「いつやるか?今でしょ!」のCMで、一躍、時の人となった林先生。
テレビや新聞で見ない日はないくらいの人気者だが、これまでの人生は、波乱に満ちたものだった
■うっかりと、失敗と、あきらめの連続だった
やりたいことを一個一個あきらめてきた人生だったんです。経済学者になりたいと思っていたのに、大学の専攻は法学部。小さいころから勉強しかしてこなかったから、成績はかなりよかったんです。全国模試で1位を取ったこともあったし、東京大学は法学部でも経済学部でも余裕で入れる成績でした。それでも法学部を選んだのは、学校始まって以来の天才と言われた先輩が経済学部に進んだから。彼と同じ道に進んでも勝てないと思ったんです。昔から僕は、自分が勝てる場所じゃないと行く気がしない性格で。
大学時代は、バブルでしょ。世の中がものすごく浮かれていたんです。そんな雰囲気もあって、まともに人生を考えてなんていませんでしたね。時給1万円の家庭教師のアルバイトがあったりしてね。月50万円稼いでいました。全部デートとギャンブルで消えちゃいましたけど(笑)。
長銀(日本長期信用銀行)に入ったのは、アナリストになりたいと思ったからです。でも、失敗でしたね。当時、長銀には、長銀研究所というシンクタンク部門があって、そこに入れるかと思っていたのに、いざ入行してみると、そんな道はなかった。ああ、やっちゃったなと。実は、就職活動の際に、日本でもトップクラスのシンクタンクを受けに行ったことがあって。そのとき、生意気にも「アナリストとして採用してほしい」と面接官に言ったんです。そしたら、「それはこっちが決める」って怒られまして(笑)。こりゃ、だめだと長銀も受けることにしたんですが、実は長銀から内定が出た晩に、そのシンクタンクから「君は特別にアナリストとして採用する」って電話がかかってきた。でも、「もう長銀に入行の意向を伝えましたから。今から断ると面倒なので長銀に行きます」って言っちゃったんです。痛恨のミスでした。もしあのときそのシンクタンクに行っていたら、今頃はアナリストとして華々しく活躍していただろうと思います。アメリカに留学して、テレビもバラエティじゃなくて経済番組に出ていたでしょうね。美人キャスターの隣で日本の経済の行方をとうとうと語っている姿、いつも妄想しちゃうんですけどね(笑)。本当に僕はうっかりが多いんですよ。僕の人生は、失敗ばっかりで。
■どんな状況でも何とでもなると思える人が、結局勝ちを呼ぶ
長銀を辞めてから予備校教師になるまで、「空白の3年間」があります。定職に就かず、汚い小さな部屋に住んでね。そこで火事出しちゃったり、泥棒に入られたり。もうムチャクチャな生活でした。それ貿易だ、ITだと、友達が会社を作るといっては参加したり、投資をやったり、もう何でも首を突っ込んでいて。競馬で生活していた時期もありました。
儲かった時期もあったけど損することもあって、理想的な成績の上がり方みたいにジグザグの線を描きながら、借金がどんどん増えていきました。結局3年間で作った借金は約1800万円くらい。それもはっきりしない(笑)。
いいかげんな生活でしたけど、だからといって、不安は全くありませんでした。長銀を辞めた時も、不安なんかなかったですよ。バブルという時代の雰囲気もありましたけど、なぜか、いつも根拠なき自信に満ちあふれていました。なんで、そんなに自信満々でいられるんですか、ってよく言われますけど、そもそも、自信なんて根拠のないものなんですよ。過去にこういうことができたから、未来はこうなるなんて保証はない。どんな状況でも何とでもなると思える人が、結局勝ちを呼ぶんです。
あと大切なのは、失敗体験ですね。たくさん失敗したら、自分の負けパターンがわかってくる。そしたら、そうならないように先手が打てるようにもなります。
生徒にもよく言うんだけど、若さの特権はたくさん失敗できることです。人生で勝ちたかったら、たくさん失敗して、そこから学んでいくしかない。バブルの時代は食べ物が豊富にある森の中にいるみたいだったけど、今は1つしかないオアシスにたくさんの人が群がっているような時代でしょ。それだけに臆病になってしまうのはわかるけど、それは本当にもったいないことですよ。若い人には、たくさん失敗してそこから学ぶ権利がある。それを、いつ使うか? 今でしょ!
自分が勝てる場所を見つけて、予備校講師になったものの、すぐに人気講師になれたわけではない。そこには、すさまじい努力と分析があったのだ。
■人生は博打、ハイリスクハイリターン
予備校って厳しい世界でね。1年契約ですから、結果が出せない人間は、すぐに切られてしまう。毎回、授業の準備はものすごくしましたよ。何日も寝ずに東大の過去問を分析したりね。原動力になったのは、借金です。借金は性能のいいエンジンみたいなもので、背負っているとものすごくスピードが上がるんです。まさに火の玉を背負っているようなもの。もっとも、火の球だけに、ものすごい勢いで走るか、燃え尽きちゃうかどっちかなんですけどね(笑)。類は友を呼ぶで、僕の周りには借金を背負ったやつがたくさんいたんだけど、8打数4安打。生き残ったのは半分でしたね。残りの4人は行方不明です。うまくいった人と行かなかった人の差? それは運ですね。人生は博打ですから。ハイリスクハイリターン。一か八かの勝負です。
ただし、その勝率を上げることはできます。それは、「勝てる場所で誰よりも努力すること」なんです。
僕は本当は、塾講師の仕事って大嫌いなんですよ。塾講師なんて死んでもやるもんかって思っていましたから。でも教えることには自信があった。学生時代から家庭教師を山のようにやっていて、教え方にも定評があった。そのことを知っている人から塾で働いてみないかと声をかけられたんです。
久々に教えたら、やっぱりうまいねと言われて、ずるずると塾のアルバイトをやるようになりました。なにしろ火の玉を背負っていますから。好き嫌いなんて言っている場合じゃなかったんです。
塾講師は実力の世界ですから、生徒の成績を上げれば、どんどん時給が上がっていきます。2年間、小さな塾の講師をやって、ちょっとずつ借金を返していきました。東進ハイスクールに入ったのは、27歳の時です。最初は英語の学習アドバイザーのアルバイトでした。でも、本当は数学の講師をやりたかった。数学がいちばん好きでしたから。それで、そのことを上の人にアピールして、数学の講師をやらせてもらうことになったんです。
しかし、そこでふと考えた。本当にその教科でいいのかと。数学で勝てるのかと。それで、東進の人気講師の授業をすべて見て回ったんです。その結果、自分が勝てると確信したのが、現代文でした。決して好きな教科ではなかったのですが。でも、現代文なら勝てる。そんな場所で人の何倍も努力したら、間違いなくトップに立てると。
■仕事は、好きだからやるもんじゃない
よく、「好きな仕事だから、成果が出なくてもいいや」って思っている人、いるでしょ。僕、そういう考え方、大嫌いなんですよ。仕事ってそういうものではないのではないでしょうか?お金をもらっている以上、要求されるのは成果のみです。完成度の高いものをいかに提供するか。これがプロとして一番大切なことなんですよ。だから僕はどんな仕事でも完全に仕上げなければ、納得しない。仕事は好きだからやるもんじゃないし、ましてや嫌いだからできないなんて甘ちゃんの言うことです。嫌いでも、そこで勝てると思ったなら、やるべきだし、一度始めたら全力でぶつかるべきなんです。嫌いだからこそ、モチベーションも上がるんです。嫌いな仕事で手を抜くなんて、本当に最低です。必要なのは、好き嫌いを超越した、自分がお金をいただいている仕事へのプライドだけでいい、と考えています。
やりたいことが見つからない、なんていう人がいるけど、やりたいことをやるんじゃなくて、やるべきことをやればいい。ただ、それだけです。
じゃあ、やるべきこと、つまり勝てる場所を見つけるのは、どうしたらいいか。簡単です。とりあえず、まずいろいろと、少しでもいいから手を出してみたらいいんです。どっかに必ず、「あれ?こいつよりオレのほうがうまくいくな」というものがあるはずです。常に自分を客観的に見て自分を分析していたら、すぐにピンとくるはずですから。
僕は、常に目を動かします。周りを見て、勝負するのはきついなと思うレースには出場しない。頑張っているのにうまくいかない人の大半は、出るレースを間違えているんです。今、うまくいかないと感じている人に言いたい。あなたは、勝てない勝負に挑んで、負けて苦しんでいるのではありませんか、って。うまくいかないのは、当然のことが起きているだけなんですよ。
みんな、できることを増やそうとするけど、それが間違いなんです。できることは、1つでいい。後はみんなできなくていい。僕の周りで成功している人は、みんなそうですよ。できることじゃなくて、できないことを増やしていくことが大切なんです。
確固とした、自分の核となるものが1つでもあれば、それに集中してどんどん磨いていく。僕の場合は、それが現代文だったから、日本語を必死で勉強しました。ありとあらゆる本を読んで名言を研究し、心に残る言葉を分析しました。そのおかげか、生徒の数もどんどん増えたし、メディアからも注目されるようになりました。仕事もどんどん広がって、もともと好きだった競馬や野球の解説も頼まれるようになった。今の仕事を好きだと感じるようになったのは、ここ3年くらいです。何しろ、ずっと大嫌いでしたから。でも、嫌いでも面白かった。それは、やっぱり勝っていたからなんです。
「受験にはフライングもスピード違反もない」。授業でよく言う言葉なんですが、仕事も同じですよね。明日とか考えてないで、すぐやらなきゃ。そして全力で走らなきゃ。結果には責任が持てなくとも、プロセスには責任を持つことができるでしょう? そうやって耐えていれば、いつか必ずいい流れがやってくるものなんですよ。
はやし・おさむ●1965年、愛知県名古屋市生まれ。東海高等学校卒業後、東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行。半年で退職し、予備校教師となる。現在は、東進ハイスクール、東進衛星予備校の現代文講師として、東大・京大コースなどの難関コースを中心に担当し、年間200日のホテル暮らしをしながら、全国を飛び回る。システマチックな分析で「考える力」を身につけさせる授業は、数多くの受験生から熱い支持を受けている。
information
『いつやるか? 今でしょ!』林修著
「ゼロからは何も生まれない。マイナスからは生まれる」をテーマに、林修氏のこれまでの波乱の半生を振り返りながら、人生の切り抜け方、挫折の乗り越え方、勝利の方程式を指南。「今すぐやるべき基本の習慣」「流れをとらえる目を養う」「逆算の哲学」「悪口を糧にするスキルの身につけ方」「負けから学ぶ方法」「相手に伝わる答えの探し方」など、受験生のみならず、さまざまな悩みを抱えた若手社会人にも読みごたえある一冊だ。宝島社刊。
※リクナビNEXT 2013年4月10日「プロ論」記事より転載
EDIT/WRITING:高嶋ちほ子 PHOTO:刑部友康