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令和トラベル、ゆめみの生成AI活用のリアルな現状とは?社内外への価値提供と課題を深堀り

生成AIを活用した業務効率化やサービス開発のスピードが加速し、多くの成功事例が生まれる裏側で、数多くの課題も浮き彫りになっています。
今回は、ビジネスモデルも組織規模も異なるものの、どちらも生成AIを「もはや当たり前」のものとして捉える令和トラベルとゆめみの二社の現状を生インタビュー。
現時点での具体的な取り組みや直面する課題、そして近未来に訪れる人間とAIの役割分担についてまで、リアルな声をお届けします。
ゲストスピーカー:
株式会社令和トラベル 執行役員 VPoE 麻柄 翔太郎さん
株式会社ゆめみ 技術担当取締役 渡部 陽太さん
聞き手:
株式会社ゆめみ / Webメディア「SELECK」プロデューサー 工藤 元気
※本記事は、2025年2月19日に開催したSELECK miniLIVEの生配信を書き起こし、編集したものです。当日の映像アーカイブはこちらからご覧いただけます。
生成AI活用はもはや「当たり前」。両社のスタンスは?
工藤 本日のゲストは、株式会社令和トラベルの執行役員VPoE・麻柄 翔太郎さんと、株式会社ゆめみの技術担当取締役「よーたん」こと渡部 陽太さんです。まず、両社の特徴を私から簡単にご紹介いたします。工藤 令和トラベルは、BtoCの旅行アプリ「NEWT」を展開する企業で、創業は2021年ですがすでに従業員数は80名を超え、急成長を遂げています。一方、ゆめみは法人向け、つまりBtoBtoCのモデルで事業を展開しており、従業員数は400名弱にのぼります。
両社は生成AI活用において、それぞれ個性的な取り組みを進めていると伺っています。まずは、会社としてのAI活用のスタンスや現状の取り組みについてお聞かせいただけますか?
麻柄 令和トラベルは「AIにオールイン」の精神で、代表からも全社に向けて日々メッセージを発信しています。特にこの1年は、日ごとにその温度感が強くなっています。
生成AIの登場は、パソコンが登場した時の衝撃と同じレベルのことだと思っていますし、これからは生成AIを活用した生産性向上が当たり前の世界になると信じています。
特にリソースの少ないスタートアップにとっては、生命線とも言える存在です。技術者・非技術者にかかわらず必須スキルだというメッセージを、危機感と、ポジティブな可能性の両面から発信しています。
渡部 表現の仕方は異なりますが、ゆめみも基本的なスタンスは同じです。生成AIを使わない理由はもう無くなり、もはや当たり前という認識です。私がCTO室のメンバーに「生成AI当たり前宣言」を提案しようとしたら、「もうそれは当たり前だから言わなくていい」と言われるほどです(笑)。
工藤 つまり、業態や組織規模は異なっても、どちらの企業も生成AI活用を今後の必須スキルとして積極的に取り組んでいるということですね。
生成AIを活用した「社外向けの価値提供」の事例を深堀り
工藤 続いて、生成AIをどのように活用して社外のエンドユーザーやお客様への価値として提供しているのか、具体的な取り組みについてお聞かせください。
麻柄 プロダクトへの実装という観点では、主にふたつの方向性があります。ひとつはNEWTそのものに実装するアプローチ、もうひとつはNEWTを支える業務システムに実装することで間接的に付加価値を生み出すアプローチです。
▼令和トラベル社が開発・運営する旅行アプリ「NEWT」
麻柄 前者は、まだ検証中の側面が大きいですね。カスタマーの旅行をアシストする構想はあるものの、実際に頼りになるレベルの機能となるかは検証中です。現状は、NEWTを利用しても「どこにAIが使われているのか」がわからない段階です。
一方で業務システムへの実装については、令和トラベルはもともと、ソフトウェアで旅行代理店の業務を完全自動化するというDX構想のもとスタートしており、システム開発や自動化に注力してきました。
そのなかで、メールベースでの各種予約や、PDFやExcelでやり取りされる料金表のデータ化など、従来のルールベースでの処理に生成AIを活用する試みを積極的に進めています。
あとは、パッケージツアーのタイトル(商品名)のライティングです。この3年で約8万本のツアーを作ってきているのですが、短期間でその一つひとつを手動でライティングしていくことは難しい。そこで、既存のツアーのタイトルを分析して自動ライティングする機能を実装しています。
その他にも、競合の類似ツアーとNEWTのツアーをマッピングして商品分析に取り組むなど、間接的にNEWTの価値を向上させる取り組みを進めています。
工藤 旅行代理店業務の完全自動化というコンセプトを、生成AIが強力に後押ししているわけですね。ゆめみの場合はどうでしょうか?
渡部 ゆめみはエンジニアが多い組織なので、生成AIを活用して開発生産性を向上させることで、お客様への価値提供に結びつけています。
特に、私たちは「ドキュメント駆動開発(Documentation-Driven Development / DocDD)」を推進しています。これは、事前にプロジェクトのドキュメントを整備し、その内容をコンテキストにシステム設計・実装・テストを進める手法です。
常にドキュメントを起点にコードを生成することで、ドキュメントとコードの乖離を防ぎます。ドキュメントのメンテナンスは手間がかかりますが、その作業も生成AIにサポートさせることで負荷は軽減できます。
さらに、社内向けには検索エージェントを搭載したSlack botを開発し、Notionなどに集約された情報を効率的に検索できる仕組みを構築しています。これにより、社内ドキュメントの検索効率は大きく向上しました。
▼社内向けの検索エージェントは新入社員のオンボーディング支援にも活用
渡部 また、顧客への内製化支援プロジェクトでは、プロジェクトの仕様書を知識に持ったSlack botを提供し、お客様にも使っていただいております。
麻柄 素晴らしいですね。ドキュメント駆動開発によって得られるビジネスインパクトは非常に大きいと思います。
プロダクトマネージャーとしては、「要件定義や仕様が迷子になる」問題をドキュメント駆動開発で解決できるのではないかと期待しているのですが、どうでしょうか。
渡部 そうですね。ドキュメント駆動開発においては、ドキュメントとソースコードの両方をAIに読み込ませ、コンテキストとして利用できる状態が必要です。それを考えると、現状では「Cursor」というツールが適していると考えています。
▼AIコードエディタ「Cursor」※公式サイトより
渡部 Cursorの1つのWorkspace内で、Markdown形式のドキュメントとソースコードを共に管理することで、AIが両方を認識できる環境を構築できます。これが重要です。
麻柄 ドキュメント駆動開発の話だけでも、別で2時間くらい話せそうですね(笑)。
成功事例ばかりではない。現状向き合っている課題は…
工藤 ここまで、顧客への価値提供に向けたチャレンジのお話を伺いましたが、実際には社内リテラシーの差やプロダクトとのフィッティングなど、仮説通りに進まない部分もあるかと思います。お話しいただける範囲で、現状の課題について教えてください。
麻柄 うまくいかない部分も多々あります。やはりスタートアップですので、注目を浴びるための差別化ポイントを作りたいという気持ちもあり、「AI旅行サービス」「NEWTをAI化する」といった直接的な試みに走りたくなってしまうのですが、実現は非常に難しいと実感しています。
例えば、最初は旅行コンシェルジュ的な発想での活用を考えていたんです。弊社には旅行コンシェルジュのプロフェッショナルスタッフがいて、非常に質の高いコミュニケーションやサポートを提供しているので、これを再現できたらいいなと。
ですが、やはり「コンシェルジュ」という位置づけの機能にすると利用者の期待値が高くなり、旅行代理店としての良質な提案、回答、正確な情報提供が期待されることになります。
それをAIで行うことは理論的には可能かもしれませんが、現時点でのLLMの推論能力や回答に必要なデータ整備などの工数を考えると、投資対効果が合わなくなると考えています。
工藤 仮にAIの品質が上がったとしても、求められる品質の最終局面でさらなる数%の向上を図るためのコストが大きくかかるということですね?
麻柄 その通りです。今後のモデル精度や推論力、周辺システムとの連携、そして自社固有の知識の取り込みなど、状況は進化するかもしれませんが、現状では愚直な精度改善への取り組みが必要です。
また、ハルシネーションリスクも一定存在するため、AI機能はあくまでも「アシスタント」として、旅行者が情報を比較・検討する作業をサポートする位置付けにとどめるなど、利用者の期待値に合う位置づけでの仕立てが不可欠だと思います。
業務システムでは、AIが生成したアウトプットの最終チェックや修正を人間が行うことで品質は担保することが可能なことも多いため、比較的導入しやすいですが、toCプロダクトそのものへの直接的な実装となると依然として難易度が高いと感じています。
工藤 現状では、AIで顧客体験を劇的に向上させるというよりも、バックエンドの業務システムを着実に改善し、トータルで価値を上げていくという発想で取り組んでいるということですね。ゆめみはいかがですか?
渡部 「期待値」の課題に強く共感します。私たちがお客様向けに生成AIのアプリケーション開発をする際も、AIの応答精度に期待値とのギャップが発生する懸念があります。求める精度に達しない理由も様々で、開発上の技術的な制約だけでなく、必要なドキュメントや設計情報が不足しているケースも有り得ます。
麻柄 それこそお客様によって、リテラシーにもばらつきがありそうですよね。従来のソフトウェア開発では要件定義でしっかり仕様を固めることができましたが、生成AIを使う場合は言語化が難しいこともありそうです。
渡部 そうなんです。達成したいゴールと定量的な評価指標、そこに向けた技術的アプローチを合意形成し、期待値のコントロールを図らなければなりませんね。
「腹を括れる」のは人間だけ。人のできることは増えていく
工藤 先ほど麻柄さんから、旅行のプロフェッショナルであるコンシェルジュだからこそ価値が出せるというお話がありました。生成AIやAIエージェントの活用を進める中で、逆に「人だからこそ」発揮される価値も見えてくるのではないかと思いますが、いかがでしょうか?
麻柄 AIは様々な情報から推測して確からしい結果を提供するのが得意ですが、苦手なこともあります。
例えば、同じレポートを見ても、それを肯定的に捉えるか否定的に見るかは人それぞれです。そのなかで、最終的な意思決定は、様々なリスクや得られるリターンを、その時々の前提条件や組織としての意思なども踏まえて、考え抜いたうえで行われる。
生成AIは意思決定のサポートや情報整理には役立ちますが、最終的にどう行動するかを決める「腹を括る」部分は人間にしかできず、これからも人間の役割として残ると考えています。どのような立場の人においても、難しい判断をすることの価値は、今後ますます重要になると考えています。
工藤 AIはあくまで人間の意思決定をサポートするアシスタントであり、最終的な判断は人間が行うという世界観ということですね。
麻柄 物理世界では人間が主人公であり続けてほしいと考えており、AIに我々が支配されるディストピアは想像したくないですね(笑)。
渡部 支配の話と似たような点もありますが、私自身、以前はオーケストラの演奏者だったのが、今は指揮者になったような感覚です。譜面を見て演奏するのではなく、どのような演奏をしてほしいかを意識するようになり、作業の抽象度が一段上がったと感じています。
その結果、自分が手の届く範囲が変わってくると思います。例えば、コーディング作業をAIに任せるのであれば、UXやドメインの設計に注力するなど、抽象度の上がった部分に自分の価値を見出すことができるのではないかと。
また、AIエージェントが台頭している現状では、AIが状況判断し次のアクションを選ぶための情報をいかに人間が提供するかが、エージェント活用のキーポイントとなると思っています。
工藤 キャリアビジョンにも影響がありそうですね。
麻柄 完全にアグリーです。人それぞれができることは間違いなく増え、取り組むべき課題や設定するべき目標の抽象度は上がっていきます。
ネガティブに捉える人もいるかもしれませんが、個人的にはポジティブに捉え、自分のできることを増やしていくという視点で、この大きな世の中の流れに乗るのが精神的にも良いのではないかと思います。
工藤 では最後に、今後のネクストチャレンジやサービス展望について、お二人からお聞かせいただけますか?
麻柄 令和トラベルは、「新しい旅行をデザインする」をミッションに掲げています。今後AIが広く社会に浸透していくなかで、旅行サービスに求められるものも大きく変わってくると考えています。時流やトレンドを捉えながら、「トラベル×AI」という新しい形で、文字通り新しい旅行をデザインしていきたいと思います。
NEWTにおいても、今年中にいくつかAI機能をリリースできると考えており、本気でチャレンジしていく所存です。
渡部 これからはAIエージェントの時代です。先ほども触れましたが、組織に埋もれた知識をいかにAIエージェントのコンテキストにできるか、つまり、組織内の情報をエージェントが「知っている状態」にすることが重要です。
私の中では、そのプロセスは3段階あると定義しています。最初のステップは情報が「埋もれている」状態、次にナレッジ基盤を整え「見つかる」状態、そして最後にAIエージェントが組織のナレッジを活用する「知っている」状態です。
RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成。外部のデータベースから関連性の高い情報を取得し、それを踏まえた上で回答を生成する)などを活用したナレッジ基盤で「見つかる」状態にするだけでも大きな効果があるはずです。
基盤が整えば、優れたAIエージェントが登場した時に、実務への投入がスムーズになるはずです。エージェントが組織の強みや過去の経験を取り出す土台になりますので。そうした3段階の活用で、今年はクライアント企業の支援にも注力していきたいと考えています。
工藤 お二方とも、業態や組織のステージは異なるものの、様々な角度から意見を交わしていただき、非常に有意義な会になったと感じています。ありがとうございました。(了)
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