大和書店の巻末出版目録の中に、「日本少国民文学新鋭叢書」として、新美南吉『牛をつないだ椿の木』、「絵による自然科学叢書」として、寺尾新監修、中西悟堂編、辻一絵『淡水魚』、児童文化賞受賞の昆虫童画家の小山内龍『昆虫放談』などの児童書が掲載され、この版元がそうした分野の書物も手がけていたことを教示してくれる。
『近代出版史探索Ⅶ』1321で、大和書店の片柳忠男が広告社のオリオン社も設立し、そこには辻一(まこと)も出入りしていたことを既述しておいたので、辻による原色淡水画図鑑の由来は想像できる。しかし新美南吉の児童書の出版はほとんど見当がつかなかった。新美のものはほるぷ出版の「名著復刻日本児童文学館」の一冊として、『おぢいさんのランプ』が手元にある。これは『同Ⅳ』674などの有光社から昭和一七年に刊行されている。
『児童文学事典』(東京書籍)を確認してみると、新美は先の第一童話集『おぢいさんのランプ』を刊行し、翌年三月に三十歳で亡くなり、その後の九月に『花のき村と盗人たち』(帝国教育会出版部)と『牛をつないだ椿の木』が刊行されている。つまり新美にとってはその死をはさんで、異なる版元から三冊が続けて刊行されていたのである。
これらの出版はどのような経緯と事情ゆえなのかと考えていたところ、浜松の典昭堂で『生誕百年新美南吉』という図録を見つけた。これは平成二五年に新美南吉記念館から刊行されたもので、A4判一〇七ページの一冊だった。この記念館は新美の故郷の愛知県半田市に平成六年に開館し、同図録はまさにタイトルにある新美の「生誕百年」を記念して編まれたことになろう。
(『生誕百年新美南吉』)
『生誕百年新美南吉』の第一部では「新美南吉の生涯」がたどられ、その最後の章は「花咲ける日~死後の顕彰~」と題され、『花のき村と盗人たち』『牛をつないだ椿の木』を始めとする、死後刊行の書影が掲げられ、「巽聖歌の奔走」として、次のように始まっている。
南吉の死から半年後、二冊の童話集が相次いで出版されます。南吉の生前から準備が進められ、「はやく童話集がみたい。今はそのことばかり考えている」と死の間際の葉書(昭和十八年三月八日消印・巽聖歌宛)に書かれた『牛をつないだ椿の木』(大和書店)と『花のき村と盗人たち』(帝国教育会出版部)です。それぞれ巽聖歌と与田準一の世話によるものでした。
戦後になると、遺族から著作権の委任を受けた聖歌が、精力的に南吉の童話集を出版します。昭和三十一年には小学四年生の国語教科書(大日本図書)に「ごんぎつね」が初めて掲載されますが、これも聖歌の推薦によるものでした。
昭和三十五年には 「新美南吉童話全集」全三巻、昭和四十年には日記や書簡も収めた「新美南吉全集」全八巻(牧書店)を出版。さらに南吉を紹介する本も書いています。こうした聖歌の尽力によって、日本中で南吉作品が読まれるようになり、作家新美南吉への関心も高まっていきました。
つまり巽は南吉にとって、宮沢賢治の弟の清六のような役割を担っていたことになろう。そういえば、巽の名前は先の『おぢいさんのランプ』巻末広告に巽聖歌責任編輯の季刊『新児童文化』及び童謡『春の神さま』、詩集『少年詩集』が見える。やはり『生誕百年新美南吉』にも、『おぢいさんのランプ』は巽の依頼で新たに書き下ろした三編を加え、当初はその中の旧作「久助君の話」をタイトルにするつもりでいたが、巽の助言で『おぢいさんのランプ』に変更されたのである。また棟方志功による装幀と挿絵も巽の依頼によるものだった。
巽は童謡「たきび」の作詞者として記憶していただけなので、『児童文学事典』を引いてみると、岩手県生まれの童謡詩人で、『近代出版史探索Ⅱ』335などのアルスの編集者となり、北原白秋に認められ、童謡の他にも少年少女詩の分野で本格的な自由詩を生み出したとされる。『生誕百年新美南吉』によれば、昭和六年新美は巽たちの童謡同人誌『乳樹』の同人となり、北原白秋を知り、また巽の勧めによって東京外国語学校英語部文科に進み、彼の家に寄寓していた。卒業後の昭和十一年に故郷の河和に帰り、小学校の代用教員を経て、安城高等女学校の教師となり、その一方で、巽の『新児童文化』に『おぢいさんのランプ』に収録される「川」や「嘘」を発表していく。
そして先の巽の立項では、戦後に新美南吉を世に出すことに尽力し、全集の編集、解説とともに、南吉研究に先鞭をつけた功績は大きいとされる。それと相俟って、子ども図書館を推進していた石井桃子が『子どもと文学』(中央公論社、昭和三五年)で、南吉を宮沢賢治と並ぶ児童文学者としたことも大きな影響があったようだ。なお石井桃子と子ども図書館に関しては、中村文孝との対談集『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』を参照されたい。
このようにして、戦後において南吉ルネサンスが起きていたことを知らされたのである。
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