A Guide to Guides
週刊だえん問答
世界がいま何に注目しどう論じているのか、「世界の論点」を1つピックアップし、編集者・若林恵さんが「架空対談」形式で解題する週末ニュースレター。毎週更新している本連載のためのプレイリスト(Apple Music)もご一緒にどうぞ。お使いのメーラーによっては全文が表示されない可能性もありますが、「続きを読む」で最後までお読みいただけます。
このニュースレターは特別に無料公開しています。毎週日曜に配信している「だえん問答」のアーカイブは、すべてこちらからお読みいただけます(要ログイン)。内容にご興味をおもちいただけたら、ぜひ7日間の無料トライアルで購読してみてください!
denazification of ukraine
ウクライナの脱ナチ化
──こんにちは。調子はいかがですか。
今日は、気が重いですね。
──重いですか。
ウクライナについて書かないわけにいかないでしょうから、今日はどんよりしています。
──SNSなどから入ってくる映像を見るにつけ、胸が痛みます。
本当ですね。わたしは、ちょうど今週の水曜に、SNSでウクライナに関するドキュメンタリー映画があることを知りまして、その日の夜中に慌てて観たんです。
──そんなのがあるんですか。
前回に続き、Netflixの宣伝みたいで気が引けるのですが、『ウィンター・オン・ファイア:ウクライナ、自由への闘い』という作品です。これは、2013〜14年にかけてウクライナの首都キエフで起きた90日間にわたる民主化デモを追いかけたもので、その映像の迫力も含めてすさまじい内容です。現在起きているロシア侵攻の背景を知る取っ掛かりとして有用なものだと思いますが、それよりもなによりも、今回のロシアによる侵攻を前にしても国民も大統領も一歩も怯むことのない、その勇猛果敢さがどういうものなのかを知るに最適なものだろうと思います。
──2014年にそんなデモがあったんですね。
はい。そもそも、当時の親ロシア派の大統領ヤヌーコヴィチが、ウクライナのEU入りを勝手に反故にしたことにプロテストする学生たちのデモとして始まったのですが、思わぬ広がりを見せたことで政府が警察から特殊部隊のベルクト、さらにのちにはティティシュキーという犯罪者集団などを投入して、暴力をもって鎮圧にかかろうとするんですね。
ところが、それが火に油を注ぐ格好となって、反大統領勢力がさらに広がり、デモ隊は独立広場(マイダーン・ネザレージュノスチ)に立て籠もることになります。映像は、そうやって一種の自治区と化したマイダーン(広場の意)の姿を描きながら、武器もないなか熾烈に抵抗する民衆の姿を克明に追いかけていくのですが、政府側の鎮圧部隊も一向に手を緩めないので、カメラの目の前でどんどんデモ参加者が撃ち殺されていくんです。
──市街戦じゃないですか。
ほんとうに血みどろなんです。それでも、このデモ隊は、もうまったく引くことをしないんです。その姿は感動的なものではあるのですが、暖かい部屋でぬくぬくと映画を観ているこちらからすると、もうやめてくれ、という感じにもなるほどの頑なさなんですね。
──すごいですね。
結局、最後は大統領のヤヌーコヴィチがロシアへと逃亡して終息することになるのですが、現在ロシア相手に火炎瓶で戦っているウクライナの市民の姿をここに重ね合わせますと、この侵攻がもたらすのは熾烈な抵抗ばかりで、どっちも一歩も譲らないとなれば、泥沼化するばかりだろうと思わざるを得なくなります。というのも、ウクライナ市民には、つい8年前にも、そうやって親ロシア政権を打倒したいわば「成功体験」があって、そうやって自国を守り抜いてきたことに強烈な誇りをもっているだろうと思えるからです。
──大統領がすぐさま総動員令を発動して、18〜60歳までの男性の出国が禁止されたことは、日本でも話題になっていたように思いますが、もちろん全国民ではないのかもしれませんが、「逃げるというオプションはない」といった精神的な部分でのコンセンサスがあってのことなんでしょうね。
それが果たして全国民的なコンセンサスになっているのかどうか、そして仮にそうだとして、その決意が何に由来するものなのかどうか、それが近年のものなのか、もっと歴史的なものなのかはわからないのですが、映画のなかには、非常に興味深いシーンがありまして、それを見ると、キエフという街の歴史的なプライドのありかが、よくわかるような気もします。
──どういうシーンでしょう。
ウクライナ政府が2013年12月に広場を一掃しようとしたことを受けて、ミハイル修道院が、政府の暴挙への非難と民衆への支持を表明すべく、教会の鐘をすべて鳴らすというシーンがあるのですが、鐘を鳴らそうと大司祭に進言した鐘撞係によると、この修道院の鐘がすべて鳴らされたのは「タタール人がキエフに侵入した1240年以来のこと」だというんですね。
──すごいですね。タタール人ってモンゴル帝国ですよね。
キエフはそれまで「ルーシ」と呼ばれる国家の首都として8〜9世紀には非常に影響力のある都市となっており、東ローマ帝国、北欧、西欧、イスラム系諸国と交易を行う国際都市でもあったんですね。それがモンゴル帝国によって陥落したことで、ルーシは滅亡し、ポーランド、リトアニアの支配・影響下に置かれることになり、17世紀にはロシアの一地域とみなされるほどまでにその力が衰退していったとWikipediaには書かれています。
こうした歴史の詳細を検証する能力はわたしにはもちろんないのですが、確実に言えるのは、ロシアが「ウクライナはロシアのものだ」と主張するのがちゃんちゃらおかしいほどに、キエフの街はロシア帝国が存在するはるか以前から、都市として栄えてきたということでして、それと比べれば、ロシアなんていうのは、後発の田舎もんもいいところなんですね。
──京都あたりから見たときの、江戸なんて室町時代までただの沼地だった未開の地でしょ、といった感じなんですかね。
実際のところ、そういった揶揄はSNS上などには見られまして、これはキエフの米国大使館が2月22日に投稿したものですが、ウクライナの由緒ある聖堂の写真に、996年、1011年、1070年、1108年と創設年が付されており、「その同年のモスクワといえば」の体で鬱蒼とした森の写真が対比されています。要は「ウクライナは俺のもの」なんていうのはちゃんちゃらおかしい、モスクワがただの森だった時代からウクライナは壮麗な文化を築いていた、というわけです。
そしてたしかに、先のドキュメンタリーなんかを見ますと、民衆たちのなかに、そうした歴史への誇りと、それが培ってきた民度の高さのようなものをたしかに感じるんですね。文化的にとても豊かですし、野戦病院と化した荒廃した広場にあっても、音楽が失われなかったりするんです。そこはとても感動的なところです。
──そういうプライドがあればこそ、絶対に譲らないという気概も生まれるんでしょうね。
それは間違いないと思います。ただ、文化的で繊細な弱者をプーチンという野蛮な荒くれ者がいじめているというだけの、白黒はっきりした構図だけでこの間の争いを割り切れるのかというと、当然そういうわけにもいかないところはありそうです。心情的には「ウクライナ、負けるな」と思う気持ちは強くあるのですが、一概にそうも言えないところも、実際はありそうです。
──そりゃそうですよね。
そこで、やっぱり、ここは、いま一度、プーチンの開戦の弁を振り返っておいた方がいいと思うんです。日本語では、今井佐緒里さんというジャーナリストの方が、『Yahoo!ニュース』に3部に分けて翻訳を掲載しておられるので(1、2、3)、そこから気になるところちょっとずつ見ていきたいと思います。とはいえ、これはまだ翻訳途中で最終的には第5部にまでわたるのではないかと今井さんは書かれています。
──お願いします。
1時間にわたるこの長尺の演説は、まず、現ウクライナとソビエト連邦との関わりについて語るところから始まります。主に語られるのは、20世紀における歴史でして、ここではレーニン、スターリン、フルシチョフ時代の歴史的経緯を振り返りながら、連邦崩壊によってどのような関係が規定されたかといったことです。この辺のソビエト史はわたしはまったく明るくないので批判的検証もできないのですが、ここまでの話に関連するのは、これに続く第2部です。
──ふむ。
ここでは、民主派とされる勢力、政権、つまり「マイダーン派」と呼ばれる人たちが民主派とは名ばかりのものだということが厳しく語られます。
──なるほど。8年前、「民主的デモ」と思われていたものには別の顔がある、というのがプーチン大統領の主張なんですね。
そうなんです。その前提として、プーチン大統領は、現政権が極右ナショナリストによって牛耳られているという見立てをもっていまして、それを明かしたのが、以下の箇所です。
私は強調したいことですが、ウクライナ当局者たちは、我々を結びつけているすべてのものを否定した上に彼らの国を建設し、ウクライナに住む何百万人もの人々、すべての世代の人々の精神と歴史的記憶を歪めようとすることから始めたのです。
ウクライナ社会が、極右ナショナリズムの台頭に直面し、それが攻撃的なロシア恐怖症(ロシア嫌い)とネオナチズムに急速に発展したのは、驚くことではありません。
その結果、北コーカサスのテロ集団に、ウクライナの民族主義者(ナショナリスト)やネオナチが参加し、ロシアに対する領土主張がますます声高になっています。
この一翼を担ったのが外部勢力であり、彼らはNGOや特殊部隊の縦横無尽のネットワークを使って、ウクライナで顧客を育て、彼らの代表を権威の座に就かせたのです。
──ふむ。
先のドキュメンタリーを見ると、マイダーン騒乱で大統領の座を追われたヤヌーコヴィチは、プーチンの傀儡として描かれているわけですが、プーチン大統領から見ると、その後の政権はナショナリストとネオナチ勢力を背景にした傀儡だというんです。
──だから、現在のゼレンスキー大統領を「ナチ」呼ばわりしているんですね。
プーチン大統領はこう続けます。
過激な民族主義者(ナショナリスト)たちは、正当化された国民の不満を利用して、マイダン抗議デモに乗じましたが、2014年のクーデターへとエスカレートしていきました。
彼らは外国からの直接的な援助を受けました。報告によれば、アメリカ大使館はキエフの独立広場にある、いわゆる抗議キャンプを支援するために、1日100万ドルを提供したといいます。
さらに、野党指導者の銀行口座に直接、数千万ドルという巨額のお金が、ずうずうしくも振り込まれました。
しかし、実際に被害を受けた人々、キエフや他の都市の通りや広場で引き起こされた衝突で亡くなった人々の家族は、最終的にいくら手にしたのだろうか。聞かないほうがいいでしょう。(中略)
マイダンはウクライナを、民主主義と進歩に近づけることはありませんでした。クーデターを成し遂げて、民族主義者と彼らを支持した政治勢力は、結局ウクライナを行き詰まりに追いやり、内戦の奈落の底に突き落としたのです。8年経って、国は分裂しています。ウクライナは深刻な社会経済危機と闘っています。
──むむむ。マイダーンにおける抗議デモは、ナショナリストたちによる扇動だった、というわけですね。
これについてわたしにはもちろん裏付けとなるような根拠は何もないのですが、シカゴ大学の国際政治学の教授でジョン・ミアシャイマーという方が、ウクライナの危機について、「その原因は西側諸国、主にアメリカにある」というお題の講演を2015年に行っていまして、そのなかでマイダーンにおけるデモ/クーデターに、こうした極右組織が紛れ込んでいたといったことがチラと触れられています。
──へえ。
ここでの趣旨は、そうした勢力に乗じるかたちで、反ロシア的心情を煽っているアメリカの政策に対する批判なのですが、こうした視点から先のキエフの米国大使館のツイートを見てみると、たしかに不必要に反ロシアの感情を煽っているところはたしかにあるわけです。プーチン大統領は、その結果つくられたウクライナの体制を、こう語っています。
ウクライナには独立した司法機関はありません。キエフ当局は、西側の要請に応じて、最高司法機関である司法評議会と、裁判官高等資格委員会のメンバーを選任する優先権を、国際機関に委ねたのです。
さらに、米国は、国家汚職防止庁、国家汚職防止局、汚職防止専門検察庁、汚職防止高等裁判所を直接支配しています。これらはすべて、汚職に対する取り組みを活性化させるという、崇高な口実のもとに行われています。よいでしょう、しかし、その結果はどこにありますか。汚職はかつてないほど盛んになっています。
ウクライナの人々は、自分たちの国がこのように運営されていることを認識しているのでしょうか。自分たちの国が、政治的・経済的な保護国どころか、傀儡政権による植民地に落ちていることに気づいているのでしょうか。
国は民営化されました。その結果、「愛国者の力」と称する政府は、もはや国家の立場で行動することはなく、一貫してウクライナの主権を失う方向に押し進めています。
──ウクライナはめちゃくちゃじゃんか、と。アメリカの植民地じゃんか、と。
はい。これもどの程度本当なのかどうか自分はわからないんですが、少なくともプーチンはそう思っているわけですね。
──だからといって、攻め込む理由にはならないと思いますが。
ですから、プーチンは今回の侵攻の大義を「傀儡政権からウクライナ国民を解放する」ことと謳っているわけです。
──よくわからないです。
ここまでのプーチン大統領の言い分のすべてが戯言、妄言なのかというと、必ずしもそうとは言えないところが実際はあるんです。というのも、ウクライナが極右・ネオナチ組織の温床になっていることは、これまで指摘されてきたことでもあるからです。
例えば、2014年のBBCの記事「ウクライナはロシアとの対立において極右の役割を過小評価している」(Ukraine underplays role of far right in conflict)はこう書いています。
ウクライナの2月の革命以来、クレムリンはキエフの新しい指導部を、ネオナチと反ユダヤ主義者からなる「ファシスト政権」とみなし、ロシア語を話す人びとを根絶しないまでも迫害するものだと訴えてきた。
これは明らかに誤りだ。極右政党は、国会入りするための5%の壁を越えることができなかったが、もし彼らが票を分散させずに団結していれば、おそらくその壁を越えていた可能性はある。
政府閣僚で民族主義政党とつながりがあるのは一人だけだが、彼はネオナチでもファシストでもない。ヴォロディミル・グロイマン国会議長はユダヤ人である。彼は大統領、首相に次いで3番目の権力をもつ地位にある。
しかし、ウクライナ政府関係者や多くのメディアは、別の極論のなかで過ちを犯している。彼らは、ウクライナの政治は完全にファシズムフリーだと主張する。しかし、これも明らかな誤りなのだ。
ウクライナにおける極右の存在は、依然として非常にデリケートな問題であり、政府高官やメディアはこの問題から目を背けている。誰もロシアのプロパガンダマシンに燃料を供給したくないからだ。
しかし、このような全面的な否定は、超国家主義者たちの存在を察知しづらくする危険を孕む。多くのウクライナ人は、ネオナチやファシストの存在に気づいてもいなければ、それが何者で、何をしようとしているのか、知らずにいる。
──ふむ。プーチンのことばを裏付けるようなこと言うのはまずいという抑制が、かえって極右の存在を見えなくしているというわけですね。
はい。そこから、記事はいくつかの事例を指摘します。
極右勢力に対するこうした極度の過敏さは、人権活動家が「ベラルーシのネオナチ」と呼ぶ人物にペトロ・ポロシェンコ大統領(当時)がウクライナのパスポートを授けた際に明らかになった。
ウクライナの指導者は(2014年)12月5日、ロシアに支援された分離主義者に占拠された東部のドネツク州の主要空港を粘り強く守った戦士たちにメダルを授与した。そのなかに、ベラルーシ出身のセルヒイ・コロツキーが含まれていたが、ポロシェンコ大統領は彼の「勇気ある無私の奉仕」を称賛し、ウクライナ国籍を授けたのだ。
極右の動きを監視してきた専門家たちは、このポロシェンコ大統領の決断に強く反発した。彼らによれば、コロツキーは極右のロシア民族統一党の党員であり、ロシアのネオナチ国家社会主義協会(NSS)の創立メンバーでもあった。
ウクライナの学者アントン・シェホフツォフによると、NSSの主な目的は「人種戦争に備えること」だ。シェホフツォフによると、コロツキーは07年にモスクワ中心部で起きた爆破事件に関与したとして起訴され、13年にはベラルーシの首都ミンスクで反ファシスト活動家を刺殺したとして拘束されたが、証拠不十分で釈放されたという。
ウクライナ政府高官は、コロツキーがネオナチと関係があったという主張を中傷として否定した。「防諜担当は、彼がウクライナの市民権を得るのを妨げるような情報をもっていない」と、ウクライナの保安機関のトップであるヴァレンティン・ナリヴァイチェンコは言った。
──なんだかきなくさいですね。
続いて記事は、以下のように論じます。
コロツキーのケースが示すように、超国家主義者たちは、ロシアが支援する分離主義者やロシア軍(そこにはロシアの極右勢力も多く含まれる)との東部での残酷な戦いにおいて、効果的かつ献身的に戦士であることを証明した。その結果、ほとんどのウクライナ人が彼らの本意を知らないまま、その存在が社会に受け入れられるようになった。ボランティアで構成される「アゾフ大隊」(Azov Battalion)がその好例だ。
アゾフ大隊は、ユダヤ人やその他の少数民族を「人間以下」とみなし、キリスト教白人による十字軍を呼びかける過激派組織「パトリオット・オブ・ウクライナ」が運営し、その徽章には、狼煙、黒い太陽(または「ハーケンゾンネ」)、SSが使っていた「黒軍団」という3つのナチのシンボルが掲げられている。アゾフは東部で戦う50以上のボランティア団体のひとつに過ぎず、その大半は過激派ではないが、一部の政府高官から特別な支援を受けているとされる。
– アルセン・アヴァコフ内務大臣とその副官アントン・ゲラシチェンコは、アゾフ大隊とパトリオット・オブ・ウクライナの司令官であるアンドリー・ビレツキーの国会出馬を積極的に支援
– アゾフ幹部でパトリオット・オブ・ウクライナのメンバーでもあるヴァディム・トロヤンは、最近キエフ地域の警察署長に任命された
– コロツキーもアゾフのメンバーである
しかし、ウクライナのメディアは、こうした件について沈黙を貫いている。(中略)この沈黙には大きなリスクがある。専門家によれば、西側で広く報道されるアゾフは、ウクライナのイメージを損ない、ロシアの情報キャンペーンを強化していると懸念する。
ウクライナは政府がファシストによって運営されていないことを強調しているが、極右過激派は同国の警察組織のなかに着実に入り込んでいるように見える。
ウクライナの国民は、このことについて著しく情報不足である。問題は、なぜ誰も彼らに伝えようとしないのかということだ。
──ふむむ。物事は一筋縄ではいかないものですね。
つい先日の金曜日に、プーチン大統領は、ウクライナ軍に対して「権力を自分たちの手に取り戻せ」と呼びかける内容のスピーチを行いましたが、そのなかで彼は「キエフに居座り麻薬中毒者とネオナチの一団」と現政権を批判しましたが、プーチン大統領が名指ししているのは、要はこうした集団のことなんですね。
現ウクライナ大統領のゼレンスキーさんはユダヤ人だそうですから、その人を捕まえてネオナチと呼ぶことについて「頭おかしいだろ」といった意見はたくさん見られますが、そうした勢力がどの程度政権のなかに入り込んでいるのかはわからないものの、すべてをプーチン大統領の妄想と片付けるのは、難しいところもありそうです。
──ふむ。
ちなみに、このアゾフ大隊(以下、アゾフ)については、西側では報じられておりまして、わたしは『TIME』の記事と動画を見たことがありますが、かなりヤバいものではあるんです。こちらの動画をまずは観ていただきたいです。
──危険な匂いがぷんぷんします。
「いいね、シェア、採用。白人至上主義組織はFacebookを使ってメンバーを教育し過激化させる」(Like, Share, Recruit: How a White-Supremacist Militia Uses Facebook to Radicalize and Train New Members)という2021年1月の記事はこう書いています。
3大陸の法執行当局によれば、アゾフはカリフォルニアからヨーロッパ、ニュージーランドにいたるまでの過激派グループネットワークの中心的な役割を担っている。と同時に、戦闘経験を求める若者を惹きつける役割を担っている。アゾフについて調査を続ける安全保障コンサルタントで元FBI捜査官のアリ・スーファンは、過去6年間の間に50カ国から1万7,000人以上の外国人戦闘員がウクライナに渡ったと推定している。
その大半は、極右思想との明確につながっているわけではない。しかし、スファンはウクライナで行われている過激な民兵の勧誘方法を調べていくうちに、憂慮すべきパターンを見出した。それは、ソ連軍が撤退し、米国が治安の空白を埋められなかった1990年代のアフガニスタンを思い起こさせるものだった。「すぐに過激派に支配された。タリバンが支配していた。そして、9.11が起こるまで我々は気づかなかった」とスファンは『TIME』に語る。「同じことがいま、ウクライナで進行している」
──めちゃヤバいですね。
記事はさらにこう続きます。
2019年にニュージーランドのクライストチャーチで発生した51人の大虐殺の発生後、アゾフ運動の組織は、テロリストのマニフェストを印刷物やオンラインで配布し、その犯罪を美化して、他の人びとが後に続くよう鼓舞していた。米国政府が2017年に発表した報告書によると、9.11のテロ事件後の16年間、米国内で起きた85件の過激派による死亡事件のうち、4分の3近くを極右グループが担っていたことが明らかになっている。
2019年に国務省に宛てた書簡の中で、米国の議員たちは「アゾフと米国内でのテロ行為の関連性は明らかだ」と指摘している。ウクライナ当局も注目している。ウクライナの治安当局者2人のコメントを引用した『BuzzFeed News』の報道によると、彼らは10月に「戦闘経験」を積むためにアゾフと協力しようとしていた米国に拠点を置くネオナチ集団「アトムワッフェン師団」のメンバー2人を国外退去させたという。
アゾフと最も近しいアメリカの同胞の中には「Rise Above Movement」(RAM)という極右ギャングがおり、そのメンバーの一部はカリフォルニアでの一連の暴力事件でFBIに起訴されている。このグループのリーダーであるロバート・ルンドは、RAMのアイデアをウクライナの極右シーンから得たと語っている。「彼らこそがわたしのインスピレーションの源だ」と彼は2017年9月に右派系ポッドキャストで語り、アゾフこそが「未来」だと語った。「彼らは本物の文化をもっている」と彼は言う。「彼らは自分たちのクラブをもっている。自分たちのバーをもっている。彼らには彼らのファッションスタイルがある」
──世界中から心酔する若者が集まってくるわけですね。
はい。
──でも、ウクライナ当局も、アメリカ当局も、その動きには目を光らせてはいるんですよね。それがなぜウクライナにおいて政権に近づいていくことになるのか、よくわからないです。
そこなんです。ちょっと長いのですが、記事は経緯をこう書いています。
この白人民族主義者の拠点がウクライナにあるのは皮肉なことだ。2019年のある時点でウクライナは、イスラエルを除けば世界で唯一、ユダヤ人の大統領とユダヤ人の首相を擁する国だった。極右政治家は直近の選挙で、国会で1議席も獲得することができなかった。しかし、世界的な白人至上主義運動の中で、アゾフは武器へのアクセス、動員力という2つの重要な面で突出している。
この運動は、2014年にウクライナを席巻した革命の産物として発生した。新政権に就いた指導者たちは、最初の公式任務のひとつとして著名な極右扇動者を含む23人の囚人に特赦を与えた。その中に、殺人未遂の罪で2年間を刑務所で過ごしていたアンドリー・ビレツキーも含まれていた。彼は、自分に対する裁判は政治的動機によるもので、地元の民族主義者に対する不当な弾圧であると主張した。
ビレツキーは釈放後数日のうちに極右民兵の結成に乗り出した。「それが長い地下生活の末の表舞台への浮上だった」と、ビレツキーはその冬、ウクライナで『TIME』のインタビューに答えている。(中略)
ウクライナを西側へと接近させることを目指した親ヨーロッパ革命を受けて、ロシア軍はウクライナ東部の2大都市と数十の町を掌握した。この侵略に慄いたキエフ新政府は、反民主主義的なイデオロギーをもつグループのなかに味方を探した。結果、ビレツキーのグループはアゾフ大隊として急成長し、特に成果をあげた例となった。アゾフ大隊の名前は、最初に大規模な戦闘を行ったアゾフ海沿岸に由来している。
ロシア軍に対抗するために結成された民兵の中で、ビレツキー一派は最も規律正しく、即戦力となった。戦争初期にアゾフの資金と装備を援助した金属王で前ドネツク州知事のセルゲイ・タルタは「皆が去った後も彼らは戦線を維持した」と言う。ビレツキーをはじめとするアゾフの指揮官たちは、戦場での勇敢な行動から、国民的英雄として称賛された。2014年の授賞式で、当時のペトロ・ポロシェンコ大統領は「彼らは我々の最高の戦士だ」と述べた。「最高のボランティアだ」
その年、欧州や米国から何十人もの戦闘員がアゾフに参加するためにやってきた。彼らの多くは母国のネオナチ組織で得たタトゥーや前科を背負っていた。ウクライナ当局は、彼らの多くを歓迎し、場合によっては市民権を与えた。戦争が始まって1年以内に、ビレツキーの民兵は正式に国家警備隊に吸収され、ウクライナ軍内の連隊となった。
──となると、今回のロシア侵攻においても、このアゾフが戦っている可能性はあるわけですね。
上記の経緯を見ると、極右組織が警察や軍隊のなかに深く入り込んでいくのは、マイダーンでのデモ/クーデター/革命の後のことで、その直後に起きたクリミアの併合の時点では、そこまででなかったとすると、プーチン大統領の言う「ネオナチ支配からのウクライナ国民の解放」という大義は後づけのように思えなくもありません。ただ、現在行われている侵攻においてこのアゾフの存在がどうなっているかと言えば、実は25日、金曜日に話題になっているんです。
──あ、そうなんですか。
メタ(旧フェイスブック)が、これまで凍結していたアゾフのアカウントを一時的に解除したというニュースが報じられています。
──なんと。
『The Intercept』は、この方針転換の詳細をこう報じています。
『The Intercept』が確認した内部方針資料によると、フェイスブックは「ウクライナ防衛における役割やウクライナ国家警備隊の一員としての役割を明示的かつ独占的に賞賛する場合、アゾフ大隊の賞賛を許可する」のだという。フェイスブックが現時点で許容できると判断した言論の内部公開例には「アゾフ運動ボランティアは真の英雄であり、彼らは我々の国家警備隊に大いに必要な支援だ」「我々は攻撃を受けている。アゾフはこの6時間、勇気をもってわたしたちの町を守ってくれています」「この危機の中で、アゾフは愛国的な役割を果たしていると思います」といったものが含まれる。
この資料によると、アゾフは依然としてFacebook上で徴兵や声明の発表を行うことはできず、連隊の制服やバナーもヘイトのシンボルとして掲載できず、戦闘中のアゾフ兵がそれを着用している場合も同様だとする。また大隊のイデオロギーを明らかにする以下2つのような投稿はこの新方針においても禁止される。「ゲッペルス。総統。アゾフ。彼らは国家的犠牲と英雄主義の偉大なモデルである」「ウクライナと白人民族主義の遺産を守ってくれたアゾフよ、よくやった」といった投稿だ。
──なんですか、この決定。相当気味悪いですね。
Facebookはアゾフの拡大において極めて重要な役割を果たしてきましたが、ロシアを悪者にしたいがために、ここに来て極右組織への賞賛投稿を「あり」とするのは、かなり政治的な判断のようにも思えます。
具体的な関連があるとは思いませんが、こうした動きと連動するように、欧州の極右組織がにわかに活気づいているという記事が『The New York Times』に掲載されていまして、こうなってくると、もう誰がなんの大義でやっている戦争なのか、いよいよわからなくなってきます。「欧州の極右ミリシアがロシア軍と対決を計画中」(Far-right militias in Europe plan to confront Russian forces, a research group says)という記事です。
ロシアのウクライナ攻撃を受けて、ヨーロッパの極右民兵組織の指導者たちが、インターネット上で資金集めや戦闘員の勧誘、侵略者と対峙するための前線への渡航計画などの活動を活発化させているという。
この数日、フランス、フィンランド、ウクライナの民兵組織のリーダーが、ロシアの侵略からウクライナを守る戦いに参加するよう支持者に呼びかける宣言を掲載している。これらの投稿は、過激派グループ追跡を専門とする民間団体SITE Intelligence Groupによって特定され、翻訳された。
SITEのディレクター、リタ・カッツは、欧州と北米の多数の極右白人民族主義者やネオナチグループが、ロシアと戦う準軍事部隊への参加を求めるなど、ウクライナへの支持を表明していると述べた。
ウクライナに渡航する動機は戦闘訓練を受けるためだという。と同時にこれらの極右グループの動きはイデオロギーによって駆動されており、ロシアとの戦いを共産主義との戦いとみなし、第二次世界大戦の歴史物語に固執し、現代のロシアとプーチン大統領を旧ソ連に関連づけるものだという。
──めちゃくちゃですね。ソビエトとナチの亡霊を相手に、互いが戦っているという。
実際、これが何をめぐる戦いなのかは、かなり錯綜していまして、『The Guardian』はつい先ほど「プーチンのウクライナ『脱ナチ化』の原動力としての反ユダヤ主義」(The antisemitism animating Putin’s claim to ‘denazify’ Ukraine)というコラムを掲載し、この捻れた戦争の真意を読み解こうと試みています。
ウクライナには極右運動があり、その武装擁護者には極右民族主義的民兵組織であるアゾフが含まれる。しかし、米国を含め、極右民族主義者集団がいない民主国家はない。2019年の選挙では、ウクライナの極右は屈辱的な結果に終わり、得票率はわずか2%だった。これは、フランスやドイツといった紛れもない民主主義国を含む西ヨーロッパ全域で極右政党が得た支持率をはるかに下回る。
ウクライナは民主国家であり、自由で公正な選挙で70%以上の得票率で人気のある大統領が選出された。その大統領であるヴォロディミル・ゼレンスキーはユダヤ人で、ナチスのホロコーストによって一部殲滅させられた家系の出身だ。
プーチンは、ロシアがウクライナに侵攻しているのはウクライナを正規化するためだと主張しているが、それは表面上は馬鹿げた話に聞こえる。しかし、なぜプーチンがこのように民主的なウクライナへの侵攻を正当化するのかを理解することは、東ヨーロッパだけでなく世界で起こっていることを知る上で重要な光を与えてくれる。(中略)
ヨーロッパ・ファシズムの中心にあるのは、道徳的衰退の原因をつくったのはユダヤ人であるという考えだ。自由民主主義、世俗的ヒューマニズム、フェミニズム、同性愛者の権利といった道具を使って退廃、弱さ、不純さをもちこみ、国をユダヤ人による世界的エリートの支配下に置くことが目論まれているとヨーロッパ・ファシズムは考える。ファシストの反ユダヤ主義は、宗教的というよりむしろ人種的なもので、世界支配を目指す腐敗した無国籍民族としてのユダヤ人を標的にする。
ファシズムは、純粋と思われる宗教的・国家的アイデンティティを自由主義の力から守ることを謳い、暴力の使用を正当化する。西側では、ファシズムは、自由主義勢力やイスラム教徒の大量移住からヨーロッパのキリスト教を守る存在として自らを誇示する。西側のファシズムは、かくしてキリスト教ナショナリズムとますます区別がつきにくくなっている。
ロシアのキリスト教ナショナリズムの指導者であるプーチンは、自らをキリスト教ナショナリズムの世界的指導者とみなすようになり、米国を含む世界中のキリスト教ナショナリストたちからそう見なされるようになっている。プーチンがこの運動のリーダーとして登場した背景には、アレクサンドル・ドゥーギンやアレクサンドル・プロハーノフといった近年のロシアのファシスト思想家がその基礎を築き、世界的に活躍していることがある。
──うーん。でも、この説明を読むと、欧州の極右組織がなぜロシアを目の敵にしようとしているのか、いよいよわからなくなってきます。
そうなんです。おそらく、プーチン大統領がウクライナの「脱ナチ化」(denazify)にこだわっているところがポイントなのかもしれません。プーチンは家族や親戚がナチスにひどい目にあわされたと言いますから、自分たちがナチズムの被害者であるというふうに考えるところが強くありそうで、その点からネオナチとキリスト教ナショナリズムとを分けているのかもしれません。
──右派同士のよくわからない戦いという感じしかしないです。
先にチラと名前を挙げた政治学者のジョン・ミアシャイマーは、ウクライナ問題における危険な趨勢のひとつは「ナショナリズム」であると警鐘を鳴らしていまして、2014年のマイダーンでのデモは、反体制のプロテストデモではあったものの、そこにはナショナリズムへと傾斜していく危うさもあると指摘しています。
日本のSNS上の言説を見ていても一部その傾向が見えるかと思いますが、ウクライナをめぐる攻防は、特にウクライナに肩入れすればするほど、ナショナリズムに傾斜する方向性をもっていまして、心情的にはもちろんそれもわかるのですが、迂闊にウクライナの市民の勇気と不屈を讃えることは、アゾフ大隊や、もしかしたら今後欧州中から参戦してくるかもしれない「ボランティア」としての極右義勇軍などを賛辞することにもなりかねないのが、なんとも不気味なところです。
──しんどいです。
アゾフに詳しいある専門家は、ウクライナの極右問題について、侵攻前にこんな見解を述べています。
ウクライナの極右問題は、見ないふりしたところで消えてなくなりはしないし、ウクライナ国外の人びとがそれについて語るのを止めることもできない。ワシントンDC、ベルリン、ロンドン、ブリュッセルの政策立案者たちは、世間が想像する以上に多くの人がこの問題に関心を寄せていることを知っている。武装し、よく訓練され、献身的である極右過激派は、プーチンが今後数週間のうちに何を決断しようとウクライナの将来にとって重要な鍵となる。(中略)
プーチンのせいで血腥い衝突が近づくいま、ウクライナ人や世界中の擁護者たちにあえて問いたい。極右の連中は本当にあなたたちの味方なのだろうか、と。結局のところ、彼らはEUもNATOも嫌っている。彼らの多くは西側諸国をクレムリンと同じくらい憎悪し敵とみなしている。
また、皮肉なことに、証明されていないとしても、彼らのロシアとのつながりも憶測されている。アゾフ運動のなかには、セルゲイ・コロトキフのようにロシア諜報機関のエージェントであると名指しで非難されている者もいる。彼らは自分たちに都合のいいときには、プーチンの友人と仕事することも厭わない。2019年と20年にビレツキー以下、アゾフの幹部たちは、親クレムリンの政治家ヴィクトル・メドヴェチュク(プーチンは彼の娘の名付け親だ)が関わるテレビに大挙出演している。(中略)
もちろん、こうしたことが、ロシアのウクライナへの介入を正当化するものではないことは強調しておかなくてはならない。数週間前にはあり得ないと思っていたシナリオが現実のものとなるにつれ、極右の存在ゆえにウクライナが侵略され、占領され、分断されるのも当然だと考える衝動的な左派がネット上にいることには驚きを禁じ得ない。
──極右勢力が、実際はただ暴れることのできる場所を探しているような暴力集団でしかない可能性もあるということですよね。
最初に紹介したドキュメンタリーでもそうだったのですが、一番残虐で怖かったのは、政府に雇われた犯罪集団だったんです。今回の侵攻では、ロシア側はチェチェンの武装集団を動員されたとも報じられていますし、ウクライナ政府も極右ミリシアにその戦いの命運をかけているというあたりが、個人的には身震いするほど怖いところです。ドキュメンタリーでは、その政府お抱えの犯罪者集団は「獣のようだった」と回想されています。
──で、結局置き去りにされ犠牲になるのは善意の市民、ということになるのでしょうか。
一刻もこの早く殺し合いが終息することを祈ります。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。
꩜ 「だえん問答」は毎週日曜配信。次回は2022年3月6日(日)配信予定です。本連載のアーカイブはすべてこちらからお読みいただけます(要ログイン)。
👇 このニュースレターはTwitter、Facebookでシェアできます。転送も、どうぞご自由に(転送された方へ! 登録はこちらから)。