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反ワクチン本がAmazonから削除されたことが意味する本当の危険性

つい数日前、以下のツイートを見て、いわゆる「反ワクチン本」の一つがAmazon.co.jp(以下「Amazon」)のランキングから消え、取扱い自体がなくなったことを知りました。

sekkai氏は学生時代から付き合いのある、心から尊敬している友人の一人であり、彼の問題意識から出た行動が大きく社会を動かしたこと自体は称賛に値するものだと考えています。
しかし、法曹の端くれとしては、アマゾン社による対応が意味する危険性と厄介な問題を記しておく必要があると思いますので、簡単にまとめておきます。ちなみに、先に申し上げると、「表現の自由」vs「有害図書への規制」のような単純な構図を話すわけではありません(当然論点としては触れますが)。そんな簡単な問題ではないからです。

なお、どの本が無くなったのだろうかと疑問に思っていたら、簡単に時系列をまとめたtogetterがあり、その中に1週間前のAmazon売れ筋ランキングをキャプチャされている方のツイートもありましたので、引用させていただこうと思います。問題になっていたのはこの本のようです。

焚書・検閲・表現の自由侵害?

ネット上では、今回のアマゾン社の措置に対して、焚書・検閲ではないか、表現の自由を侵害しているのではないかという声も多く上がっていました。もっとも、焚書や検閲などは、公権力が主体となる行為です。また全ての流通を止めるという話でもなく、現在でも複数の書店で購入が可能であるようですので、その点でも表現の場が失われたと指摘するのは厳しいでしょう。

しかし、「私企業であるアマゾン社が自ら運営するオンライン市場で取扱いをやめただけに過ぎない」と切り捨てることもまた安直すぎます。今年2月から施行されているデジタルプラットフォーム取引透明化法のもと、政府はAmazon(国内売上額年3,000億円以上)を運営するアマゾン社を「特定デジタルプラットフォーム提供者」として指定しています(経産省Webサイト参照)。指定されたプラットフォーム事業者は、市場での存在感が極めて大きく、その行為一つによって市場のルールが形成されたり、中小企業の経営を左右してしまう影響力を持つため、取引の公正性と透明性を担保しなければなりません。同法はそのような趣旨で定められました。

つまり、「Amazon で取り扱ってもらえない」=「市場での流通が阻害される」ことがありうるため、Amazonの取引行為は市場の健全性を保つべく、公正であり透明であることが極めて重要になります。そして、その公正性、透明性のあり方を具体的に追求していく中で、憲法の保障する「表現の自由」は十分に斟酌されるべきです。したがって、やはり表現の自由は問題になるのです。

プラットフォームに求められるTrust&Safety

昨今、SNSや物販オンラインモールを運営するプラットフォーム事業者には、Trust&Safetyの必要性が声高に叫ばれています。プラットフォームを利用するユーザや消費者の信頼(Trust)と安全(Safety)を保つために、取り扱うコンテンツや商品をフィルタリングし、違法有害なものを取り除くことが求められているのです。

たとえば、よくあるものとして、麻薬や銃火器が簡単にオンラインモールで手に入ってしまうことは避けなければなりません。知的財産権を侵害して販売されている偽ブランド品なども消費者の財産を守るためにはモニターする必要があります。あるいは、転売目的で買い占められた商品の取扱いも消費者の「信頼」を損なうものといえるでしょう。

したがって、プラットフォーム事業者は内部において相当なコストを払いながら、コンテンツモデレーション(不適切なコンテンツを除去する業務)を実施しています。このあたりは、年明けにGoogleやApple、AWSからBanされて話題になったSNS「Parler」に関して整理した以下の記事にも詳しく書いておりますので、よろしければご参照ください。

Amazonもまた、ネット上の有害情報や違法情報の排除に取り組んでいる一般社団法人セーファーインターネット協会の賛助会員でもあり、一定の機械化と人間のマニュアルオペレーションをもって、膨大な違法有害商品と戦ってきていると思われます。

今回、問題となった本が取扱いを止められたのは、おそらくsekkai氏による通報によってアマゾン社が商品を問題視し、Trust&Safetyの観点から取扱いを止めるべきだと判断したのだと思料します。

削除された理由の開示が必要

問題は、なぜ削除されたのかの理由がブラックボックスのままで開示されず(私の知る限り)、上記のとおり推測の域を出ないため、どのように表現を改めれば市場に戻ることができるのか、また他の類似出版物も同じように今後取扱いを止められるのか(萎縮効果)、消費者は今後もこのような商品に触れることができないのかなどが一切わからないことにあります。

公権力が市民に対して不利益処分を行う場合、聴聞手続、理由開示手続、異議申立手続等を経ることで、適正手続を担保しています。これと同様のことがプラットフォームには今後求められていきます。

そして、その理由の説明内容は可能な限り具体的である必要があります。たとえば「不適切な商品であったため」という何も言っていないに等しい回答では、どのように改めるべきなのか、何を根拠に「不適切」とされているのかが曖昧です。

私は何も「反ワクチン本でも表現の自由を尊重して取り扱うようにすべき」と主張したいのではありません。プラットフォームに集う人々の当事者性を最大限尊重した手続を履践した結果、「反ワクチン本は有害である」と判断されたのであれば、それは排除されるべきコンテンツです。しかし、そこに明確な理由と異議を申し立てる適正手続があることで、表現は改められることができ、逆にその判断が誤っていた場合には(科学は誤りを認めることで発展してきました)事後的に撤回することができるのです。

補論:その他の解決方法

ちなみに、実は2年前にすでに「Amazon vs 反ワクチン本」の戦いは米国で大きく議論されていました。以下は当時のWIREDの記事です。

重要な指摘を引用します。

アマゾンが手始めにできることは、個人の人生(あるいは公衆衛生)に大きな影響を及ぼすかもしれない疑似科学について、レコメンドやカテゴライズを改善することだろう。ユーチューブとフェイスブックはポリシーに変更を加え、ニセ健康情報や陰謀論コミュニティといった問題の解決に乗り出している。
ユーチューブは、反ワクチン派のコンテンツに対し、マネタイズを停止するとともにランキングを下げる措置をとっている。フェイスブックも同様の措置を講じることを示唆する声明を発表している。
グーグルは以前から、その検索において「Your Money or Your Life(YMYL:将来の幸福、健康、経済的安定、人々の安全に潜在的に影響を与えるページ)」と呼ばれるポリシーを導入している。これはインパクトの強いトピックについての情報をユーザーが検索している場合、同社は責任をもって、その結果に対して払う注意をより高水準に保つ、と規定するものだ。
この点はまさに賞賛に値する。健康関連の本をAmazonで買おうとしているユーザーにも、これと同水準の注意が払われてしかるべきだろう。

米国では、反ワクチン派との戦いは日本以上に熾烈を極めており、各プラットフォーマーがレコメンドやカテゴライズを改善しています。私自身は、今回の件について、売上ランキングに表示することは停止し、カテゴライズを「医療情報」から変更し、ユーザへのレコメンドに表示させないことなどのより緩やかな手段を行使することも有りえたのではないかと考えます。あるいは内容の正確性に疑義がある旨のラベリングも可能かもしれません(SNSではこのラベルは無意味である可能性が高いとされているのですが、オンラインモールだと意味があると私は考えています。がこの点は長くなるので別稿に譲ります)。

長くなりましたが、改めてsekkai氏が取った行動自体は、専門家である医師としての危機意識から出たものであり、頭が上がりません。私自身も専門家として社会に価値を生み出せるよう、思うことを記しておきました。


追記:Nathanさんが私の論考を踏まえて更に追加的な指摘をされておりました。冷静で示唆的なご指摘かと存じますので、こちらでも当該記事へのリンクを掲載させていただきます。


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結城東輝(とんふぃ)
図書館が無料であるように、自分の記事は無料で全ての方に開放したいと考えています(一部クラウドファンディングのリターン等を除きます)。しかし、価値のある記事だと感じてくださった方が任意でサポートをしてくださることがあり、そのような言論空間があることに頭が上がりません。