- 作者: 冨樫義博
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/10/04
- メディア: コミック
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待ちに待ったHUNTER×HUNTERの連載が再開され、24巻が発売された。めでたいめでたい。
こんな風に、簡単に富樫を許してしまうのは、単に私が富樫信者だという理由だけではない。
HUNTER×HUNTERは民法学的にも重要な作品だからである。
2.問題の所在
HUNTER×HUNTERの13巻93頁は、グリードアイランドのオークションのシーンである。
値段が60億→120億とつりあがり、120億ジェニーの値段がついていたところ、ゴンが「これは何を表すの?」と、「前の人と同じ」サイン、すなわち「倍アップ」を意味するサインを出してしまった。その結果、ゴンは持ってもいない240億ジェニーで入札したことになってしまった。
ゴン達は顔面蒼白になり、契約が成立してしまうことを前提に金が払えない、どうする? 金が払えないとどうなるのか?という相談を始めた*1。
ゴン達の間では、間違って入札しても、契約が有効に成立することが前提となっているように見える。しかし、この場合、売買契約は有効に成立してしまうのか?
3.トーリアのワイン競売とは
高名な民法学者の四宮和夫教授の著作「民法総則」第4版157頁に、トーリアのワイン競売という例が掲載されている。
挙手がより高い値段での競買の申込を意味するワイン競売場で、その慣習を知らないよそ者が、友人にあいさつするつもりで手を上げた、という例
四宮和夫「民法総則」第4版157頁
これは、まさにゴンがやったことである。
この場合に、四宮教授は
錯誤(95条)の一場合として処理すれば足りるのである。この例では、錯誤無効の主張が認められよう。表意者に「重大な過失」(95条但書)もな*2い
四宮和夫「民法総則」第4版157頁
として、あいさつするつもりの挙手だけで、一応契約は締結されたといえるが、「錯誤」による無効として妥当な解決を図るのである。
4.意思表示の理論と錯誤
ここで、HUNTERとの関連を考える前に、四宮教授の議論の前提となる考え方についてまずみてみよう。
(1)契約のプロセス
民法を作った先人は、人間が契約を結ぶ際、以下のプロセスを経ると考えた。たとえば、某歌唱ソフトを例に出そう。
1.動機
「この子、歌うまい! え!? ソフトに歌わせてんの!? マジ!? 自分も歌わせてみよう!」といった動機がまずはじめに存在する。2.効果意思
次に、心の中に法的に意味がある効果を発生させようという意思(効果意思)が生まれる。この例では、某ソフトを買うという意思が生まれる。3.表示意思
とはいえ、内心に意思(効果意思)があるだけでは、契約は成立しない。効果意思を「このソフト下さい」等という形で表示しなければならない。そこで「レジにソフトをもって言って、これくださいと言おう」という、「既に生じている効果意思を外部に表示ようという意思」(表示意思)を生むことになる。4.表示行為
そして、この表示意思に従って実際に「このソフトをください!」と申込む(表示行為)。うまく承諾が得られれば(はい、どうぞ!と言ってもらえれば)、売買契約の効果が生まれることになる。
(2)旧来の学説と四宮説
そして、旧来の考え方ではこれらの意思があってはじめて契約を有効とし、売主・買主双方を拘束させることができると考えていた。そこで、効果意思や表示意思が欠ける場合、つまり、ソフトを買いたいと思っていない場合や、「某ソフトをくださいと言おう」という意思がない場合には契約はそもそも(錯誤をいうまでもなく)無効となる*3。
これに対し、四宮先生は、このような場合も、一応契約は成立するけれども、勘違いがあった場合の1つなのだから、契約の際勘違いをしている場合に適用される錯誤(95条)で処理してしまおうとおっしゃったのである。
(3)錯誤とは
錯誤というのは、契約の要素に錯誤があった場合で重過失がない場合に、契約を無効にできるという制度である。典型的には、ドルとポンドは同価値だと思って、1億円位で買おうと思って、100万ポンドと言ってしまったという場合がある。
この場合には、100万ポンドと言おうという意思(表示意思)はあるが、その「意味」について誤解しており、これが要素の錯誤、つまり重大でありかつ、間違いがわかっていれば普通契約を結ばなかったろうという場合といえる*4ので、重過失がなければ*5、錯誤による契約の無効を主張できる。
四宮先生は、効果意思・表示意思がなければ一律無効というのはおかしい、契約の際勘違いした場合に適用される制度である錯誤制度の適用により妥当な解決を図るべきという。意思があるかどうかは、相手にはわからない。意思がないからといって一律無効にすると相手が害される。そこで、「要素の錯誤」や「重過失」の要件があり、常には無効とならない錯誤制度の適用対象とすることで、相手の利益も一定程度保護しようとおっしゃるのである。
この四宮説は相当程度説得力がある。四宮説をとってもトーリアのワイン競売のような間違った人を保護すべき場合には、きちんと錯誤制度の適用により、間違った人は保護されるわけであり、不当な結果にはならない。
5.ハンターの事例はどうか?
ここで、問題となるのがハンターの事例である。
この事例では、ゴンは単にサインの意味を知りたかっただけであり、「240億でGIを買う」という意思はなかったし、サインを出す際も「120億でGIを買うサインを出すぞ!」という意思もなかった。
旧来の見解によれば、表示意思なく契約は当然無効となるだろう。
これに対し、四宮説によれば、この場合でも、錯誤の要件にあたるかを考えることになる。
まず、要素の錯誤であるが、240億ジェニーなどという大金は、ゴンはもっていないし手に入れるあてもなかった。そこで、240億ジェニーで買うという意味になるとわかっていれば、普通はそんなサインを出さなかったといえ、要素の錯誤といえるだろう。
問題は、重過失である。重過失というのは「普通はありえない失敗」とでも考えてもらえればよい。ゴンはゼパイルから、手の形でサインを出して入札するという説明を受けていたのだから手を上げて手の形を変えれば、それがサインとなって入札したことになるということは十分わかっていたといえる。それにもかかわらず、あえてサインをつくった以上、これは重過失という他ないだろう。
そこで、四宮理論によれば、契約は有効で、なおゴンは240億ジェニーを払わなければならない。
しかし、ゴンが軽率だったのは間違いないが、240億ジェニーまで払わないといけないのか?契約を有効とするというのは、買主にとって代金の支払義務を負うということであるが、単にサインの意味の確認をしただけのゴンにそこまで払わせるのはいかがなものだろうか。そう、錯誤での処理は融通が利かないのである。
ここで、旧来の見解は、無効だからゴンは何の責任も負わないというものではない。軽率にも落札ととれる身振りをし、オークションを混乱させたのだから、売主は不法行為による責任を追及できる。そう、不法行為による損害賠償の額により融通を利かせることができるのである。
まとめ
HUNTER×HUNTERは、表示意思なき場合にも一律錯誤の問題として扱う四宮説が「融通が利かない」という問題をかかえていることを指摘する重要な事例を提供してくれた。
HUNTER×HUNTERはこのような意味でもすばらしい作品であるから、純粋に再開を祝いたい。