20世紀の偉人ランキング

20世紀の人物ランキング

革命と戦争の動乱が世界を覆い、大衆社会のエネルギーが政治も経済も文化ものみこんだ20世紀。目を見張る科学技術の発達が、人類に未曽有(みぞう)の富と希望と力を与えた一方で、危機の淵(ふち)をのぞくまで地球の資源を消費した20世紀。その世紀の終わりに、日本の識者6人が、影響力のあった人物を40人ずつ選出しました。テーマは「激動の20世紀を形作ってきたのはだれか」です。(竹江覺)

識者4人による選出

本ランキングを選出したのは「人文・社会科学」で山内昌之・東大教授、「自然科学」分野でノーベル物理学賞の江崎玲於奈・読売新聞社客員、「スポーツと英雄」で岡野俊一郎・国際オリンピック委員会委員、「芸術と大衆文化」は歌人の俵万智さん、「政治」は中曽根康弘元首相、「ビジネス」は平岩外四・経団連名誉会長です。

強い信念で苦難の時代を導いた政治指導者や、新たな知の地平を切り開いた哲学者、肉体と精神の極限に挑んだスポーツマン。あるいは、20世紀に厄災をもたらした独裁者。選ばれた人物は、それぞれに激動の世紀を作った主役たちです。もちろん、リストには選んだ識者の20世紀観と人物への思いが込められています。

人文・社会科学分野で影響力のあった40人

選者:山内昌之・東京大学教授

氏名 生誕死没 概要
ハンナ・アーレント
(アメリカ)
1906-
1975
全体主義を生み出す現代社会の病理と対決した政治思想家
井筒俊彦
(日本)
1914-
1993
イスラム神秘主義の研究で高い評価を受け、東西文化の融合に努力した
今西錦司
(日本)
1902-1992 棲み分けの理論による進化学説を提唱し、人類の社会進化を研究した学者
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
(イギリス)
1889-1951 論理実証主義、また言語分析の哲学を推進
マックス・ウェーバー
(ドイツ)
1864-1920 西欧近代社会を貫く合理主義の本質を解明した思想家
ソースタイン・ヴェブレン
(アメリカ)
1857-1929 社会の進化論的研究を経済学の対象とする制度学派の祖
ホセ・オルテガ・イ・ガセット
(スペイン)
1883-1955 先駆的大衆社会論でそこに内在する危険を警告
E・H・カー
(イギリス)
1892-1982 力の要素を重視し、現実主義と理想主義の統合を説く政治・歴史学者
九鬼周造
(日本)
1888-1941 実存哲学を駆使し日本文化の構造を分析した哲学者。“実存”の訳語を創造
ジョン・M・ケインズ
(イギリス)
1883-1946 有効需要理論で不況を緩和する政策介入を主張した経済学者
ハンス・ケルゼン
(オーストリア)
1881-1973 法を政治、倫理的価値から解放する純粋法学を樹立
ポール・サミュエルソン
(アメリカ)
1915-2009 数学を駆使して経済理論を整理し、経済の標準教科書を書いた
ジャンポール・サルトル
(ドイツ)
1880-1936 実存主義哲学の大家。強い影響力を持った行動する知識人
オズワルド・シュペングラー
(ドイツ)
1880-1936 「西洋の没落」で欧州文化退潮を予言した歴史哲学者
カール・シュミット
(ドイツ)
1888-1985 全体主義的国家論を唱えナチスに理論的根拠を与えた政治学者
ヨゼフ・シュンペーター
(オーストリア)
1883-1950 資本主義の発展や景気循環を研究した経済学者
アレクサンドル・ソルジェニーツィン
(ロシア)
1918- 「収容所群島」などでソ連の恐怖政治を告発
ラビンドラナート・タゴール
(インド)
1861-1941 近代ベンガル最大の文学者。東西文化融合に努めた
ジョン・デューイ
(アメリカ)
1859-1952 プラグマティズムを大成した哲学者。教育、心理学にも貢献
ジャック・デリダ
(フランス)
1930-2004 ポスト構造主義の中心的思想家。脱構築の理論で批評界に強い影響
アーノルド・J・トインビー
(イギリス)
1889-1975 文明・人類史を包括記述した「歴史の研究」を著す
レオン・トロツキー
(ロシア)
1879-1940 ロシア革命指導者の一人。スターリンの批判で追放された
西田幾多郎
(日本)
1870-1945 日本の代表的哲学者。東西思想の内面的統一を進めて「西田哲学」を確立
アイザイア・バーリン
(イギリス)
1909-1997 自由論を展開した政治思想史研究の第一人者
フリードリヒ・ハイエク
(オーストリア)
1899-1992 市場を重視し、ケインズ主義を根底から批判
マルチン・ハイデッガー
(ドイツ)
1889-1976 実存の構造分析を通して存在の意味に迫った大哲学者
ミシェル・フーコー
(フランス)
1926-1984 歴史的文脈で文化の前提の解明を試みた構造主義の代表的哲学者
エドムンド・フッサール
(ドイツ)
1859-1938 現象学的哲学を確立し、実存主義に基本的支柱を与えた
ジークムント・フロイト
(オーストリア)
1856-1939 精神分析の創始者で人間の無意識の領域を発見
フェルナン・ブローデル
(フランス)
1902-1985 地中海世界を中心とした歴史研究で新たな世界史論を提唱
ダニエル・ベル
(アメリカ)
1919-2011 「脱工業社会」など現代社会の先端的な問題に鋭く切り込む社会学者
アンリ・ベルグソン
(フランス)
1859-1941 生の哲学と直観主義を提唱した代表的な哲学者。文学でも著名
ヨハン・ホイジンガ
(オランダ)
1872-1945 文明・文化史の研究に新たな境地を開いた歴史学者
カール・ポッパー
(イギリス)
1902-1994 全体主義を鋭く批判し、民主主義に再検討を加えた思想家
丸山真男
(日本)
1914-1996 天皇制やファシズム論などで日本政治思想史に新分野を開拓した政治学者
宮崎市定
(日本)
1901-1995 東洋史を世界史の普遍的な展開の中でとらえた日本の代表的歴史学者
保田与重郎
(日本)
1910-1981 「日本浪曼派」を創刊、反近代主義と日本回帰で多大な影響を与えた評論家
カール・ユング
(スイス)
1875-1961 精神分析運動の指導者で後に独自の分析心理学を創始
バートランド・ラッセル
(イギリス)
1872-1970 記号論理学の基礎を築いた論理学者。核廃絶運動の指導者
クロード・レヴィ=ストロース
(フランス)
1908-2009 未開の研究で構造主義の時代の幕をあけた人類学者

選者のコメント(1999年、読売新聞より)

「自由の価値」見直し作業

人物を選ぶ時に第一の基準にしたのは、人間と社会とのかかわりについて、19世紀までの認識の枠組みや常識を覆したかどうか。第二には、象牙(ぞうげ)の塔にとどまらず、社会的な実践にかかわった人。 第三は、世界的な業績をあげた日本の学者を、きちんと評価したいということだ。

社会科学の分野で、前世紀が残した宿題は、「経済」だ。19世紀の市場万能主義では「神の見えざる手」が人々に豊かさや活力を与えた一方で、露骨な搾取を通して貧しさや無気力も生んだ。これに反発して、マルクス主義は資本主義の否定という挑戦を行った。

これに対し、政府の経済政策を通した市場介入で資本主義を内部から改革し、それを救う道を示したのがケインズで、“宿題”は基本的に解決された。

一方で、「自由とは何か」という命題も重要な課題だった。我々は独裁や専制から自由であるべきだという主張を、社会の自明の真理と考えてきたが、今世紀を通して、それは実は自明ではなかったのかもしれない。レーニン主義の呪縛(じゅばく)、スターリン主義の専制からの解放はソ連崩壊で勝ち取られたばかりなのだ。

全体主義の起源を考えたアーレント

それを一貫して意識し、隷属からの自由を考え続けたハイエクやポッパー、バーリン、全体主義の起源を考えたアーレントの功績は非常に大きい。20世紀の社会科学は自由の価値について改めて見直さなくてはならなかったのだ。

レヴィ=ストロースは構造主義を通して、文化相対主義という観点を導入し、文化の間に優劣の構造はないと主張した。これはその後の政治、国際関係にも重要な基礎を与えた。

また、フロイトは我々にとって自覚のない世界、つまり夢という領域に光をあてたことで人間存在の探求に大きな貢献をした。

和、漢、洋、イスラムを視野に入れた井筒の哲学論

日本人で、人類の思考の枠組みを構築するほどの業績をあげた人といえば、西田だろう。しかし、彼は世界的なインパクトは弱い。日本語の壁があったし、論理の基礎にある仏教がわからなければ理解されないという問題があった。

それに対して、ユダヤ教や欧州思想を取り込んで哲学を語ろうとしたのが井筒だ。彼は、和、漢、洋の探求に加えて回教(イスラム)やインド哲学まで視野に入れ、東西の知の融合を成し遂げる可能性を提示した。

20世紀の思想家に関する本

吉川洋 東京大学

「ケインズ―時代と経済学」(1995年)~著者:吉川洋 東京大学(名誉教授)

小此木啓吾 慶應大学

「現代の精神分析―フロイトからフロイト以後へ」(2002年)~著者:小此木啓吾 慶應大学(元教授)

武内大 自治医科大学

「現象学と形而上学―フッサール・フィンク・ハイデッガー」(2010年)~著者:武内大 自治医科大学(教授)