更新日:2023年05月15日 13:39
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サウナにありがちな、せめぎ合い。おっさんの頭から香りしアロマ――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第75話>

そして過ぎ行くロウリュのタイミング

 これが間違いだった。こんなものは入ってきた勢いそのままにドバーっとやってしまうべきなのである。いったん、そのサウナストーンから離れるともう完全にタイミングが掴めない。それに、先客の3人だがそれぞれかなりの熟達したサウナーみたいなオーラを醸し出していた。彼らからの牽制がかなりこちらの行動を重くしてくる。  僕から見て正面に座る2人は知り合いらしく、ポツリポツリと会話をしている。その会話が完全にサウナーそのもので、「あそこは水風呂が」とか「あそこのサウナはセッティングが」「あそこは客のマナーが悪くてね」みたいなことを言っている。つまり、彼らはサウナに対して強いこだわりを持っている強豪であるはずだ。  こういう人はいわゆる「良い状態」にサウナが保たれていることを重要視する。つまり、最良のタイミングでロウリュウすることを良しとするはずだ。良かった、勝手にやらないで本当に良かった。下手なタイミングでやろうものなら舌打ちとかされたかもしれない。よかった、早まらないで本当に良かった。  つまり、彼らに任せておけばいいのである。待っておけば彼らの中で最良のタイミングでロウリュしてくれる。そう、身を任せればいいだけだ。と思って待っていたのだけど、待てども待てども、彼らが動く気配がない。  とっくの昔にアロマの香りは消え失せていて、水蒸気もほとんどない。サウナストーンもからっからに乾ききっている。サハラかと思うほどに乾ききっている。どう考えてもセルフロウリュするタイミングだというのに、動く気配がない。何をやっているんだお前ら。僕はお前らに任せているんだぞ。早く動け。  「もしかしてさらに上位の存在が!?」  そんな考えが脳裏に浮かんだ。  彼らこそ、今この状態でこのサウナを司る存在かと思われたが、もしかしたら彼ら自身も、さらに上位の存在に気を使ってロウリュできないのかもしれない。そう、僕の後ろ、上段に座るもう一人の男の存在だ。ゆっくりと振り返る。  彼は完全にサウナーとしての禍々しきオーラを身に纏っていた。頭をタオルで覆い隠しているがその雰囲気は大物そのもの。完全に海南大付属の牧、いまにも「試合はまだですか監督!」と言い出しそうな雰囲気だ。格が違う。  つまり、こいつが今この瞬間、このサウナを司るヌシなのだ。そんな彼を差し置いて勝手にロウリュするわけにはいかない。待っていればヌシが最良のタイミングでロウリュウしてくれる。そうに違いない。また待つ時間が続いた。  けれども、待てども待てども、ヌシは動く気配がない。牧は微動だにしない。そこで新たな考えが浮かび上がった。  「もしかして最初からヌシなんていなかったんじゃないか?」  つまり、僕と二人組、そして海南大付属の牧と三すくみの状態で、「誰かが最良のタイミングでロウリュするだろ」と思っていた可能性が高い。じゃあとっととロウリュしちまえよと思うかもしれないが、ここまできてそれはない。三組ともが「いまさら動けない」みたいな意地の張り合いみたいな状態に突入した。
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我慢比べの末に現れたのは、あの……
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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