書籍『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』がオライリーから出ます

本を書いた。

初心者向けの電子工作本である。「無駄づくり」の藤原麻里菜さんと、電子工作ユニットのギャル電との共著だ。出版社はオライリー・ジャパン。

この本は元をたどれば、共著者の二人がそれぞれ単著を出したときに僕がこのブログに書いた「雑にやることが世界を変えるかもしれない」というエントリから始まっている。

nomolk.hatenablog.com

これを元に去年のMaker Faire Tokyoのステージでトークセッションをすることになり、それがウケたので本を作ることになったという経緯だ。

まだ発売前だが「雑に作る」というタイトルがよく褒められていてとても嬉しい。この本はタイトルが一番先に決まってそこから内容を考えていった。本書の内容を端的に表した、良いタイトルだと思っている。

ここに登場する「雑」とはなんであるのか、そこにどんな思いが込められているのか……というようなことを書こうと思ってこのエントリを書き始めたが、よく考えたら上のエントリに全部書いてあることに気づいてしまった。なのでタイトルについてはそっちを読んでほしい。

ここでは、本書が何を目的とした本かということを、共著者とのすり合わせをせず独断で……つまり個人的な思いのようなものを、書いていこうと思う。

掲載用に藤原さんが書いてくれた似顔絵。右上の「雑」を抱いている絵がいい。抱き心地悪そう

初心者が作品を完成させるための本

この本は、「初心者がオリジナルの作品を次々と完成させる」目的に特化している。
僕が担当したまえがきから少し引用しよう。

まずは、7つの「雑の極意」を紹介しよう。


「雑の極意」
 一、気軽に作り始めること
 一、完成度は低くてもまずは完成させること
 一、見た目にこだわらないこと
 一、 1つの傑作より10の駄作を作ること
 一、広く深く学ぶより、いま必要なことを学ぶこと
 一、1つの技術で 10 作品作ること
 一、「雑」をよいことととらえること


人はついつい、作品を作る前に「傑作を作るぞ!」と意気込んでしまいがちだ。そして実際に作ってみると想像していたようにいかず、途中で飽きて投げ出してしまう。工作あるあるのなかでもかなり上位にランクインするあるあるだろう。


そこで「雑に作る」の精神だ。長い期間かけて立派な作品を作るのではなく、3日で雑な小品を1つ作る。気軽に始めて、飽きる前に終わらせるのだ。そうすればあなたの作品集に1つ作品が増える。そしてそんな雑な作品をどんどん作り続けるうちに、いつのまにかあなたはいろんな電子部品の使い方を覚え、複雑な機構も組めるようになり、大作を作り上げるだけの実力を手に入れていることだろう!

僕は学校や大学等で電子工学の教育を受けておらず、ずっと初心者として手探りで電子工作をやってきた。また技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)の主催を通して、何百人もの初心者が初めて自分の作品を作る様子を見てきた。

その経験から言えることは、初心者が何かを作るうえで「いいものを作らねば」という義務感は呪縛である、ということだ。そればかりか、「いいものが作りたい」という願いすら障害になりうる。「いい作品が作れない」ことに対する恐れが、足をすくませるからだ。完成度にフォーカスしすぎると、作ることを純粋に楽しめなくなってしまう。これは電子工作に限らず、大半の創作に言えることだろう。

そもそも、初心者が初めて作る作品が「いいもの」である必要はないのだ。メーカーが量販店で売る製品はいいものじゃないと困るけど、初心者の作品制作に大事なのはどちらかというと「目の前で作品ができあがっていく喜び」「自分が完成させたという達成感」といった体験であり、完成度は「一応、動く」くらいでいい。

つまりサクサク作って完成させられることが大事なのであって、そのためにできるだけ手間を省いてなりふりかまわず最短ルートで、つまり「雑に」作品を作っていこうという本なのである。

そんな「雑」の技法として、具体的にどんなことが書かれているか。目次からいくつか抜粋しよう。

  • サンプルコードは神からの贈り物
  • マイコンもセンサーも使わずに作る
  • 雑に配線する方法
  • 「鬼盛り」のススメ
  • ゴールは「うまく動いている動画」

サンプルコードに頼って、時にはマイコンすら使わず、配線も雑に。そして機能よりデコレーションに凝ってみたり、最終的なアウトプットはたまたま動いた瞬間の動画である。極限まで要求技術も意識の高さも下げている。

くわえて電子部品の使い方などの実践的なノウハウもたくさん収録したが、これも最低限の労力で最速に機能を実装できる知識を意識した。全体に、実装のためなら理解を後回しにすることをいとわない、とにかく実践的な本にした。

だから本書における「雑」は比喩やレトリックではない。文字どおり「雑に作る」ことを勧めている。それが完成への最短ルートだからだ。最短ルートでスピード感を楽しみながら作り、完成させて成功体験を積み、そして次々と制作するペースをつかんでもらう。それが本書の目的なのだ。

作例「持つと水が赤ワインになる奇跡のタンブラー」。触れると静電容量の変化を読み取って水が赤くなる。このくらいの雑さの作例が大量に載っている。
もうちょっと凝った作例。メガネに指紋をつける装置。一般的な入門書と違うのは、「作例をマネして同じものが作れる」のではなく、あくまで参考としながら「自分オリジナルの作品を考えて作れる」ようになる本である点。

作家を育てる本

さて、雑な作品を次々作れるようになると、実はその先にもう一つの変化が待っている。

初心者がオリジナル作品をどんどん作っていくとどうなるか。なんと成長してしまうのだ。雑に見よう見まねでやっているうちに使える技術が増え、経験値も増え、だんだん凝ったものが作れるようになってくる。そして雑でない、いいものも作れるようになってくる。またこの段階で電気や回路について改めて勉強してみると、実体験を経ているので圧倒的に理解が早い。

それを踏まえて考えてみると、この本の本質が見えてくるように思う。実はこの本の存在意義は、作品を作るための本ではないのかもしれない。なんたってこの本が推奨しているのは雑に作られた駄作なのだ。そこから傑作は生まれないかもしれない。

では何のための本かというと、作家を育てるための本だ。作品を作ったことがない人が作り、そして次々作れる制作ペースを手に入れ、制作経験を積んだ作家になるための本。作品を作り続けるためのコツを掴む本。作家の卵をあたためて、作家のひよこくらいまで育てる本。

そうやって育った作家のひよこたちは、改めて体系的に電子工学の勉強をして「いいもの」を作り始めるかもしれない。あるいはきちんとしないで冗談みたいな駄作を作り続けてSNSを盛り上げてくれてもいい。僕はどちらの道も同じように価値があると思う。いずれにせよ、本書から未来の作家たちが巣立っていってくれると嬉しい。

いつか卒業する本

そう考えると、(少し寂しいことだが)いつか卒業する前提の本であることも本書の特徴かもしれない。

リファレンスとして長く手元に置いておくようなものではなく、ここで覚えた最短ルートはいつか「ちゃんとしたやり方/知識」によってアップデートされるべきものが大半だ。

だから、多くの初心者が手に取れるように、例えば部室や研究室に置かれて毎年新入生が読むような、そういう使い方をしてくれると嬉しい。

もちろん、それだと売れないので一人一冊買ってくれた方がよりうれしいのは言うまでもないが。

本のために描いた図。慣れないお絵かきが一番大変だった

「雑」を愛するルーツ

本に対する思いは以上で、このパートは余談で、ただの自分語りである。
繰り返すようだけど、僕は決して「気楽にやろう」の言い換えとしてふざけて「雑」という言葉を使っているわけではなくて、雑であることや、雑に作られた作品を本気で愛している。

この嗜好ってどこからきてるんだっけと考えてみると、もともと工作に関する経験から生まれたものではなかったように思う。
明確に思い出せる最古の記憶としては、学生時代に読んだ『サクセスの秘密―中原昌也*1対談集』の一節だ。

狂人の書いているものがいいとしたら、狂人にもなれない人が唯一できることというのは、気が狂ったふりをすることじゃなくて、いい加減になることなんですよね。


(サクセスの秘密―中原昌也対談集 中原 昌也 (著) 河出書房新社 p166-167)

クレイジーな創作をするうえでは文字通り狂人が強いのだという話の流れで(昔の本なので言葉遣いが強いのは目をつむってほしい)、それはさておきそれに続く「雑(いい加減)であることが独創性を生み出したり、作品の面白さを増すことがある」という考えにすごく感銘を受けた。あるいは読む前から自分の中にそういう感覚があって、だからこそそれが言語化されたこの一節に強く共感したようにも思う。

僕は若いときからずっと雑を愛してきて、20年以上も雑と寄り添ってきた。そうしてこんな本を書くに至ったと思うと何だか感慨深い。(※ただし「雑に作る」は雑が独創性を生むという観点で書いた本ではない。いま挙げたのはあくまで僕の、雑に対する偏愛を語るためのエピソードとしてである)

そしてもうひとつ。この本の告知を見た方から「雑というのは一種のインターネットミームでは?」という指摘があり、自分では全く意識していなかったのでなるほどと思った。いわゆる雑コラを筆頭に、インターネットには創作物が雑であることを楽しんだり、あえて雑にやることを面白いとする文化がたしかにある。

僕はずっとインターネット文化にどっぷり浸かって生きてきたので、たしかにこういう感覚は血肉となっている。またそのうえで、こういう要素をハックとかティンカリングみたいなものづくりの手法と関連付けて考えているところが、もしかしたらあるのかもしれないと思う。

本の情報など

オライリーの書籍情報ページ…目次が見られます
Make:Japanでの紹介記事…「はじめに」全文といくつかのページのプレビューが読めます

一般発売は10/24(火)~。

10/14~15(土日)のMaker Faire Tokyo 2023にて先行販売もあります。
また同会場にて、14(土)13:00 – 13:50に、メインステージでトークセッション「『雑に作る』出版記念トーク — 「Arduinoをはじめよう」のあとに二冊目として読む本ができました」とサイン会を行います。

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注意

この本は入門書等でいちど電子部品をさわったりサンプルの回路を組んでみたうえで、「自分のオリジナル作品がどうやったら作れるのかわからない」という人をターゲットにしている。全くの未経験者が1冊目として読むと情報が足りないと思うので、そこだけ注意してほしい。まだ何も始めていないというひとは、「Arduinoをはじめよう」をセットで買っていただくといいと思う。

以前書いた電子工作の入門エントリも参考にしてほしい。

nomolk.hatenablog.com

さらに余談

bingチャットに雑に作ることが良いことかどうかを聞いたらとてもいいことを言っていた。

これもしかして俺が本に書かなくても世の中に広く共有されている考えだったりするのだろうか、と思って焦ったが……

情報が早いだけだった。

*1:暴力温泉芸者というノイズミュージックのアーティストで小説家、映画評論家