さまざまな飲食店のお冷を記録・発信し続ける、お冷研究家のつるたちかこさん。今回はお冷と「飲食店のサービス」のつながりについてご執筆いただきました。
お冷研究家のつるたちかこさんは、10年以上にわたりさまざまなジャンルの飲食店の「お冷」を記録・発信し続けてきました。つるたさんいわく「お冷はお店のおもてなし」。そんなつるたさんが考える、「飲食店におけるサービスの本質」とは。
「お冷がうまけりゃ飯もうまい!」という持論を提唱する、お冷研究家のつるたちかこです。普段は編集者・ライターとして活動しながら、2015年ごろからInstagramでお冷の情報を発信しています。
今回はこれまで集めてきたお冷の写真をご紹介しながら、お冷の歴史、そしてお冷とサービスの関係を掘り下げてみます。たかがお冷、されどお冷。一度知ってしまうと誰もが無視できなくなってしまうでしょう……。なんてハードルを上げてしまいましたが、「そんな考え方もあるのね」と肩の力を抜いて、読んでいただけるとありがたく存じます。ではでは、奥深い「お冷」の世界へと皆さまをご案内いたしましょう。
私がお冷にひかれる理由
私がお冷にハマったのには大きな理由があったわけではありません。訪れた飲食店で飲んだお冷の写真を「ウケ狙い」でInstagramに投稿したことが始まりです。
何の変哲もないお冷の写真に合わせて「#お冷研究家」とハッシュタグを付けたところ、自分の中でお冷以外の写真をインスタにアップするのが許されなくなってしまいました。
そして、100枚ほど記録した頃からグラスや氷、量に提供タイミングなど、お冷の「さまざまな側面」に気づきはじめ、いつしかお冷は「そのお店を象徴する存在なのではないか?」と考えるようになったのです。
グラスまで冷やして、できる限り冷たいお水を提供する街の小さな喫茶店。グラスに高級な江戸切子を使うお店。男女でグラスを分けているラーメン店。「お水いかがですか?」と声をかけてくれる店員さんがいるお店。無料のサービス品であるにもかかわらず、細やかな心配りがされているお冷に真の「おもてなし」の心を感じるようになりました。
経験上、お冷にこだわっているお店は、主役であるお料理はもちろん、内装やサービスへ至るまで心配りがなされています。「お冷はお店のおもてなし。その心にお客さんたちは気づいているのか? あまりにも当たり前に提供され過ぎて、お冷の存在をつい蔑ろにしていないか?」と、研究は加速していったのです。
お冷研究家が考える「お冷の定義」と「由来」
さて、お冷とはそもそもどんな存在なのでしょうか? 私は、
- その1:飲食代に含まれている「サービス品」であること
- その2:自由に「おかわり」ができること
- その3:お店なりの「おもてなし」が見えること
- その4:お店に入って「最初」に口にするもの
と定義しました。
よく、温かいお茶もお冷なの? と聞かれますが、季節ごとに提供する温度を変えるお店もあるため、私の中では温度や内容物に関係なく「お冷」としています。
ちなみにお冷の由来はハッキリしておらず、「当店がお冷の元祖です!」と謳うお店は見つかっていません。ただ、お冷の語源は、水を意味する「お冷やし」という宮中の女房詞(にょうぼうことば)である可能性が高く、案外歴史のある存在なのかもしれません。
外食産業の歴史を眺めると、業務用グラスのトップシェアを誇る東洋佐々木ガラス株式会社の定番グラス「HS ハードストロング」が1967(昭和42)年に量産を開始しています。この事実から、外食産業の発展とともにお冷が定番化していったことが考えられるかもしれません。
また、私が旅行で訪れたハワイや台湾にもお冷がありました。日本独自の文化だと思っていましたが、海外の文化を参考に始めた可能性もゼロではありませんね……。お冷の歴史については、引き続き研究していきたいと考えています。
同じお冷でもこんなに違う? 「こだわりを感じるお冷」4選
ここからは私の独断と偏見で、こだわりを感じられる4店舗のお冷をご紹介します。
1:ロゴがプリントされた飲みきりサイズのグラスがカッコいい「餃子の王将」
着席してまず目につくのが、グラスにプリントされたAC/DCのロゴを彷彿とさせるようなロゴ。お店のロゴのように「餃子の王将」という漢字ではないところに粋を感じます。
粋を感じるのは、グラスのロゴだけではありません。提供方法も、多くの店舗で各席に氷たっぷりのお水が入ったピッチャーが置くスタイルがとられており、「熱々の中華を冷たい水とともに楽しんでね!」 という心意気が感じられます。グラスが比較的小ぶりなのも、「常に冷たい水を飲めるような心遣い」とも受け取れ、おもてなしの精神を感じます。
2.オリジナルデザインのお冷グラスを作ってしまった「壹眞(かずま)珈琲店」
既製品のグラスに何かプリントするだけでも製造コストがかかるのに、なんと自社オリジナルデザインのお冷グラスを作ってしまった喫茶店があるんです。それが「壹眞珈琲店」。
壁に絵が飾られた店内の雰囲気ともマッチする、デザイン性の高いグラスなのですが、なんと各店舗で購入することができます! お店の公式ホームページでも「小ぶりで美しいそのフォルムは手に取った際しっくりと馴染むよう持ち手の部分がくびれているのが特徴」と書かれてあり、一度使うとその「しっくり感」のとりこに。厚さと切り込みがアート作品のような美しさがあり、平凡な食卓に彩りを加えてくれます。
ちなみに、壹眞珈琲店のコーヒーは、注文を受けてから一杯ずつハンドドリップで淹れているこだわりよう。そんなお店のこだわりが、グラスにまで表れていると感じたお冷でした。
3.木製カップと黒豆茶で「和モダン」を演出。東京・日本橋の「5代目 花山うどん」
群馬県に本店がある、1894(明治27年)創業の「5代目 花山うどん」。東京・日本橋の支店で提供されているお冷は、木製のコップの中に黒豆茶が注がれ、そのなかに黒豆が浮かんだ、和モダンな雰囲気。デザイン性やサービスへのあくなきこだわりを感じます。
お茶の中に、あえてお豆を浮かべる……。その“あえて”に特別感を覚えてしまいました。
そして、木とお茶と豆の組み合わせには和のテイストも感じるので、もしかすると昨今のインバウンド需要に合わせた提供方法なのかもしれません。どんな国の人でも席について日本らしさにあふれたお冷が出てきたら、「わぉ!」と感動してしまうのではないでしょうか?
4.女将さんの心遣いがお冷にも! 「ばんどう太郎」
北関東では馴染み深いファミリーレストランチェーン「ばんどう太郎」のお冷は、温かいお茶とお水が「セット」で提供されます。そんな提供スタイルの珍しさもさることながら、さらに注目すべきは巾着型をしたオリジナルの湯呑み (公式オンラインストアで購入も可能) 。珍しい形に目をひかれますが、くびれた部分があったり、口縁(口をつける部分)が外に広がっていたりと、熱いお茶でも持ちやすく飲みやすくデザインされているのがうれしいポイントです。
そして、店内では割烹着を着た店員さんが巡回し定期的に「おかわりいかがですか?」と聞いてくれます。提供スタイルや接客などサービスにこだわるお店は、やはりお冷の内容にもこだわるのだなと実感しました。
50年近く定番のお冷グラスを使い続ける「珈琲屋からす」にインタビュー
ここまではお客さんの立場で、各店舗がお冷に込めた「こだわり」を考察してきました。では実際に、飲食店の方々は普段お店で提供しているお冷について、どう考えているのでしょうか。
お話を伺ったのは、千葉県習志野市の喫茶店「珈琲屋からす」を営む大石千津さん。大石さんは1963年に創業した「からす」の3代目として、2代目の中本千絵さんとともにお店を回しています。
ーーお冷グラスの美しさが印象的でした。このグラスは、オープン当初から使われていたんでしょうか?
3代目・大石千津さん(以下、大石さん):オープン当初は違う“冷タン”*1を使っていたようです。切り替えた時期は不明ですが、現在のグラスになってからもう50年ほどたっているはず……。
ーー50年も! なぜずっと変えずに使い続けているのでしょうか?
大石さん:頑丈だからですね。落としてもなかなか割れないんですよ(笑)。陶器のカップや置物は何度か割れているんですけど、冷タンが割れた記憶がありません。今は30個弱ほどあって、水垢などの汚れが気になるときは荒めのスポンジで磨いて使い続けています。
「割れない」ということで、グラスの底を確認してみると「ハードストロング」の文字! さすがです。
ーーちなみに「珈琲屋からす」のお冷には氷が入っていませんが、なぜでしょうか?
大石さん:お店の近くに病院があって、昔からお薬を飲まれるお客さまもいらっしゃいましたので「氷があると飲みにくいかな」と。いつも、たっぷりの氷を入れたポットで冷やしたお水をグラスに注いでいます。夏場は『冷たくておいしい』とお客さまからも喜んでもらえていますね。
ーー温度など、お冷の提供スタイルにこだわっておられる印象です。お冷がお店のサービスにどのような影響を与えていると思いますか?
大石さん:この取材のオファーをいただくまで、私自身「お冷」について考えたこともありませんでした。でも、よく考えるとそこに“お店のこだわり”が詰まっていたことに気づきました。
お冷は、入店後に喉の渇きを潤してもらうものであり、おいしいコーヒーを飲んでいただくまでのつなぎであり、お食事やスイーツをおいしく召し上がっていただくためのお口直しであり、お薬を飲むためのものでもあります。さまざまな役割があり、お店にはなくてはならない存在だからこそ、どんな役割も果たせるよう、これからも思いやりを持ってお客さまに提供したいと思います。
「お冷を味わう」とは「“当たり前のなかに潜む趣”を楽しむ」こと
お冷は「当たり前」の存在ですが、その「当たり前」にこそ細やかな心配りや深いこだわり、おもてなしの精神が潜んでいると感じています。お冷を味わうとは、その趣も含めて楽しむことなのかもしれません。
冒頭でお冷の定義を紹介しましたが、私自身もっとお冷は自由であってよいと考えています。お冷に正解はありませんので、どうかお店を営業されているみなさんも「これをしなきゃ」「こだわらなきゃ」と思わないでいただけるとうれしいです。今のままでも十分ありがたいのですから!
一方で「お店のこだわりを表現したい」と考えているオーナーさんは、お冷のような当たり前のルーティンを見直すことで、お客さんを喜ばせるヒントを得られるかもしれません。
そして、お客さんもお店の「おもてなし精神」とともにお冷を味わえば、外食をもっと楽しめるかもしれません。お冷は無料のサービス品なだけに、残して帰っていく方が多いのが残念……。無料であってもお店の方の心がこもった商品なので、ぜひ最後の一滴まで味わっていただけるとうれしいです。
あの人の通いたくなるお店は?
【著者】
つるたちかこさん
岩手県出身のフリーライター。占いサイトの企画制作やWebディレクター、出版社勤務を経て独立。2015年頃からInstagramにてお冷の撮影・収集を始め、2023年にはZINE『教養としてのお冷』を出版。お冷研究家としてテレビやラジオほか、多方面のメディアにも出演している。
Web:お冷研究最前線
Twitter:@chika_ziburi
Instagram:@chika_ziburi
編集:はてな編集部
*1:お冷を提供するグラスのことで、「お冷タンブラー」の略称