どよめきを巻き起こした、クルム伊達の勝負
ビーナスとの対戦に敗れたクルム伊達。その表情には充実感がみなぎっている 【Photo:AP/アフロ】
一時代を築いた実力者、ビーナスと1年ぶり対戦
刹那、うねるように湧き上がる万雷の拍手と、悲鳴に似た大歓声。
クルム伊達は右手を振り上げ渾身(こんしん)のガッツポーズを決めると、手にしたポイントの意味をかみしめるように、しばらくその姿勢を崩さない。1万人近くの観客を飲み込んだスタジアムは、アウェーであるはずのクルム伊達のプレーに熱狂し、「キミコー!」「キミー!」の大声援を、彼女の細い背に送った。
第3セットの第9ゲーム。5−3で迎えたビーナスのサービスゲームで、クルム伊達がこの試合で実に6度のマッチポイントをしのぎ、ブレークに成功した瞬間の出来事である。
クルム伊達がビーナスと対戦するのは、ちょうど1年前のこの大会以来のことだ。場所もこの日と同じくセンターコート。その1年前の対戦では、ビーナスが時速195キロの高速サービスで女王のプライドを見せつけ、6−0、6−3とクルム伊達を圧倒した。
女子テニス界の革命児であるビーナス・ウィリアムズに関しては、それ程多くの説明を必要としないだろう。ウィンブルドン5冠を含むグランドスラム7つのタイトルを誇り、2000年代前半には世界1位も経験。時速200キロを超えるサービスを引っさげ、妹のセリーナとともに“ウィリアムズ姉妹時代”を築いたパワーテニスの旗手である。近年はケガや病に泣かされ出場大会数こそ減ったものの、それでもランキングは20位以内を確保。実質的な力では、いまだテニス界のトップに位置するベテランだ。
1年前に完敗を喫した、そのような実力者との再戦――。普通に考えれば、年齢で先をいくクルム伊達に不利な状況である。にもかかわらず今回の対戦が接戦になるであろう予感は、試合前から十二分にあった。今年1月の全豪オープンで3回戦まで進出し、今大会の初戦でも6−2、6−0と圧巻の勝ち上がりを見せたクルム伊達の身心の充実度は、昨年のこの時期とは比べ物にならない。加えるなら、テニス界きっての策士で業師でもある彼女が、昨年の敗戦から何かを学んでいないはずがなかった。過去の対戦から得たビーナス対策、そして今季の好成績に裏打ちされた自信を胸に、クルム伊達はセンターコートに立っていた。
「1995年の準優勝者」伊達 客席からはどよめき
もっとも彼女がコート上で見せたパフォーマンスは、そのような過去の実績に頼らずとも、テニスを愛する人々を惹きつけ離さぬ魅力を放っている。第1セットは、ビーナスがサービスと速い展開で主導権を握り5−1とリードするが、ここからが“逆転の伊達”の真骨頂だ。
「少しタイミングを外されたり、自分の小さなミスで差が開いたが、そこをアジャストできれば良くなるという感覚はあった」
それがコート上で劣勢に見えた、クルム伊達の胸中だ。実際に、彼女のテニスがビーナスのリズムに「アジャスト」し始めた瞬間と、ビーナスがダブルフォールトを犯したタイミングが合致した時、試合の潮流は劇的に反転する。絶叫とともに打ち込むビーナスの強打を深く返し、1−5から怒とうの4ゲーム連取で追いつくクルム伊達。結果的に、この第1セットはわずかに逆転には届かなかったものの、試合の主導権は既にクルム伊達の手中にある。ウイナーの数で相手を4本も上回った第1セットの数字が、リスクと背中合わせの彼女のテニスの本質をうつしていた。