交差する“3つ”のピーナッツくんと、HIP-HOPアーティストとしての成長譚【QJぽこピー特集記念】

2025.3.13

文=つやちゃん 編集=菅原史稀


『Quick Japan』vol.177(2025年4月9日発売)の表紙&第1特集に登場するVTuberユニットぽこピー(ぽんぽこ&ピーナッツくん)

「Creation For Life=生きることは作ること」をテーマに、ぽこピーによる唯一無二のクリエイティブ精神を80ページを超える大ボリュームで掘り下げるこの総力特集では、文筆家・つやちゃんがピーナッツくんの全アルバムレビューの執筆を担当する。

ここでは本誌発売に先駆け、先述のレビューにあたりその音楽世界と改めて向き合ったつやちゃんによる、HIP-HOPアーティスト・ピーナッツくん像についてのコラムを公開する。

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その“声”とラップとの相性

私は、ピーナッツくんの存在を知ったのはまず音楽が最初だった。たしか『POP YOURS2022(編集部注:国内最大規模のHIP-HOPフェスティバル)』の出演告知が出る少し前だっただろうか。

アルバム『False Memory Syndrome』や『Tele倶楽部』を聴いて、ラップのテクニックのツボを押さえてあること、クオリティ高いトラップミュージックをやっていること、の2点においてピーナッツくんのHIP-HOPへの愛を嗅ぎ取り、ユニークに見えて実は本格派のアーティストだなと思った記憶がある。

しかし、正直なところ、発声だけがあまりピンときていなかった。それからというもの、楽曲を聴いてはその「声」についていろいろと考えた。まず、声自体がラップに合っていないのではと思った。たとえばBADSAIKUSH(編集部注:HIP-HOPクルー「舐達麻」の一員)のように、ラッパーらしい声をしていないからダメだ、というわけではない。ラッパーらしからぬ声でもHIP-HOPを体現している人は多くいる。

それよりも、一音一音が流れてしまいがちで、ライミングや語感を強調するような発声ではないと感じたのだ。だからこそ、「グミ超うめぇ」はその中でも同じワードの反復が多く、パワフルな発音を意識している印象があり、最もHIP-HOPを感じて何度も聴いたのだった。

交差する3つのピーナッツくん

しかし、その後いくつかの出来事をきっかけに、大きな変化が起きる。まずは『POP YOURS2022』でピーナッツくんのステージを観た。ピーナッツくんがリアルな存在として目の前で動いていることに驚きつつ、そうなるとそろそろ音楽活動以外も気になってきて、ショートアニメ『オシャレになりたい!ピーナッツくん』を観始めた。

この時点で、私の中では、ラッパーとして/ライブアクトとして/アニメキャラ(バーチャルYouTuber)として、という3つのピーナッツくんが同居し交差することになった。そうやって少し俯瞰してピーナッツくんの世界を見渡してみると、「声」の感じ方が変わってきたのである。

ピーナッツくんの声は、私の中で、圧倒的にアニメキャラとしての在り方がしっくりきた。というか、『オシャレになりたい!ピーナッツくん』の中の登場人物が音源をリリースしラップしていると捉えると、発声についてまったく気にならなくなった。むしろ、ピーナッツくんの声といえばこれしかないだろう、とすら思うようになった。

そこで初めて、音源のみを聴いて声の良し悪しを判断した自分を反省した。今では、音源作品でラップする声を聴くと「あのアニメのピーナッツくんが歌っている声だ」と認識するし、それによる違和感もない。同様に、ライブアクトとしての声もイコールで結ばれている。

浮き上がる身体性、キャラクターとしての拡張

私の中でピーナッツくんの身体(イメージ)と声が合致したのち、アルバム『Walk Through the Stars』を聴くと、すごいことが起きていた。nerdwitchkomugichanがプロデュースに参加して、トラックが劇的に進化し、ピーナッツくんの発声とも飛躍的にマッチするようになっていたのだ。「Roomrunner!」のハイパーな音作りの中では、オートチューンによって変化した声がケミストリーを生んでいた。

「Makeup」では裏声を使ってメロディを奏でるような歌唱も聴かせ、さすがにこれはもう泣くしかなかった。ラッパーとして/ライブアクトとして/アニメキャラ(バーチャルYouTuber)としての身体と声が接続され、トラックもそこにつながり、心地よさそうにプレイする演者の姿があった。

その後、『POP YOURS2024』では「Squeeze」のパフォーマンスに心底感動し、これはHIP-HOPフェスにおけるハイパーサウンドのプレゼンテーションとして最も正しいアプローチだろうな、とも思った。さらに、続くニューアルバム『BloodBagBrainBomb』では一段と大きい爆発が待っていた。一部の曲ではピーナッツくん自身がトラックを制作しており、「Liminal Shit」でのラップでは身体がリアルに浮き上がってきているようだった。

私の中で、ピーナッツくんはもうキャラと声の接続がどうという話ではなく、音楽の力でどんどん自身の殻を破り、キャラの拡張を体現している。一般的にアーティストというのはそういう存在だから、いよいよピーナッツくんがアーティストとして本領を発揮し始めたということなのだろう。

いくつもの「わからない」に葛藤する姿

そうこうしているうちに、本人へインタビューする機会に恵まれた。オンラインで取材させてもらったが、ラッパーとして/ライブアクトとして/アニメキャラ(バーチャルYouTuber)として、というところに「対話の相手として」というのが加わり、とても不思議な気持ちになった。

話していて、個人勢としてDIYに活動しているリアリティがひしひしと伝わってきた。インタビューのテーマが「HIP-HOPとしてのピーナッツくん」だったこともあるが、質問に対しじっくりと考えて、時には率直に「悩んでいます」という回答も交えることで、常に判断に迷い活動している様子が伝わってきた。

それに、自身のやっている活動についてどこかまだ100パーセント自信を持てていないような雰囲気もあった。HIPHOPに対してきちんと向き合って曲を作れているかわからない、音楽作品として自分の創作物がクオリティを満たしているかわからない、そういったいくつもの「わからない」が出てきて、ピーナッツくんは重圧に押しつぶされそうになりながらそれでも歯を食いしばり創作に向き合っている、そんなハードな日々の様子が伝わってきた。

ショートアニメをルーツとするHIP-HOPアーティストに

私は、多彩な活動に触れるごとに、音源がリリースされるたびに、どんどんピーナッツくんの可能性が広がっていることをリアルに感じられている。ただ、それは、やはりショートアニメ『オシャレになりたい!ピーナッツくん』を観たという出来事が決定的なものとしてあったと思う。

YouTubeであのシュールなイラスト動画を観て、そこで声を聞き、声とキャラが結ばれたという経験。あれがあったからこそ、どれだけビッグになろうと、アーティストとして切れ味鋭い作品を作ろうと、あのピーナッツくんがこんなにも大きくなったんだ、という視点で捉えることで大きな物語として理解できている。ショートアニメは、HIP-HOPでいうところの、「ルーツ」なのだろう。

だから、そのうち音源では「こんなにもビッグになった」ともっとたくさんセルフボースティングしてほしいし、ルーツについてもどんどん言及してほしい。そのときは、どんな声でもフロウでもいい。原形がないくらいの進化したラップと歌を披露してほしい。どれだけ大きくなっても、原点を知っているからこそ、私はピーナッツくんの音楽活動を、成長譚としてどこまでも夢中で追いかけていくことができる。

『Quick Japan』vol.177の特集では、ぽこピーによる唯一無二のクリエイティブ精神にフィーチャー。ぽんぽこ&ピーナッツくん・クリエイターチーム・他ジャンルの表現者・ファンなど多角的な視点から、ぽこピーの表現世界と、クリエイターとしての生き様を紐解く。

『Quick Japan』が運営するECサイト「QJストア」購入者限定特典として、「ぽこピー ミニカード」も予定。ここでしか手に入らない貴重な特典となっている。

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つやちゃん

文筆家。音楽誌や文芸誌、ファッション誌などに寄稿。メディアでの企画プロデュースに加え、アーティストのインタビューやコンセプトメイキングも多数。 著書に、女性ラッパーの功績に光を当てた書籍『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』や『オルタナティブR&Bディスクガイド』(..

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