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さて、ここからが本題だが、
総選挙にあたって、 今日は2つの点を 指摘しておきたい。 これは某所に連載しているものの 「完全版」でもあります。 1つ目は、以前「かみぽこ政治学」で 書いたことがあるのだけど (2006年12月2日 政局抜きで小泉政治を総括する:指導者とは(2):使い捨てられても。) 「ポピュリズム的手法を用いて 支持率を高く保つことで 国民が嫌がるが必要な政策を実行すること」 と、 「ポピュリズム的政策を打ち出して 支持率を高めようとすること」 は、一見同じようで 実際はぜんぜん違うということだ。 総選挙にあたって、 「かみぽこ政治学」の 読者のみなさんには ぜひこのことを 留意してほしいのであります。 最初に、いくつか例を挙げたい。 麻生首相はこれまで 支持率を上げるために 汲々としてきたわけだ。 古賀誠・自民党選挙対策委員長が 東国原英夫宮崎県知事に 会談を申し込んだことと、 そのあと、麻生首相が閣僚人事で 東国原知事の総務相起用を 検討したことは、 総選挙を目前に控えて 東国原知事の人気を 支持率低迷からの脱出に 繋げたかったからだね。 他にも、 「国民への買収」 と野党が批判し、 小泉元首相など自民党内や 財務省からも反対論が噴出した 「定額給付金」 や、当初予算と補正予算の合計で 史上初の100兆円を超えた 経済対策がある。 これには、 「環境対応車や省エネ家電への買い替え支援」 や地域医療の拡充、介護拠点の整備など 従来型の公共事業依存ではない 一定の評価ができるものがある。 しかし、日本のポップカルチャーを海 外でプロモートする 「国立メディア・アートセンター」 の設立など、自民党内部からも 「究極の無駄使い」と 批判されたものも含まれている。 また、5月15日の政府の有識者会議 「安心社会実現会議」 で麻生首相が提案した 「厚生労働省分割案」 も挙げられるだろうね。 厚生省を医療、介護、年金、福祉を担当する 「社会保障省」 と雇用、児童、家庭部門や少子化、 男女共同参画を管轄する 「国民生活省」 に分割し、文部科学省所管の 幼稚園+厚労省所管の保育園を一体化する (「幼保一体化」)という提案は、 元々渡邉恒雄読売新聞グループ本社会長の 提唱なんだそうだ。 渡邉さんは橋本行革の審議会 「行政改革会議」 の委員を務めて以来、 10年以上省庁再編の検討を 続けきているんだよね。 だから、その提案自体は 傾聴に値するものだと 思っている。 渡邉さんについては、 マスコミがネガティブな印象を 与えがちなのだけれども 渡邉さんがこれまで 取り組んできたことというのは 私の博士論文にも 少し関わったところなので、 きちんと指摘しておきたいと思う。 しかし、問題だったのは 麻生首相がこれを 総選挙の公約とするために 具体案作成を急いだことだろう。 (麻生首相がこれを否定していることは、 もちろん承知してますが、 麻生首相の発言後の 関係閣僚の動きから ある種の首相指示があったのは 明らかであろうと思われるし、 少なくとも、何人かの閣僚が 首相指示だと受け止めて 動いたのは間違いない)。 その結果、舛添要一厚労相が 強く反発するなど、 政府・与党内から 反対論や慎重論が噴出した。 最終的に、麻生首相が 「最初から分割にこだわっていない」 と発言。厚労省分割を巡る議論は 今後もこのまま 尻すぼみになる公算が 大きいんじゃないかな。 これは、なにが問題かというと 結局、首相がトップダウンで指示したら 閣僚、与党や官僚は言うことを聞くもんだと 麻生首相が安易に考えたことだろうと思う。 しかし、実際には そんな簡単な話じゃ ないんだということだよね。 だから、例えば古い話かもしれないけど 96年総選挙の公約に 「省庁再編」「大蔵省改革」 などを入れるために 「自民党行革会議」が 1年以上議論を重ねたことなど、 省庁の分割再編という 調整が困難な課題に対しては、 自民党という政党は 事前の根回しを 慎重に行うのを 常としてきたんだよね。 そして、あの時の 「行革会議」の中心として 行革の選挙公約化に動いたのが 塩崎恭久さんなど 現在「反麻生」とみなされる 若手・中堅であることは 興味深いポイントかもしれない。 「反麻生」が麻生首相に ストレスを感じたのは 「失言」「読み間違い」「政策」以上に やはり「政治手法」じゃないだろうか。 これまで、改革に関わる 様々な政策を1つ1つ通すのに 散々な苦労をしてきた者からすれば 麻生首相のある意味 「無邪気な」やり方には 我慢ならなかったんじゃ ないだろうか。 いずれにせよ、 麻生首相が「幼保一体化」などを巡る 長年の利権争い、調整の困難さを 知らなかったはずがない。 しかし、選挙対策としての必要性から 拙速に進めてしまい、 重要な課題を葬ってしまったと いうことだよね。 更に、麻生首相は 外交で得点を稼いで 支持率を上げようと することが多い。 このエントリーで取り上げた サハリンでの日露首脳会談や、 (2009年3月4日 日露首脳会談:レイムダック政権「貢上外交」の罪(前編) 日露首脳会談:レイムダック政権「貢上外交」の罪(後編)) 外務省の必死の働き掛けで 実現したという クリントン国務長官の訪日、 麻生・オバマ会談などがあるね。 反面、世界同時不況下での日本は、 国際社会に資金援助ができる 数少ない国だともいえる。 (2008年11月27日 金融サミット(G20):日本の「存在感」の意味。「感謝」と「主導権」を混同するな。) そういう意味では、落ち着いていれば 向こうから資金を求めて 日本に寄ってくるので、 日本ペースで外交交渉ができるのだ。 ところが、日本から先に動くので 「外交で得点を稼ごうと焦っている」 と相手国に見透かされる。 そして、国民もそのことを薄々感じるので、 外交は支持率上昇につながらないのだ。 ここで話を、 「ポピュリズム的手法」と「ポピュリズム的政策」 の違いに戻したいと思う。 支持率を上げるために 国民に受けそうな政策を 打ち出す政治家を 「ポピュリスト」 と呼ぶ。一般的には 小泉純一郎元首相 が「ポピュリスト」の代表と 考えられることが多いよね。 そして、小泉元首相の登場以後、 政治が 「劇場化」 して、政治家が支持率に敏感になって 「ポピュリスト化」 したとも言われるわけだ。 しかし、麻生首相は明らかに 「ポピュリスト」だと思うけれども、 小泉元首相はちょっと違うのではないだろうか。 小泉元首相は、 実は国民の望むことを しなかったからだ。 小泉政権の様々な政策を 思い出してみるといい。 「構造改革」について 確かに、総論としての 国民の賛成はあった。 しかし、各論になると 「道路公団民営化」、「三位一体改革」、 「郵政民営化」 などで激しい抵抗勢力との 戦いがあった。 「首相の靖国神社参拝問題」、「テロ対策」、 「自衛隊イラク派遣」 など外交・国際関係については 保守の方々はいろいろ言うが、 実際にはずっと国論を二分しており、 小泉政権にとってむしろ 支持率低下につながる 懸念があるものだった。 要するに、小泉元首相は 各論になると 国民が嫌がる政策に 取り組んでいたのだ。 ただ、その実現のために 「サプライズ」「テレビ・大衆紙の利用(メディア戦略)」 「抵抗勢力との対立」「ワンフレーズ」 などの、国民の受けを狙う 「ポピュリズム的手法」を使って、 小泉政権の支持率を 高く維持しようとしていたのだ。 要するに、小泉元首相は 高い支持率を維持しながら、 各論での抵抗が大きいが 国民にとって必要な (と小泉元首相が考えた) 政策を実現していった。 これは、低い支持率を なんとか上げたい政治家が、 国民に受ける 「ポピュリズム的政策」 を出していく態度とは、 一見似ているようで 実は対極に位置している。 麻生首相をはじめとする 近頃の自民党の政治家は、 支持率を上げるために あの手この手で 必死になっている。 また、自民党だけではない。 民主党は民主党で 次々と起こる 代表のスキャンダルで 支持率がどうなるか これまた右往左往している ところがあるし、 遂に出てきた「マニフェスト」が 内容的にどうなのか、 というところもある。 しかし、これらの支持率に 一喜一憂する余裕のない行動は、 実は、完全に国民に 見透かされているんだと 思うんだよね。 現代の政治家にとって「人気」は もちろん重要だ。 しかし、「人気」を得るために 政策が作られるべきでは ないんじゃないだろうか。 政治家の「人気」というのは、 元々、一定以上の信頼を国民から得て 「人気」のある政治家が 国民が嫌がるが必要な政策を 実現していくために 消費していくべきものなんだと 私は考えるんだよね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年08月12日 07時52分05秒
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