推し活をしていると、日常のふとした瞬間に推しを感じることがあります。
「これは推しの色だな」「この数字は推しのイメージナンバーだな」などなど、身の回りの物を見て推しを連想したことがある人は多いはず。
こうした「間接的なモノを見て推しを感じる」のは、どういう心理現象が働いているからなのでしょうか?そしてなぜ、間接的なモノにすら惹かれてしまうのでしょうか?自らもオタクであるという愛知淑徳大学心理学部教授の久保(川合) 南海子先生に、お話を伺いました。
お話を聞いた人:久保(川合) 南海子さん
日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員、京都大学 霊長類研究所研究員、京都大学こころの未来研究センター助教などを経て、現在、愛知淑徳大学心理学部教授。専門は実験心理学、生涯発達心理学、認知科学。著書に『女性研究者とワークライフバランス』(新曜社、2014年)、『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(集英社、2022年)、『イマジナリー・ネガティブ 認知科学で読み解く「こころ」の闇』(集英社、2024年)など
推し活と切っても切り離せない「プロジェクション」
ーーまずは先生のオタク歴について教えてください。
久保先生:中学生の頃からガチオタです。

一番大好きなのは漫画で、学生の頃は二次創作もやっていました。いまでも漫画やアニメ作品を拝見したり、脳内の妄想を楽しんだりしています。
※先生の最近の推しは漫画『ゴールデンカムイ』の尾形百之助だそう。
【Happy birthday🎉】
— TVアニメ『ゴールデンカムイ』公式 (@kamuy_anime) 2024年6月10日
本日6月11日は、TVアニメ『ゴールデンカムイ』にて、暗躍する孤高の凄腕スナイパー!! 尾形百之助役・津田健次郎さんの誕生日です!
津田さん、誕生日おめでとうございますッ!!#ゴールデンカムイ pic.twitter.com/wiqNDQacxv
ーー推し活の研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
久保先生:「プロジェクション」という心の働きを研究するためですね。
プロジェクションとは、2015年に認知科学の鈴木宏昭先生によって、はじめて提唱された概念です。プロジェクションという心の働きを知ったとき、自分がこれまでやってきた推し活ってプロジェクションのひとつなんだと感じたんです。
推し活という切り口なら一般の人にも届きやすいですし、自分も楽しめると思いました。
ーー実際に、推し活を切り口にプロジェクションを研究してみていかがですか。
久保先生:すごくおもしろいです! 私はもともと京都大学の霊長類研究所でサルの認知などを研究していたのですが、どれだけ好きな研究でも熱く語ることはありませんでした。
それが、プロジェクションの研究を始めてからは、めちゃくちゃ(自分の研究を)熱く語ってしまうんです。
休日に研究会にいくのも、学会で研究発表するのも、仲間と本を出すのも楽しくて、コミケに行ったり、推しを布教したり、同人誌を出したりするような気持ちで研究に取り組んでいます。
ーー先生が熱中されている「プロジェクション」とはどんな概念なのでしょうか?
久保先生:まず、人間は身の回りの情報を受け取って、その意味を考えたりイメージを膨らませたりすることで、内面の世界に取り込み理解していきます。
プロジェクションとは、そうやって理解した意味やイメージをもう一度、身の回りのリアルな世界に重ね合わせる心の働きのことを指します。
推し活で言えば、「推しのイメージカラーやナンバーなどを見て、推しを感じる」「概念グッズを身につけると、推しが近くにいる気がする」のはまさにプロジェクションです。
推しを理解して、自分の中で膨らませたイメージを周りにあるリアルな物に重ね、新たな価値を見出しているんですよ。
推しのカラーグッズ集めはなぜ楽しいのか?
ーー推しのカラーグッズを集めたり、概念グッズを作ったりするのもプロジェクションなんですね!そのような行動を「楽しい」と感じる人は多いですが、なぜプロジェクションは楽しいのでしょうか?
久保先生:想像力で余白を埋める作業が、人間にとって楽しいんだと思います。そもそも、人間は他の動物に比べて「あるモノを手がかりに、そこにないコトを想像する」という能力が非常に高いんですね。
例えば、チンパンジーに顔の輪郭だけが描かれた紙を渡すと、ずっとその顔の輪郭をなぞっているだけです。けれど同じ紙を人間の幼児に渡すと、その顔の輪郭のなかに自分で目や鼻や口を描き始めるんですよ。
人間はこうした「モノの周りにある余白を見つける」「余白を想像力で埋める」という能力が高く、その能力を使うことが「楽しい」と感じられる生き物でもあります。
ーー「余白を想像力で埋めるのが楽しい」というのは、原作本編に書かれていないところを想像する二次創作にも共通するように思います。
久保先生:その通りで、推しのカラーをはじめとする概念グッズを収集する行為や二次創作を楽しむ行為はどちらも同じプロジェクションという心の働きによるものです。
さらに、このプロジェクションは「余白の埋め方に自分の個性が出せる」とさらに楽しいと感じます。
音楽制作が好きな人が「推しをテーマにした音楽を作って発表する」、匂いに敏感で香りが好きな人が「推しを想像した香水を作る」といった行為は、推しを通した間接的な自己紹介なんですね。
自分の好きなこと(得意なこと)だから自己表現として楽しいですし、好きなことを他者と共有しやすくなるという効果もあります。
また、近年SNSが普及したことで「推しのイメージを他者と共有する楽しさ」に多くの人が気付きました。なので、「余白を想像する」「その想像を他者と共有する」という推し活が多くの人に楽しまれているのだと考えられますね。
ーー推しのイメージは、カラー・マーク・数字などで表すこともありますが、中でもカラーは非常によく使われます。なぜカラーを使ったものが多いのでしょうか?
久保先生:マークや数字などに比べて、抽象的で使い勝手がよいからだと思います。プロジェクションをするためには、具体性と抽象性のバランスが重要なんですね。「見たときに推しを想像しやすいけど、いろいろな解釈ができるもの」が向いていて、色がその条件を満たしているんだと思います。
ーープロジェクションに特に向いているカラーはあるのでしょうか?
久保先生:私はハッキリとしたカラーの方が向いていると思います。
例えば、公式カラーが「サーモンピンク」だと、どこまでがその推しのカラーなのかわかりにくい。逆に「赤」であれば、少々公式とは違う赤でも推しの色だと思えるので、ファン同士での解釈が分かれることが少ないのではないでしょうか。
ーー「赤は情熱的」「青はクール」といった一般的なカラーへのイメージもプロジェクションに関係するのでしょうか?
久保先生:関係はすると思います。ただ、プロジェクションは「余白を想像力で埋める」ことが重要なので、「赤は情熱的」といったカラーのイメージまで決めてしまうと、楽しめる余白が減ってしまいます。
推し活においては、公式がカラーの明確なイメージを打ち出さない方がよりファンの想像力が刺激されて楽しめるかもしれませんね。
ーープロジェクションを楽しむためには、公式が余白を残してくれているかどうかも大事なんですね。
久保先生:そうですね。実際、公式からの情報が少ないコンテンツの方が二次創作が活発になりやすいという傾向は感じています。
例えば二次創作の場合、「前のエピソードといまのエピソードの間になにがあったんだろう?」「この人とこの人はどういう関係なんだろう?」という余白があればあるほど、プロジェクションで埋めたくなるのだと思います。
ーー「二次創作はできない」「概念グッズには興味がない」という人もいらっしゃいますが、人によってプロジェクションに向き不向きはあるのでしょうか?
久保先生:研究結果があるわけではありませんが、私自身は向き不向きはないと考えています。
とはいえ、プロジェクションは心の働きのひとつなので、日頃から得意な人と不得意な人がいるとは思います。これまであまり興味が向かなかった人でも性別・年齢・ファン歴などに関係なく、なにかのきっかけがあれば楽しめるかもしれません。
推し活は人間ならではの特徴を生かした素晴らしい行為
ーー推し活全体についてもお聞きしたいです。私たちはなぜ推し活をするのでしょうか?
久保先生:「利他的な行為に、幸せを感じるから」だと思います。
人間は他の動物と比べて、ずば抜けて大きな集団を作る生き物です。ここまで大きな集団を作るためには、他者と協力する能力が必要不可欠なんですね。
そうして長い年月の中で、血縁など関係のない他者にも時間・労力・お金といった「資源」を分け与えることに幸せを感じられるような進化を遂げてきました。
推し活は「利他的な行為に幸福を感じる」という人間の特徴をうまく発揮した、素晴らしい行為だと思います。
ーーすてきなお話ですね。人間以外の動物は推し活をしないのでしょうか。
久保先生:動物は推し活をしないんじゃないかと思いますね。なぜなら人間以外の生き物は、目の前にないものを人間のようなレベルではなかなか想像できないし、想像したものを他者と共有することも難しいんですよ。
例えば、旧人類であるネアンデルタール人は、目の前に獲物がいるときだけ協力して狩りができたと考えられています。一方、現生人類は目の前にはいない獲物でも動きや居場所を想像して、それを他者と共有しながら協力することができます。
そのように、時間と場所を越えて想像を働かせ、それを他者とも共有する推し活は、人間特有のものだと思います。
ーー人間に生まれてよかったです(笑)。最後に、推し活をしている人やこれから推し活をしたいと思っている方にメッセージをお願いします。
久保先生:推し活は若い人のものだと思われがちですが、私は中高年の方こそ推し活をすべきだと思っています。
推し活というのは、他者を推すだけでなく自分の世界を広げてくれる、いわば自分自身の推進力でもあります。そして、利他的な行為によって幸福を感じたり、現実から少し離れた非日常の世界を感じることで、癒やされる効果もあります。
人生100年時代と言われる現代、「新しいことに触れる機会が少なくなった」「子育てや介護などを終えて、誰かのために何かをやる機会が減ってしまった」「仕事と家庭以外の居場所が欲しい」という中高年の方は多いと思います。
推し活はそうしたライフステージの変化にぴったりの活動なんです。年齢に関係なく、ぜひ推し活を楽しんでいただきたいと思います。
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聞き手:まいしろ
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