ノネコだと思った-。今年3月、猫を殺したとして動物愛護法違反容疑で広島県警に逮捕された大学院生の男は、調べにこう供述した。猫を惨殺した上に解体して肉を食べる様子を動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」に公開した猟奇的な動物虐待事件。男は野生化したノネコであれば「法的に許される」という趣旨の周到な言い逃れまで用意していた。無残に殺されたかわいそうな猫は駆除の対象ともなるノネコなのか、それとも愛護すべき野良猫なのか。
広島県呉市の山中でくくり罠にかかった猫の頭をバールで殴って足で踏みつけ、猫の腹に容赦なく刃物を突き立てる。あろうことか残虐なシーンを別角度から捉えた映像まで用意。男は死骸をさばいて調理し自ら口にするまでの一部始終を公開していた。
動画は33分37秒。男が2月11日、投稿サイトの自身のアカウントに動画を投稿すると、約1カ月で35万回以上再生された。現在は非公開となっている。
この動画について警察への情報提供があり、広島県警広署は3月22日、同市の大学院生の男=逮捕当時(24)=を動物愛護法違反容疑で逮捕した。男は署の調べに「猫を殺したことは間違いない」と事実関係を認める一方、「愛護動物ではないノネコだと思った」と容疑を一部否認した。その後、広島地検は男を処分保留で釈放。現在、任意で捜査が続いている。
野生化したノネコは駆除対象
この事件を受け埼玉県と東京都の団体が4月、男への厳罰を求めて同署に告発状を提出した。告発人の1人で一般社団法人「ねこかつ」(埼玉県)の梅田達也代表理事(50)は「動画の一部を閲覧したが、被害にあった猫が人に慣れているのは一目瞭然。犯人は法律を分かったうえで(供述は)噓をついている。放置できない」と憤る。
告発状では、殺された猫は、体形から食べものに困っているとは考えにくく体毛や肉球もきれいだったとし、見知らぬ男に対しても威嚇しておらず、人から餌を与えられていた可能性があると指摘。その上で「被害猫は狩猟鳥獣ではなく愛護動物である。動画の再生数を増やす利欲的な目的で不必要に虐殺されることが法律上許されるはずがない」と非難した。
事件をめぐって波紋を呼んでいるのが「ノネコ」とする男の主張だ。愛護動物の猫は殺してはいけないが、ノネコならば合法だとする男の理屈とは何か。
環境省によると、ノネコとは野生化した猫のことを指す。ノネコも野良猫も生物学上、同じ種のイエネコに属するが、愛護動物である野良猫と区別され、その違いは人間の生活圏への依存が全くなく山野で野生生物を捕食し、生息していることが基準とされる。
鳥獣保護管理法には狩猟に関する定めがあり、狩猟してよい動物を環境省令で規定している。ノネコは、熊やイノシシなどと並び希少鳥獣以外の鳥獣である「狩猟鳥獣」と定義され、肉や毛皮を利用する目的で捕獲、殺傷することが認められている。野生化したノイヌも同様の扱いとなる。
一方、動物愛護法では、猫は愛護動物とされ、みだりに殺したり、傷つけたりした場合、5年以下の懲役または500万円以下の罰金に処すると規定。野良猫であればこの愛護動物にあたるのだという。
男は、鳥獣保護管理法上の狩猟鳥獣たるノネコを殺したのであって動物愛護法上の野良猫を殺したのではない-と主張しているわけだ。
「狩猟鳥獣からノネコとノイヌ削除を」
ではノネコと、野良猫はどう見極めればいいのか。環境省の担当者は「首輪やマイクロチップなどの人工物が確認できれば人間の関与が分かるが、見た目だけではわかりづらい」と説明し、鳥獣の捕獲にあたっては「捕獲者の責任で事前に現場での周知やモニタリングなどの対応をしてもらう必要がある」と話す。
実際、人間の関与の度合いは一見してわからない。野良猫や飼い猫が山の中にいることもあるし、ノネコが人間の出したゴミをあさることもあろう。ノネコか野良猫か放し飼いの飼い猫かを見分けるのは困難で、ノネコと厳密に特定するには胃の内容物を調べ、主に野生生物を捕食しているか確かめるしかない。
今回の事件を踏まえ、公益財団法人「どうぶつ基金」(兵庫県)は、鳥獣保護管理法の狩猟鳥獣からノネコとノイヌを削除するよう求める署名活動をオンライン署名サイトで開始。既に4万人を超える署名が集まっており、佐上邦久理事長(63)は「犯人のやったことはひどいが、こんな法律がなければ犯罪者を生まなかった」と法そのものに批判の目を向ける。
動物愛護の問題に詳しい平成国際大法学部の牧野高志教授は「ノネコと猫を区別する基準はあいまいで、飼い主がペットを捨てるといった身勝手な行動により愛護動物から鳥獣に変わることには違和感がある」と指摘。その上で「鳥獣保護管理法の狩猟鳥獣からノネコやノイヌを削除するとともに動物愛護法に規定を設け、動物保護の観点からノネコやノイヌを管理すべきだ」とした。
動物愛護法は動物を「みだりに殺してはならない」と規定しており、ノイヌが人に危害を及ぼすなどのケースでは、法解釈によって例外的に捕獲や殺処分が可能だという。(吉国在)