具を奨められたらことわりにくいぞー。


いや、雑草を煎じて高く売るのならまだマシかもしれにゃーぜ。雑草だったらたいていは毒にも薬にもならにゃーからな。医者っていうのもけっこうトンデモが多い人種ですにゃ。効果が見込めないならまだしも、有害な療法を大まじめにやる連中だって涌いて出てくることも目に見えているよにゃ。


混合診療が認められたら、無効な、あるいは有害な療法と保険適用された適正な療法との併用がいっきょに増えると考えられますにゃ。無効、あるいは有害な療法でカネをむしられたヒトはもちろん気の毒だけれど、そうしたヒトタチが結局は保険適用されたまっとうな医療に頼ってきた場合、往々にして悪化しているわけだから、医療資源が余計にかかることになりますよにゃ。


つまり、混合診療を全面解禁したら、実質的には自由化と同じことなのですにゃ。
それどころか、公的保険という資源を浪費することが見込まれるという意味では、自由化よりもむごいといえるかもしれませんにゃ。
まともな医者ばかりだったと仮定しても、経済力で受けられる治療に大きな差がでるでしょうにゃ。しかし、たぶん、それよりも代替医療で儲けるほうがはるかに楽なので、そちらに流れる医者が増え、医療資源を浪費しながら福祉レベルは上がらない、という事態になると考えられますにゃ。良心的な医者は淘汰され、カネ儲けと宣伝のうまい連中が跳梁跋扈ね。


言い方を換えてみますにゃ。
混合診療を原則的に認めないという方針が、ニセ科学代替医療が医療現場にはいってくることを防ぐ効果的な防波堤になっているということなのだにゃ。混合診療を全面解禁したら、知識がなくて騙された患者だけでなく、公的な資源がニセ科学代替医療に食い散らかされることになるでしょうにゃ。

儲かるのは誰か

メリケンでは医療訴訟がすぐにおき、その賠償額も高額なので、正規の医者があまり目茶苦茶な治療でぼったくることはしにくいと考えられますにゃ。

ここで儲かっているのは民間の保険屋なんだよにゃ。医者はそれぞれ高額の保険にはいらにゃーと治療行為なんてしてられにゃーそうだ。
それに、混合診療を全面解禁した場合、それに対応する医療保険が販売されることも目に見えるようですにゃ。間違いなく保険屋はウハウハ。そもそも、国民皆保険があり、高額医療費の還付制度がある日本では、医療保険のニーズはそんなに高くにゃーんだよな。混合診療を全面解禁したら、民間の医療保険を払える層と払えにゃー層に確実に格差がでるってのも確実にゃんね。
というわけで、

とになるという理路の説明でしたにゃ。これらが、公的資源と患者の健康・生命とまっとうな医療ビジネスを食い物にしながら既得権益グループをつくり、政治に影響をおよぼし、弱者と正直者を徹底的にしぼりつくすことになるでしょうにゃ。
この社会では、まともな医療をどこで受けられるのかが情報弱者にはわからなくなってしまうのですにゃ。


混合診療を解禁するように動いた規制改革会議のトップは、保険屋のオリックス宮内だったよにゃ。また君か!ってところにゃんねえ。泥棒に金庫番をさせるようなものにゃんな。

おわりに

かるーく煽り気味に書いてはいるけど、混合診療が全面解禁されたら以上のようなことは起こるとマジに考えていますにゃ。
また
保険外の医療を使うと保険適用をしないよ、という現制度は保険医療の質を保つあるいは向上させる圧力になるわけにゃんな。ところが混合診療を解禁してしまったら、全国民が平等に受けることのできる医療の質を担保する国家の責任が大幅に減ることになるにゃ。
実際に、保険診療のレベルも下がることになるでしょうにゃ。


医療のように情報の非対称性が大きく、しかも公共性の強い分野においては、公権力に責任を持たせて規制させ、それを監視していくというのがとりあえず現実的な方法ではにゃーかと考えますにゃ。混合診療を全面解禁しちゃいかん。


まあ、混合診療を解禁しなくたって医療崩壊はおこる(おこっている)けれども、混合診療全面解禁と医療崩壊が同時におこったら、医療の信頼性もふっとぶことになるでしょうにゃ。
先進国中最低レベルの医療費で、WHOの健康達成度総合評価が日本は1位である、つまり圧倒的にコストパフォーマンスのよい、諸外国から垂涎のまとである医療制度を、なんだってニセ科学、悪徳医者、保険屋に食い散らかされなくてはならにゃーのか?
いろいろともう遅いとは思うけど、せめて市場化・混合診療全面解禁は阻止しにゃーと。

資料

混合診療について考えるにあたり有益と思われるリンクを張りますにゃ

ある程度包括的にかつ簡潔にまとめられている。

日本の医療費は先進国最低レベルであり、さらにそこから削ろうとしていることがよくわかる。

混合診療解禁に賛成する良心的な医師もいるが、それはなぜかを説明している。


それぞれのエントリにリンクあるいはトラバされている記事も有用なものが多いので、オススメしますにゃー。

追記 3/5 12:25ごろ

続編エントリである必要とされる混合診療はすでにある - 地下生活者の手遊びと併せてご覧いただきたく存じますにゃー

*1:あるいはマイナスリターン

*2:ハイリターンもありえる

*3:少なくとも文明世界ではね。ある特定の状況では呪術って有効みたいだけど

*4:先進医療だの選定療養だの、例外はいろいろあるけれど、とりあえず原則のみ

*5:つまり、卵を護る壁