【特別公開】中原昌也インタビュー「作家になりたきゃ入院しろ」【新刊刊行記念】
2023年に緊急入院されていた中原昌也さんの新刊が刊行されました。
刊行を記念して、「エリーツ」での海猫沢めろんによる中原昌也インタビューを公開します。これを読んで興味が湧いたら、ぜひ中原さんの新刊もご購入ください。
ではスタート!
年上の作家さんに話を聞いてみたいと思ったとき、ふと思いついたのは中原昌也さんだった。
中原さんと僕の出会いはけっこう長く、たしか15年前くらいに早稲田文学かなにかのイベントでお会いしたのが最初で、その後、何度か飲み会や映画の試写に誘ってもらった。
僕は当時、投資の失敗で金がなくなり半ホームレス状態だったので「貧乏な後輩」という感じで気にかけてくれて、僕が東京を離れてからも何度か誘ってもらったけれど、さすがに熊本からは行けないので8年くらい会うことができなかった。
そうこうするうちにコロナが、そして2023年に入院の知らせがTwitterに流れてきて、支援のためのコンピレーションアルバムが発売され、翌年には退院。あれよあれよという間に事態は進んでいき、お見舞いの機会を逃していたので、この機会にインタビューを敢行してみようと思った。体調のこともあって受けてもらえるか不安だったけれど、メッセージを飛ばしてみたら意外にも快諾。
「チョコレートケーキが食べたい」というリクエストが。ただ、まだ身体が動かないため、介護スタッフが同席するという。果たしてどういった状況なのか……。
入院健康法
め なんだか顔色が前より良くなってますね(笑)
中 そりゃ毎日この状況だから。
め 退院して何か月ぐらいですか?
中 3ヶ月半ぐらいかな。
め ある日、中原さんが入院したっていう情報がtwitterで流れてきて知ったんですけど。どういうことなんですか?
中 糖尿病の合併症で脳梗塞を起こしちゃって、いまは左半身に麻痺がある状態。
め どういう経緯で病気が発覚したんですか?
中 全然知らない。俺はわかんないんだよ。
め 最後にある記憶は?
中 それも覚えてないんだよ。
牧野(以下「牧」) 去年の1月に具合が悪くなって、自分から友人に電話して病院に行ったみたいです。それで受診したらもう即入院。
め えっと、牧野さんは介護スタッフの方なんですか? 中原さんの友人ですか?
牧 元々友人なんですけど、ちょうど親の介護が終わったタイミングで中原さんがこういうことになっちゃって、それでここに入ってます。重度訪問介護っていう制度があって、24時間ずっと人が入るんですけど、私は週に1回ぐらいです。
(重度訪問介護は、障がい者総合支援法に基づく障害福祉サービス。重度の肢体不自由や精神障害、知的障害などにより行動上著しい困難があり、常に介護が必要な利用者宅を訪問し、身体介護や生活支援を行う)
め 常に誰かが介護してくれてるっていう状態なんですね。
牧 そうなんです。今は30人ぐらいでシフト組んでます。
め いや、ほんとに持つべきものは友達ですね……。
中 ほんとにそうだよ。
め 病院までは中原さんが自分で行ったんですか?
中 らしいけど、わかんない。俺の記憶では、彼女が病院に入っちゃってそれを助けに行ったつもりだったのに……なぜか自分が入ってた。記憶障害がひどいんだよ。
め かなりヤバかったんですね。手術もされたり?
中 なんにもしてない。
め え? つまり病院で寝てただけですか?
中 たぶん。
牧 最初の急性期はそうですね。リハビリ病院に転院した時にはもう、電話ができるようになってて、いつもの中原さんに戻ってたんです。最初は返答もできていない状況でしたから、ここまで戻るって誰も思わなかった。お医者さんには、多分喋れないし、もう私たちのことも覚えてないような感じかもしれないって言われてたから……。
中 まあ、よかったんだけど、なんも思い出せないから本にできないんだよ。
入院生活=地獄
め 入院生活はどうでしたか?
中 地獄です。めろん君は入院したことある?
め ないんですよ。田舎育ちで学校が体育会系だったんで、身体がけっこう頑丈なんです。
中 幸せだね。入院は地獄。ほんとやだよ。マジで。看護師にすごいいじめられてたんですよ。30分以内に全部飯食えとかね。まずい飯をさ。だからいつも喧嘩してた。
め それは中原さんが悪態をついてたからでは……。
中 全然ついてないよ。(牧野さんに)つかないよね俺?
牧 私に言ってる?
中 そう。悪態ついたことないよね? 1回も。
牧 聞いたことないですね(笑)
中 ほんとにそうだよ。とにかく俺はもう二度と入院したくないよ。もうやだ。いいこと何にもないね。ほんとに。これからなんか聞かれるたびに「入院したことがないやつは作家になれない」って話をしていこうと思う。
め 入院経験がない俺はダメかもしれない(笑)
あいまいな生と死
め 入院していた時、けっこうメンタルやられたんじゃないですか?
中 まあずっと嫌なことが続いてたから。死生観がすこし変わったかもね。
め どう変わったんですか?
中 生きてるのか死んでるのかわからないような状態、生と死のあいまいな境界が、現実としてリアルに感じられるようになった。
め 具体的にはどんな感じですか。
中 幽霊や超常現象がよりリアルに感じられるようになった。以前の自分についての記憶がなくなって。まるで前の自分が幽霊みたいなんだよ。
め 自分自身が幽霊のように……。今は退院して何か月ぐらいですか?
中 退院が11月半ばなので3ヶ月半ぐらいかな。このままリハビリつづけたら、自分で車椅子に移動できるくらいにはなるらしい。
め そうなると、活動範囲も増えていきますね。もう記憶は問題ないですか?
中 今も結構なくなる。最初にいた病院の看護師がすごい意地悪だったとか、曖昧な記憶しか残らない。あの看護師マジで意地悪だったな。おむつ替えるときに、すごい文句言われた。
め 今、下半身は麻痺してる状態なんですか?
牧 左側は麻痺してるみたいですね。右はいけるはずなんで。リハビリ頑張ってもらえたら伝い歩きできると思うんでふけど。痛みとの戦いですね。
中 でも、こうやって来てくれる重度訪問介護っていうシステムがあるから、初めて国に感謝してる。あ、コーヒーください。
(中原さんがコーヒーを飲む。さらにケーキも食べる)
め 右手は動くんですね。味はわかるんですか?
中 わかるよ。だからステーキとかも食ってるよ。松屋のステーキ食ったことある? ステーキ屋松って店が明大前にあるんだけど、けっこううまいよ。
生きてるだけで悪口が
め 30代前半でデビューしてから病気の直前までの作家生活のなかで、いろいろ変化があったと思うんですけど。
中 覚えてないな。全然。
め その過去のことも覚えてないんですか?
中 うん、覚えてない。
め じゃあもうリセットされてるんですね。
中 そうだね。リセット感はすごく大きい。でも、死んだと思っても、やっぱり過去は残ってるから。日記とかね。でも、昔の自分を振り返りたくない。
め へえ、こんな人だったんだ、ってなりそうですけどね。
中 そうかもしれないけど、もう興味はない。リセット感がすごく大きいよ。
め リセット感は大きいけど、変わりたくない?
中 変わりたくないっていうわけじゃなくて、本質的なものはリセットされてないんだと思う。
め なるほど、その点では変わらないんですね。
中 普通に生きてるだけで悪口が浮かんでくるんだよね。性格が良くないから、そういうところは直らないかも。
め 口は悪いけど、別に悪いことしてるわけじゃないからいいと思いますが(笑)
更年期どころじゃねえんだよ
め 改めて、今回のインタビューは「45歳からの思春期」ということで、年を取ることについて考える企画なんですが……もう中原さんの場合は年を取るとかよりも……。
中 そんなレベルじゃないからね。まともになりたいよ。
め ですよね……中原さんの場合、中年期や更年期の悩みより、今の病気のことが大きな問題ですよね。
中 そうだね。
め この本作ってるメンバーが、全員40過ぎなんですよ。だから今回は、中年のための企画をやろうと思って。
中 そういった意味ではあんまり俺、参考になんないよ。
め 生き残ってる作家って、賞取ってるかヒット作あるか地道に書いてるかどれかなんです。でもそうじゃない作家さんに話を聞きたくて。
中 なるほど。まあ、純文学だと芥川賞とらないと厳しいね。世の中が思う作家ってそういうことなんだなって、病院入ってからずっと感じてる。
め なんかありましたか?
中 あったよ。病院で「作家? どういう本書いてるんですか?」って言われるんだけど、解説したところで絶対わかんないんだよ。だけど「芥川賞の候補になったことある」って言ったらそれだけで「すごい!」でしょ?
め ああ……雰囲気だけでね。
中 とりあえず読んでみなさいよと思ったけど、絶対読まないんだよ。そういうやつは。
め ちょっと話がズレますけど、僕が病気と年齢のことで思い出すのは伊藤計劃さんなんです。彼は僕と同い年の同級生だったんですよ。だから亡くなった時は、けっこうショックでした。
中 俺さ、亡くなる直前の伊藤さんとゴールデン街の飲み屋で会ったことあるんだ。
め マジですか?
中 うん。編集者が一緒だったのかな。でもなんか、あんまりいい出会いじゃなくて、印象があまり良くないんです。仲良かった?
め 僕は会ったことないと思ってたけど、どうも同じ場所にいたことはあったみたいなんですよ。わりと近い文化圏にいたので。オタクだったから、親近感はありました。
中 そうなのね。伊藤さんの本は、ちょっとわかんなかったな。もっと普通のSFかと思ってた。俺は、ディックとかバラードとか偏ったSFが好きなんだよね。
め まあディック自体がSFのなかでも変ですからね(笑)。
中 伊藤さんとはちゃんと話し合っておけばよかったなと後悔したよ。
め 年取ると過去にこうしておけば……って思うことばっかですよ。中原さんは今50代ですよね?
中 今年54歳。デビューしたのが20代で、今考えてみたらその時代は良かったですね。原稿料も良かったし。最近はどうなの?
め 原稿依頼そのものが少ないです(笑)でもそういう道を選んだので後悔はないかな。まだまだやる気ですし。
中 賞とらないと生き残れないよね。なんにも賞とってないんだっけ?
め 俺は賞取って本出したわけじゃないから。叩き上げですね。ただ、2016年から2022年まで熊本にいたんですけど、そのときに書いた本が、熊本の新聞社がやってる「熊日文学賞」っていう賞をもらってます。坂口恭平くんも受賞してるやつですね。
中 坂口恭平、あいついいやつだよね。入院前に熊本いったとき、彼の家でレコーディングしたよ。
め 確か、そのときまだ俺も熊本にいて「あ、中原さん来るから会いに行こうかな」と思った気がします(笑)気づいたらもう移動しちゃってたんですけど。
バリアフリー文学!
め 事故前と今では完全にちがう生活だと思うんですけど、今いちばんつらいことってなんですか?
中 ディスクユニオンに行けないこと。
め (笑)
中 車椅子だと大変ですよ。店に入れないんです。
め こないだ『ハンチバック』で芥川賞を獲った市川沙央さんって人がいるんです。
中 そうなんだ。
め 筋疾患先天性ミオパチーっていう病気で、身体に障害がある方なんですけど。人工呼吸器と電動車椅子を常用されてるんです。彼女が芥川賞の授賞式で、紙の本を読むのがいかに大変かっていうことを話されてました。
中 そんな人いるんだ。まあこういう生活は大変だよね。インスピレーションも得たけどね。
め どんなインスピレーションを得たんですか?
中 この世界がどんな陰険かがわかった。
め それ、前からずっと中原さんが書いてることですよ! 結局変わってないじゃないですか(笑)
中 伝わってないかもしれないね。編集者にその話をしたら口述筆記でその話を書きましょうって言われて。口述で1回だけやったけど全然うまくできない。ほとんど喋ってないし。
め 今のAIは文字起こしの精度が高いから、ちゃんと文章書き起こしてくれますよ。
中 みたいだね。使ってる?
め たまに使ってますね。編集者の代わりに相談したり。でも、気分は楽になるけど、めちゃくちゃ新しいこととか言ってくれないし、肯定的なことをいう風にプログラミングされてるからなんかムカつくんですよ。すべての話をいい風に持っていくんですよね。
中 それはムカつくなあ。俺と合わないかも。
め 中原さんとAIのやりとりは小説にしたら面白そうですけど。今の中原さんには、バリアフリー文学の可能性みたいなものが開かれていってる気がします。
中 それはそうかもね。お見舞いに来てくれた方のなかで、テクノロジーに詳しい方がいて、AIや最新技術をつかって作家活動を応援したいって言ってくれて。
め 中原さんのまわりは面白い人がいっぱいいますもんね。
中 なんかいろんな人が手伝うって言ってくれるんだよね。あとは、鍼やろうって言われた。野口整体もやりますって言われたな。
め そういえば野口整体の創始者のひとの息子さんがノイズ好きで、中原さん知り合いですよね?
中 そうなんだよ。よく対バンしてたんですよ。
め 鍼を打ちながらパフォーマンスライブするのとかいいかも……。
中 良くないよ。
歌手、中原昌也?
め 今、仕事はできる状態なんですか。
中 喋る仕事とかはできるよ。でも読むのはちょっと無理かな。
め 朗読で聞けばできるのかな? 俺も老眼きてるから、最近はオーディブルって言って、amazonがやってる朗読サービスでほとんど本読んでます。
中 使ってみるかな。
め 中原さん今、読みたい本とかあるんですか?
中 あるけど、朗読だと寝ちゃうんじゃないかなと思ってさ。オーストリアの作家の、トーマス・ベルンハルトって知ってる?
め 河出から何冊か出てますよね。
中 そうそう。結構売れてるらしい。俺は蓮實重彦さんから『消去』をおすすめされて読んだんだけど、最高だったですよ。めちゃくちゃ長いし、くだらないし、細かいことばっかり書いてあるんだけどね。
め さすがにオーディブルでは……あ、『木を刈る』(「holzfällen」1984年)はドイツ語のオーディブルにありますね。
中 ドイツ語は無理。
め 物理本も持てないから、誰かに読んでもらうしかないのか……。市川さんと中原さんが対談したら、話が噛み合うかもしれませんね。
中 合うかもしんないね。確かに。俺が昔よく言ってたのは、カーティス・メイフィールドとロバート・ワイアットの対談を誰かやらせたほうがいいって。
め どんな人なんですか?
中 ロバート・ワイアットは窓から落ちて、その後遺症で車椅子生活になった。
め 車椅子のドラマーってすごいな……。バスドラどうやって踏むんですか?
中 無理。だから歌をやりはじめた。ワイアットの歌はめちゃくちゃ良くて、みんな大好きですよ。
め 中原さんも次は歌をやっていく可能性が。
中 そうだね。俺も歌は結構上手い方なんですよ。ただ……歌詞がぜんぜん考えられない。
孤高の寂しがり屋たち
め 僕が見てると年取って酒を飲んでる人はけっこうな確率で体を壊しているんですけど、いまの状態ってやっぱりお酒がでかいですか?
中 まあね。酒を飲まずにやってらんねえよみたいな気分だったから。孤独に耐えられない人は、作家なんかやっちゃダメですよ。
め 僕も自分でよく「孤高の寂しがり屋」って言ってるんですけど、ちょっとわかる(笑)
中 孤高の寂しがり屋、いいね。
め 正直に寂しいって言える人はいいんですけど、言わずにこじらせてメンヘラになって、かまってオーラを出す人が一番困るじゃないですか。
中 俺なんかそういうタイプですよ。
め 中原さんは、もはや「ほっといてくれ」って頼んでも、誰かがいる状態なわけですが……。ずっと人がいるのは嫌じゃないですか?
中 たまにはひとりになりたい気分になることもあるけど。知らない人といると「殺される!」とか思ったりするから、俺。
め どういうことなんですか……。事故後からですか?
中 事故前にも、そういう気分はあったんじゃないかな。
め 寂しいのに人がいると怖いって、めちゃアンビバレンツですね。、
中 被害妄想なんだよ。基本的に悪いことはすぐ思いつくからさ。生きる上で、悪いことを先に思い浮かべるってことは大切じゃないですか。
め 中原さんに言われると、なんかそんな気がしてきました……。
お酒はハードドラッグだ
め 今ってお酒飲んじゃいけないんですか?
中 たまに飲みますよ。
め お医者さんに止められてはいないんですか。
中 たまにならオッケーって言われてるから、酒量は前に比べたら全然。前は毎日飲んでたけど、今は一〇日に一回くらい。
め じゃあ、別に飲まなきゃ飲まないでいいんですか?
中 今はほかに面白いこともないから飲んでるだけ。まあ、前だって、別に飲み飲み屋に行って友達に会いたいだけで、酒が目的じゃなかった。
め なるほど。じゃあ夜中にコーヒーを出してくれる友達がいるカフェがあればそれで良かったのかな。
中 まあそうだけど、倒れる前までは毎日外食してたから。外食も良くない。
め よくお金ありましたね……どっから出てきたんですか。
中 編集者が食わしてくれるから。
め ある意味で作家として生きている……。
中 酒も減ったし、今はサラリーマン的な生活リズムを求められてるから、かなり健康になった。
め そうなんですか?(牧野さんに)
牧 でもこれ、けっこう難しい問題で……中原さんにとって、「社会復帰」って言葉がどういう意味なのかを考えるんですよ。
め というと?
牧 そんな健康な生活してる中原さんは中原さんらしいのかという……。
め なるほど、中原さんにとっての復帰が、元の不摂生な生活スタイルに戻ることなのか、それとも全く新しい作風に生まれ変わることなのかっていう問題ですね。
牧 中原さんには無理でしょう。
中 一瞬ヘルシーなライフスタイルを考えたけどね。無理。
め 町田康さんはアルコールを止めたみたいですけど。
中 町田さんは酒癖が悪かったから、やめて良かったと思うよ。
め 健康に気をつけるためには何をしたらいいんでしょう?
中 運動が大切じゃないですか。そして酒は控えめにした方がいい。
め 運動して、酒を飲まない。タバコも吸わない、と。
中 俺ははタバコは吸わないから大丈夫ですが、運動不足と飲酒が問題だった。日本人はさ、もっと――(※発言が不明瞭なため、固有名詞をおでんに置き換えます)はんぺんとかやったほうがいいんじゃないかと思うよ。
め でも日本では難しいですよね。
中 でも餅入り巾着やると性格が良くなると思うよ。小さいことがどうでも良くなる。だいたい日本人は細かいことにうるさいんだよ。絶対ちくわぶでチルしたほうがいい。
め 餅入り巾着はどの国も解禁してないから無理かな。
牧 餅入り巾着は血管が耐えられないかも。
中 餅入り巾着を解禁したい。
妄想という娯楽
め 今の中原さんの娯楽ってなんなんですか?
中 妄想です。それしかやりようがないからさ。なんかエロい妄想してるよ。
め なんか川端康成みたいですね。
中 そんな大層なもんじゃないですよ。エロ小説を妄想するみたいなもんです。
め エロ小説って考えてみるとすごいですよね。そもそも言葉で欲情するって、人間にしかできないことだから。
中 書いてくださいよ。
め もう書いてます(笑)俺、デビュー作エロ小説です。
中 そうか。でもエロ小説は難しいよ。俺は書けないと思う。
め 今1番何がしたいですか。
中 SEX。
め できるんですか?
中 できないと思います。主治医にもバイアグラ出してくれって言ったんだけど、血管が細いからダメって言われた。
め 使ったことないからわかんないけど、ちょっと危ない気がしますね、バイアグラは。
中 最近よく見る夢がさ。病院出てもどこにも行くとこがないってやつで、身分証明するものないからどこいってもなにもできないんだよ。本当の意味で根なし草で生きるってことの怖さを感じてる。
め 霧島容疑者みたいにずっと名前かえて生きてるとか、ちょっと想像つかない。
中 そう。あいつのやったことは褒められないけど、こんな情報社会でよくずっと隠れて生きてられたもんだよ。戸籍とかがないって、どんな気持ちかわかんないもん。
アートライフ
中 しかし君もよく続いてるよね作家業。
め 自分でも、どうやって生きてるのかよくわかりません。
中 いきなり脚本の勉強したり、いろいろやってたよね。
め 結局役立ってないから現実逃避なんですよ。本当はそんなの無視してがむしゃらに書くべきですね。
中 自信持って言うことじゃないけど、俺は嫌々やってたよ。別に、そこまで書く気もないのに。
め 中原さんはずっと「書くのやだ」って公言してますよね(笑)あと、「金がない」って。だから、どうやって生活してるのか、ずっと不思議だったんですよ。
中 優しい友達がいるからですよ。ほんと。それだけ強調しといてください。
牧 でも、ワーカホリックなんですよ中原さん。荷物を整理してたらすごい量の音源がでてきて。
め ノイズミュージックですか?
中 そう。音楽の方が楽しいからね。
め 音楽も楽しいけど、僕は中原さんの絵もけっこう好きですよ(笑)
中 本作るのはいいよね。
め 僕もデザイン好きで、本を書いてても、最終的にモノとしての本にすることがモチベーションになってます。なんか物理的な物を作るのが好きなんだと思います。だから中身を書いてる時って、俺の中ではあんまり楽しくないです(笑)。
中 俺も同じ同じ。初めて同じ意見の人と会ったかも。
め そういえば中原さん、自分の本の表紙も自分で書いてますもんね。小説家っていうよりも、広義の意味の「アート」、ものづくりが好きってことなのかな。
中 そうそう。
め 僕らも作ってますけど、人が同人誌を作るのって、「それが楽しいから」以外に理由はないんですよね。結局なんか作ってるのが楽しい。
中 あれは続いてないの。長嶋くんとかがやってたミニコミ。
め 『イルクーツク』かな? 中原さんも参加してましたよね。そういえば出てない。『エリーツ』のほうがもう冊数多いですね。
40代へのメッセージ
め そろそろ中原さんから40代へのメッセージを頂きたいんですけど。どうでしょう。さっき言われてたみたいな……。
中 そうですね。運動して、酒を控えめにしろ、ということですよ。今となればわかるけど、当時はそう思えなかった。でも、40代にはそういう気づきがある。
め ある意味、中原さんの今の状況は大きなミッドライフクライシスだったのかも。
中 ミッドライフクライシスの年齢が遅くなってる気がするよ。だって今の30代なんて思春期とかわらないし。
め そうかもしれません。村上春樹作品のなかでは35歳の中年の危機が描かれますけど、35歳なんて全然若いですよ。やっぱり45歳ぐらいがミッドライフなのかも。
中 まあ、俺の場合は37歳ぐらいが一番ヤバかったですね。死ぬかと思いました。
め 今よりやばかった?
中 そう。カレー食べたらとんでもない食あたりです。本当にあれは死ぬかと思った。
め カレー屋に行けるくらいなら今よりよっぽどマシじゃないですか!
さいご
中 いい話を聞いたな、今日は。
め こっからまた何か新しいインスピレーションが湧くといいですね。
中 そうだね。ここにいると暗いことしか考えないからさ。
め 逆に作風変わったりしますかね。めっちゃ明るくなったり。
中 基本的に明るくないから無理。
め よくあるじゃないですか。死の淵を見て帰ってきたら別人になってるみたいな。
中 ないない。でも闘病記はやろうとしてるよ。口述でね。悪いことは書かないから病院のことを書いてもいいか院長に聞いたら、「悪口書かなくても大丈夫なんですか?」って逆に心配された。
め (笑)闘病記っていうのもやっぱり40代以降って感じがしますね。ここから健康になって立て直すっていうのはないのかなあ。
中 健康に興味がないから俺。健康になるなら死んだ方がマシって感じ。
(ここでまた中原さんがケーキを)
牧 もうやめませんか。ずっとケーキ食べてますよ。もうワンホールなくなっちゃうから……。
め (笑)血糖値スパイクが起こって糖尿になっちゃいますよ。
中 甘いもの食べるくらいしかやってらんないよ。
め でも、いろいろ不摂生した人の究極メッセージが「酒飲むな、健康と友達が大事」っていうのはいいですね。小学生なみの健全さですよ。
中 でも友達といると酒飲んじゃうからなあ。
め 友達とバンドやったらどうですか?
中 バンド経験ないよ俺。
め やろうと思ったことないんですか?
中 あるけど、そもそもそういう友達がいないからさ。
め バンドメンバー募集しましょう。
中 めんどくさいなあ。
め 今度僕らがライブやったら出てくださいよ。岡村靖幸と斉藤和義が今2人で「岡村和義」ってのやってるし。そういう流れで、エリーツと中原昌也。
中 よろしくお願いします。
め というわけで、最後に読者のみなさんに、なにか言っておきたいことはありますか?
中 お金ください。
(2024.3.9 明大前にて)
初出:「エリーツ9」