八椿/プリンスの油冷 : 中華料理 八椿

先日ファミリーセールで買って裾上げをお願いしていたズボンが正午を30分ほど過ぎて届き、やっと自由になった。
意を決し、サファイヤガラスの風防が割れたまま抽斗の中で眠らせていたスイスの超高級腕時計を引っ張り出して、鞄に仕舞って部屋を飛び出す。
何故修理を躊躇っていたかというと、二度あることは三度あるという言葉のとおり、これまで2度同じ修理をして都度数万円の修理費用が掛けたが、今回ふたたび修理したところで、当然また同じ結果が待っているのは自明の理であろうと思っていたから

<2024.12.21>

先ずはご飯。
王子駅のガードをくぐってあたりを見回すと、100%量産型大陸中華だったお店の看板がすり替わっていて、同じく中華料理店のようだが、どう見ても日本的な屋号にしか読みとれない。
例に依って一旦通り過ぎたものの、ここから先はもう長い坂道を上って北区役所の横のそば屋に行くことしかイメイジ出来ず、その坂を上るとき、ため息はついたとしても、後ろだけは決して振り返ってはいけない、その自信がだけが今日は湧いてこず、踵を返した

「八椿」

降旗康男監督、「寒椿」に似た屋号に惹かれての入店であったが、当然のことながら南野陽子さんの姿は無く、逆に明らかに池中玄太80キロ［注］どころぢゃない !　巨漢の店主に出迎えられて、端っから圧倒されてしまう。
店内は、前のお店はこんなだったろうか ?
もう覚えていないが、完全にネイティヴな日本語を話す店主に対し(その部分は期待通りだったけどね)、町中華にしては些か、町の洋食屋さん的雰囲気かな ……

注 )：まったくの余談ながら降旗監督「寒椿」主演の西田敏行さんの恰好良さといったら、もう尋常ではなかった。主演に高倉健さんを多用していた降旗監督のこと、西田敏行さんがそれに拮抗する恰好良さを持っていると絶対に熟知してのことだと私は思っていて、だからこそ降旗監督は凄い !

「中華そばと餃子ください」
「かしこまりました」

意外にも非常に丁寧な受答えの店主。
この時点で着目しなければならないことは、お分かりであろうか ?　そう。中華そばと名付けられたラーメンの“奇の衒い”ということに他ならないが、そもそもラーメンというカテゴリーは“形”(かた)というものがとことんまで破壊され尽くされて久しい業界なので、やってみる前から過剰に警戒しても仕方がなかろう。
それよりも !　何気なく餃子を注文してしまってからお店の壁におすすめとして“背脂入り餃子”ってゆ～のを見つけてしまったときには恐怖すら覚えたが ! (笑)、単価も異なるようなので、それは私が注文したのとは別物だろうと必至に自分を励ます(禿げ増す)ボク

“中華そば” @600
“手作り餃子” @400

先ず餃子から今日されるのは、これは致し方なかろう。
皮の合わせ目がつるりとスムースだった為、水冷かと思ってしまったが、裏を返したら規則正しくきめ細やかな冷却フィンがちゃんと切れていて !
―― 分かった !　この餃子、水冷でも空冷でもなく、油冷だよ !［注］　初めてみたわ !
味はふつうにおいしいが、町中華として圧倒的とまでは言えなかった。何か独特なフレイヴァを感じて、種明かしをされたらやっぱりこれか !　と納得させられるものだと思うが、私にはちょっとこの場で出てこない

注)：エンヂンを水で冷却しても、その水は結局空気で冷やすのだから水冷式は非効率。とは本田宗一郎の言葉だが、その後の技術革新に依りコンパクト化に成功した水冷エンヂンは、重量面でも空冷エンヂンを一気に駆逐していくことになる。油冷とは、その過渡的状況の中でスズキが生み出した変態技術のこと

おっかけラーメンどんぶりが舞い降りた !
第一印象は、つゆ少な !　そのつゆは十分にblackであったが、濁っているのが玉に瑕(きず)。ナルトが蒲鉾で代替されていることもちょっと不服であったが、気をとり直して麺を啜っていった。瞬間 !　つゆから先にやるのを忘れたことに気付き、これは怒られる !　と焦ったが、運良くご主人は兵庫県議会百条委員会の行方に目が離せないようで、スマホに夢中だった為、気付かれずに済んで九死に一生を得る。
これは麺からだろうか、こちらも独特のバターのような脂のフレイヴァを纏っており、所謂町中華の醤油ラーメンのtheoryからはちょっと外れてはいるとは思うが、完全大陸中華の浸食を食い止めるという意味でも、こういったお店には、ぜひ今後とも頑張っていただきたいと願わずにはいられない

その後割れた時計を懐中に、銀座通り沿いに聳えるbuildingのサービス窓口を訪ね、修理をお願いする。
受付嬢から他に何か問題は無いかと尋ねられたので、他には問題は無いが、自覚もないほど僅かな衝撃でも簡単に割れてしまって都度高額な修理費用を生じさせるこのdesignに問題を感じている旨、何の責任もない若い女の子にグチをぶってしまって、微かな自己嫌悪を引き摺りつつ地上に下りた