私はミル。
世界中で大人気のカードゲーム、マジック:ザ•ギャザリングのプレイヤー。
使うデッキはLO(山札破壊)系と決めているの。
今日もカードショップのフリースペースで対戦相手を募集中。
「こんにちわ、また遊びに来ました」
「やあ、君か。最近よく来てくれるね」
店長さんが優しい笑顔で私を出迎えてくれた。
「ええ。私、ここのショップが好きなんです。みなさん、色々な気持ちを込めて特別なデッキを作っていらっしゃるもの。私、皆さんのデッキを見るのが好き! どなたか、対戦してくれませんか?」
「ほっほ、では私が相手をしましょう」
そう言って白髪の混じり始めたおじいさん…いえ、おじ様が名乗りを上げた。
「では一戦、よろしくお願いします。フォーマットはそちらに合わせてレガシーで大丈夫ですか?」
「驚いたな、お嬢さんレガシーを嗜むのかい? いや、それよりもなぜ私がいくつもデッキを持ってきた中でレガシーが一番のお気に入りだとわかったのかね?」
「初歩的な推理です」
私はおじ様の広げているサプライグッズに描かれた絵が《意志の力》などレガシー・フォーマットで使われるようなカードで揃えてあることを指摘した。
「大した観察眼をお持ちのようだ。これは対戦も非常に楽しみだね」
「では、対戦よろしくお願いします」
ダイスを振って先手後手を決めたら手札を確認。よし、後手だけど良い手札だ。
「では、先行で行かせてもらいますぞ。ランドセット、ミスティ。フェッチで、トロピーをサーチして青1マナでデルバー」
【秘密を掘り下げる者】
英語名の頭をとって通常デルバーと呼ばれるクリーチャー。
青はクリーチャーの色であるというMTGの基本を教えてくれる変身クリーチャー。変身すると1マナ3/2飛行という壊れカードに変わる。
サプライの《意志の力》を見た時に思った通りだ。
《意志の力》はレガシーの代表的な青いカード。予想通り青いデッキの使い手みたいだ。
「では、こちらのターンを貰います」
大丈夫。レガシーの青は強い。
でもこのデッキなら勝てる。
「《古の墳墓》を置きます」
「更に《水蓮の花びら》をキャスト。通りますか?」
「いいですよ」
「では、赤マナを出して土地と合わせて3マナ。《血染めの月》を」
「これが通ればそちらの土地は基本ではないので山になり、赤マナしか出せなくなります」
「流石に通せませんな。手札から青い《濁浪の執政》をコストにウィル」
【意志の力】
英語名の一部をとって通称ウィル。
青のピッチカウンター(0マナで撃てる打ち消し呪文)で、レガシーと言えばこのカードをめぐる応酬というイメージを抱かせるほどに代表的な呪文。
「《猿人の指導霊》を手札から追放して赤1マナ。《紅蓮破》で打ち消します」
「おお。まさかメインから青への色対策カードとは。これは一本取られましたな。では打ち消しを打ち消されたので、そちらの《血染めの月》は通しということで、私の土地は山になりました」
「では、ターンエンドです」
「ふぅむ。困りましたな。アンタップ、アップキープにデルバーの変身チェック。デッキトップを公開して…《目くらまし》でしたので変身します」
「では、《目くらまし》をドローしてボルカという名前の山を置き、3/2飛行で攻撃」
「残り15点です」
「ターンエンドですぞ」
「では、ターンをもらいます。アンタップ、アップキープ、ドロー。《裏切り者の都》という名前の山を置いてエンド」
「ではターンをもらってアンタップ、アップキープ「ここで《赤霊破》を青のパーマネント であるデルバーへ撃って破壊します。…通りますか?」
「……いや、投了ですな。サイドボーディングへ移りましょう」
【サイドボーディング】
2本先取の3本勝負形式の試合で、勝負と勝負の間に15枚のカードを使いデッキを改造すること。通常、対戦相手のデッキに有効なカードを加え、相性の悪いカードを抜く。
相手のデッキは《血染めの月》1枚で投了したこと、トロピーやボルカを置いたことからほぼ間違いなく【ティムールデルバー】。
妨害手段に長けたデッキだ。
次は月を置かせてもらえないだろう。
それならば月を囮にカウンターを吊り出し本命のデッキ破壊での勝利を狙いにいく!
入れ替えるカードは、っと…
「では改めて先攻を頂きますぞ」
「どうぞ、2本目よろしくお願いします」
「ミスティ、ゴー」
「ランドセット、ペタル、ムーン「フェッチ、ボルカ、ピアス」
「ゴー」
「トロピー、タルモ、ゴー」
静かに対戦は続き、チャンスが訪れる。ここだ。土地を置いて、仕掛けるなら今!
「ペインター、通りますか?」
【絵描きの召使い】
通称、ペインター。
ゲーム内のありとあらゆるカードを特定の色にするカード。青を指定することであらゆる呪文と場のパーマネント が《紅蓮破》と《赤霊破》2種合計8枚の1マナ青対策呪文で対処可能になる。
「むっ…。仕方ありませんな」
さあ、次のターンで全てが決まる。
「ブレスト、フェッチ、ポンダー」
おじ様は次の私の手がわかっているのだろう。対抗手段を探しに動く。
ここで引かれたら私の負け…どうなる?
「では、クリーチャーで攻撃」
「ノーブロック、テイク」
「ターンを終えますので、どうぞ」
さあ、カウンターは引けましたか?
勝負です、おじ様!
「土地を置いて《丸砥石》を唱えます」
「通しませぬぞ。ピアスでカウンター」
「ピアスに《紅蓮破》」
カウンター合戦を制したのは…
「ここまでのようですな」
私の方だった。
「では《丸砥石》を起動します」
【丸砥石】
「同じ色のカード」が出続ける限り連続してデッキ破壊を行えるカード。
絵描きの召使いが場に出て対戦相手のデッキすべてを青のカードとして扱っている場合、「同じ色のカード」が出続けるため、山札すべてを墓地へと送るコンボになる。
「ではデッキを2枚ずつ墓地に置かせていただきます。デイズ、マングース。青と青ですので墓地へ。繰り返しますぞ」
おじ様のデッキは、やはり典型的な【ティムールデルバー】のように見えた。
「さあ、デッキのカードがすべて墓地に置かれましたぞ」
「…ターンを終えます」
「では、私のターンでカードがドローできないので山札切れで負け…ですな。対戦ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「さて、勘のいいお嬢さん。ちょっとしたクイズにつきあってくだされ」
「なんでしょう?」
「私の、このデッキの名前は何ですかな?」
デッキの名前…?
それはもちろん【ティムールデルバー】で間違いない。
…本当か?
何か見落としはないか?
何かが頭に引っかかる。
" デイズ、マングース "
…《敏捷なマングース》!!
「そのデッキの名前は…【カナスレ】、【カナスレ】でしたのね!」
おじ様の目に涙がたまり、零れた。
「よくぞ、見抜いて下さりました」
【カナスレ】
カナディアン・スレッショルドというデッキの愛称。
スレッショルド能力を持つカードを中心として構築した青緑デッキに赤い火力カードを足したものを指す。
近年、ティムールデルバーという構成の似たデッキに押されつつあるがあくまでもティムールデルバーでなくカナスレであると主張するプレイヤーもいれば、カナスレという内輪ネタのような名前でなく色+代表的なカード名というネーミングのティムールデルバーと呼ぶべきだというプレイヤーもいたり、そもそも2つは別のデッキなのでどちらで呼ぶかという問題ですらないという主張も根強く存在する。
「《敏捷なマングース》はスレッショルドを持つカード。そのカードを最後まで抜かずデッキに残したおじ様の決意。あくまでティムールデルバーでなくスレッショルドデッキであるカナスレだという思いがそのマングースには込められているのですね…」
この出会いが山札破壊少女をLO探偵へと変えた。
対戦相手のデッキに込められた構築過程を読み解くことで試合を超えた本当の交流を交わした経験が彼女の癖を歪めたのだ。
LO探偵ミル。
これは彼女が対戦相手の構築理由を知ろうとするきっかけとなった始まりの物語。
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